ゼロ二ー
一瞬の出来事だった。
薄い金属が鋭くひらめき、ほんの二メートルほど先から飛来する。
来ていたシャツが口を開くように割れ、赤いしずくが数滴中に舞った。
遅れて、脇腹に熱がこもる感覚が訪れる。
腹を切られるのはこれで二回目だ。
「チッ、避けられたか」
「ここMACTなんですけど……」
MACT本部、要するにヒーロイドの本拠地。
爽やかな晴空に寒風の吹く、気持ちのいい朝に、白昼堂々刃傷沙汰が起こった。
場所は何度かみんなでバーベキューをした、申し訳程度に花壇が設置されているアスファルトの中庭である。
犯人は、怪人。
「だからここに来たんだろう。お前がいるとすればここが一番可能性が高い」
そう言い放つのは、どこか見覚えのあるヒール。
普通武器を持たないヒールにしては珍しく、大振りな刀を持っており、胸元の装甲の模様は着物の袷のようになっている。
腕の側面も着物の袖のように広がっているし、なるほど多分こいつは……
「お前がゼロニーか」
「知っていたか。俺もお前のことは知っているぞ」
「そりゃお前が俺を殺したんだからな」
「うむ」
うむじゃねえんだよ!
そう、こいつは俺を殺した張本人。
この怪人が脇坂を襲い、それを俺が助けたことで俺の上半身と下半身は一度サヨナラし、なんやかんやでヒーロイドとして復活することになった。
つまりこいつがすべての原因ですお巡りさん。
結果として生きているとはいえ一度殺されている訳だし、そのせいでヒーロイドなんかやることになってしまっている。
今も花壇で土いじりでもしようと、ジョウロと移植ごてを持って外へ出て来たところを襲われたりして腹立たしくはあるのだが。
「俺今ちょっと落ち込み中なんだけど、また今度にしてくれないかな?」
正直、今は戦う気力が湧いてこない。
ゼロイチがゼロサンに連れ去られるわ、沢渡さんがまたしても行方不明になるわでここ三日ほどずっと気分がふさいでいるのだ。
中庭にいたのも、アスファルトの隅っこにある小さな花壇に花でも植えて癒されたかったからなのに。
外に出てみれば怪人に襲われ、アスファルトに血の花が咲く始末。
「そんなことを言っている場合か?俺が問答無用でお前を殺すとは思わんのか」
「あー、うーん。それはあんまりないかなって」
「何故?」
「確実に殺すために来たんなら一撃目を外してもすぐに次が来るだろ、あんだけ隙だらけなんだから。それに避けられて妙にうれしそうにしてるし」
まあ理由なんてほぼ後付けみたいなものだが。
なんとなく、それ以上襲ってはこない気がしただけだ。
それに、ここで殺されるならまあそれでもいいか、と。
よくないけど。
「何と言うか、もう少し『殺してやる』みたいな感じで来られるかと思っていたんだが」
「お前を殺してなんになるんだよ。時が戻るのか」
「いやまあそうだが」
「復讐によって気が晴れるなら話は別だけどな。別に恨んでるでもないし、俺の場合はやるだけ無駄」
こっちは本音。
別に自分の運命を呪ったりとかはしていない。
それ以外に関しては話は別だが。
「そうだ、お前ゼロサンと協力してるのか?」
「ん?ああ、一応な」
「ならゼロイチの居場所は知ってるか?」
「まあ知っているが」
別の話の方だった。
まあ、早めにこのモヤモヤの原因を解決させとかないとな。
「教えてくれってのは無理か?」
「俺と戦って勝てたらいいぞ」
「RPGかよ」
思わず突っ込んでしまった。
装甲に覆われていて顔は見えないが、声や動きが少しうれしそうだ。
そんなに戦いたいのかよ。バーサーカーか。
大体俺は腹切られてるんだぞと思いながら脇腹を見ると、血は既に止まっていた。
……さすがヒーロイドの回復力。
「悪いけど今回はパス」
「お前はどうして……」
「変身!!」
素直に教えないなら仕方ない。
実力行使だ!!
身体中から放たれた光が、俺に向けられていた呆れたような目を突き刺し、サムライヒールを仰け反らせた。
「うおっ!?」
「悪いな、俺は卑怯なんだ」
即刻腕のワイヤーを伸ばし、首に巻き付けると、腕に仕込んだナイフを取り出し装甲の隙間に……
キイン!!
体のすぐ下から振り上げられた白刃に手元のナイフが弾き飛ばされた。
刃の当たった部分はナイフの刃の付け根。
いやはや、もう少し進んでいたら指ごと切り離されていたところだ。
「うっっっお!?あっぶねえ!!」
「目ぐらい見えなくても、お前の動きは分かる」
さすがです。
強い。降参。
とはならないのが俺の諦めの悪さだ。
ゼロニーの首からワイヤーを伸ばしたまま距離を取り、花壇の脇に放っておいた移植ごてを拾うと、「いよっ」敵に向かってダッシュ&ジャンプ。
そのままワイヤーの巻き取りを始め、勢いよく突撃する。
当然、これだけでは近づいた瞬間に斬られてしまうので
キイン!
移植ごてでしっかりガード……出来てないね!?
咄嗟に体をひねると、肩口が軽く斬られ血が顔に飛んできた。
そのまま勢い余って進行方向の地面に頭から不時着すると、後ろからワイヤーを刀で切る音が聞こえてきた。
「あー、やば。くっそ強い」
「お前が弱すぎるんだ」
ぐうの音も出ません。
だって私の力は変身してもたったの1.2倍。
飛んできた勢いのままゴロゴロと前進し、動きが止まったところで仰向けに寝転がる形になった。
「もういいや。一思いにやっちまえ!」
はっきり言って完敗だ。
ゼロイチを助けに行けないのが心残りだが、そのために戦って負けたならもう俺には無理だ。
人生諦めどころが肝心と、俺が二度目の死を覚悟したその時。
「なんだ?まさか今更後輩を助けに来たんじゃないだろうな」
「俺は最初から全員守るつもりで動いてたんだがな」
聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには見覚えのある青……
「沢渡さん?……どうして」
「ゼロ二ー。MACTには関わるなと言ったろう。平岩も、さっさと逃げて他のヒーロイドに助けを求めろ。1人でどうにかなる相手じゃない」
感動の再会そっちのけで始まった説教に俺と、おそらくゼロ二ーも、喧嘩を止められた子供のように気まずいようななんとも言えない気分になった。
だが、それと同時に安心感が込み上げてくる。
ああ、なんか。
前にもこんなことがあったな。
死にかけていたところで、あの青い背中が……。
そこで緊張の糸がぷっつりと切れ、全身の力がすっと抜けてしまった。
そこからの記憶は全く残っていない。
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