主人公は遅れて登場するの逆

 ワイヤーを巻き取って剣を手元に戻し、中段に構える。

 目の前の巨大な蚊は体長が優に四十メートルを超えており、たかだか一メートル弱の刀身(しかもなまくら)など全く頼りにならないが、まあ丈夫なことは丈夫なので盾として使えるだけ良しとするべきだろう。


 改めて、絶望的な戦力差を感じる。

 単純なサイズ、パワー、耐久。

 あと精神的にめげそうだから士気。


 剣と銃はあるがこんなものあいつにとっては爪楊枝と輪ゴムだよなあ。

 向こうはアスファルトの破片を投げるだけでバズーカだし。


 と、またしても砲弾が飛んでくる。

 咄嗟に剣を構えてガードをすると、ガアンッ!と大きな音を立ててアスファルトの塊が飛んでいく。

 1.2倍の腕力では砲弾の威力を防ぎきれずに、剣が顔面に突撃してきた。

 痛い!!


 くそ、やはりこのままじゃどうにもならん。

 せめてもう少し手があれば。


 そうだ、グレネード……もといスプレー缶はどこ行った?

 吹っ飛ばされはしたけど失くなってはいないはず。

 ざっと辺りを見渡せば、あったあった。

 駐車場のフェンスのすぐそばに転がっている円筒形の金属を一本見つけた。

 その少し離れたところにもう一本。


 ゴーヨンにとってはかなり厄介だったはずの爆弾だが、気絶している間に遠ざけられていなかったことに安堵する。


 もう一度飛んできた砲弾をかわし、その勢いのままフェンスの下へ。

 そのまま缶を……


「うぐぁ!?」

 はい来た!知ってたよ!

 フェンスが目の前に迫ってくる!!


 ガシャン!!

 フェンスの反発でアスファルトに叩きつけられる。

 拳か?口か?何で殴られたんだろう。

 ヒールの様子が見えない。次の手が分からない。

 迂闊に立ち上がれない。


 ブオン!と風を切る音が聞こえ、咄嗟に右側へ半回転すると、さっき顔から突っ込んだフェンスにアスファルトの塊がぶつかり、突き破る。

 容赦ないな。


 やっと相手が視界に入ったので即座に立ち上がり、いつ攻撃が来ても避けられるように構えると、ゴーヨンも動きを止めた。


 俺がなにか仕掛けて来るのを警戒しているのか。

 でも残念ながら、仕掛けられるもの何も無いんだよなー。

 ま、これでなんとか時間を稼いで……


 いや、もうそんな必要無さそうだな。


 やーーっと来やがったよ。


 ……なんか違う奴らも混じってるけど。



 --------------------



「よいしょ!」

 フェンスの向こうに並んだ人影の中でも特に細長いシルエットが、大きく跳び上がった。

 軽々とフェンスを超えたその影は、その向こうにいる巨大な怪物の頭上まで飛んでいき、頭に強烈なかかと落としを食らわせた。


「遅れてゴメンねェ」

 頭から硬い地面に突っ込んだゴーヨンの脇に着地した細身のヒール、ゼロゴーはにこやかにこちらに手を振ってきた。


 改めてフェンスの向こうを見れば、大谷アンド矢面と、何故か一緒にいるトゲトゲヒールことゼロフォー。


「なんでお前までここにいるんだよ!!」

「いいから、今はあのでっかいのを何とかするのが先だろ」

「そうはいかねぇ!!この人類の敵め!!」

「だから!!」

 ゴッ!!と鈍い音が響き、ずっと喚いていた大谷が地面に倒れ伏した。

 とりあえずこの場は収まったが、後々面倒なことになりそうな予感。


「何しに来たんだよ、トゲトゲ」

「自分で蒔いた種を詰みに来たんだよ、1.2倍」

 冗談めかしたやり取りだが、声の調子は固い。

 装甲越しで顔は見えないが、目元の隙間から眼光が鋭く光り本気を感じさせた。


「先輩、私、ややこしすぎて何が何だか……」

「おう、俺もちょっと状況が掴みきれてないぞ」

「……それについても後々話すよ」

 MACT……ヒーロイドの拠点に巨大なヒールが乗り込んできて。

 それを倒すために駆けつけたのがこれまたヒールとは。

 ……ヒールと一緒に来といて気絶させられてる大谷もよく分からないし。


「とりあえずさァ、こっちとしては今君らと戦う気は無いんだよねェ。信頼しろ……とまでは言わないけど、ちょーっとだけ協力してくんない?」

 装甲から僅かに覗く目を細めながらゼロゴーが告げた。

 その後ろでは、既にゴーヨンが持ち直し次の攻撃を仕掛けるべく重心を落としてこちらを見つめていた。


「まあ、こっちとしても願ったり叶ったりだよ」

 例え援軍が敵対している相手だったとしても、一人でこんなのと戦い続けるよりよっぽどマシだしな。

 フェンスを越えて駐車場へと入ってきた矢面アンドゼロフォーと並び、その後ろで寝ている大谷を一瞥する。


「悪いな。こっちの尻拭いに付き合わせて」

「まあ、元々がMACTの尻拭いみたいなもんだからな」

「……そうか」



 完全に立ち上がったゴーヨンが慟哭し、声のない声を響かせる。



 早く終わらせよう、お互いのために。

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