ヒーロイドは
「以上の事から、今後MACT及びヒーロイドの怪人への対応を一切停止する」
そういい放った脇坂の声は今までで一番冷たかった。
年が明け、街が厳しい寒さに包まれた頃、MACTからヒーロイドへと招集がかかった。
いつもの溜まり場はいつもより薄暗く感じ、機械類の赤や緑のLEDは妙に眩しい。
そして、その場でただ何も言えずに立っている四人のヒーロイドの顔はさらに暗く沈んでいた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。なんでそんなこと、いきなり」
脇坂の言葉から何分が経ったろうか。
信じられないような顔をしていた大谷が食い気味に声を上げた。
無理もないだろう。
家族をヒールに殺されている大谷は、その復讐のためにずっとヒールと戦ってきたというのに。
「沢渡君からの要請だ。MACTはそれを受け入れ、今後ヒールとは関わらないこととした」
やはり原因はそこか。
しかしそれだけでここまでの急展開になるものか?
たしかに最初のヒーロイドである沢渡さんのMACTでの立ち位置は特殊だし、その存在も大きいだろうが、それにしても異常だ。
MACTはまだ何かを隠している。そう思うのは邪推だろうか。
腕組みをしながら座っていた椅子の背もたれに深く腰を鎮めると、正面に座っている矢面の不貞腐れたような顔が目についた。
大谷のように悔しそうにしているわけではないが、こっちはこっちで何か思う所が有るらしい。
その隣に座る直江さんは無表情でどこかをじっと見つめている。
その視線を追ってみると、壁にかかった大型のモニターがあった。
ゴーヨン襲撃の後で新品に取り換えられはしたが、以前俺と大谷が初めてコンビを組み、ヒールにぼろ負けしたときのニュース映像を見せられたのと同じものだ。
あれが夏のことだったか。
半年ほどしか経っていないのに、妙に長かったように感じる。
「それにあたって変身も禁止だ。君たちも知っての通りヒーロイドが変身すればコンピュータが感知し小型ドローンが君たちのもとへ飛んでいく。変身が発覚すれば罰則もあるからそのつもりでいてくれ」
「おい、じゃあもし目の前で人がヒールに襲われていても、放っとけって言うのか」
それまではずっと黙っていたが、この言葉には身を乗り出して反論する。
変身禁止だと?冗談じゃない。
例えばそれが犯罪なら、警察に任せておけばいい話だ。
だがそれが怪人なら?
警察なんかでは相手にならない。逆に全員殺されて終わりだ。
「平岩君、君は正義感が強いから耐え難いかもしれないけどね」
「いや別に正義感で言ってるわけじゃねえよ」
「……ともかく、この際だから言っておくけれど。君たちも知っての通りMACTはそもそもがヒールとそれに伴う実験の後始末をするために設立された機関だ。ヒーロイドは正義の味方などではない」
淡々とそう言い残すと、脇坂は部屋を出ていった。
逃げるようでもなく、悪びれるでもなく堂々と。
「元凶を作ったくせに、よく言うな」
そうぽつりと呟き、慌てて思い直す。
いや、悪いのは技術の開発者ではない。それを悪用するものだ。
技術を開発した理由も元々はゼロイチの病を治すため。
そう考えるととても責める気にはなれないが、どうにも煮え切らない。
今の呟きは、誰にも聞かれていなかったろうか。
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「なんなんだよいきなり!それも一方的に!」
目の前で飯をほおばる大谷は、さっきから不機嫌に愚痴をこぼしながら白米を飛ばしている。
その中でも特に大きな飛距離を出して俺の席の方まで飛んできた一粒を、紙で拾ってくるむと、俺は再び箸を取って唐揚げをつまんだ。
ここはMACT内の食堂。
ヒーロイドは営業時間中いつでも無料で飯が食えるので俺と大谷はよく利用していた。
というか俺に関してはここ以外で飯を食うことがほとんどない。
午後三時という時間帯と、組織全体の急激な方向転換の影響もあるのか、百人は一斉に飯が食えるほど広い食堂の中には俺たち二人以外の姿は無かった。
「なあ、おーい。さっきから聞いてるのか?」
ここの唐揚げは美味くてついついいつも頼んでしまう。
唐揚げが美味いことなど当たり前すぎて敢えて表現するまでもないが、強いて言うならサクサクの衣の中にジューシーでプリッとした……いや、ありきたりすぎるな。この辺でやめておこう。
ともあれ、お気に入りなので食べたいものが特に思いつかない時はとりあえずから揚げを頼んでいる。まだ飽きてない。
「なあってば!お前ほんとそういうとこだぞ!」
「落ち着け、騒いでどうこうなることじゃない」
「諦め早すぎだろ!」
今更だろ。
実際、目くじらを立てたところでどうにかなるものでもない。
「じゃあお前、目の前でヒールに襲われてる人がいても見捨てるのかよ!?」
俺が脇坂にしたのと同じ質問をするのはズルいだろ。
「じゃあ、お前はどうするんだよ」
「俺は助ける!言うことなんか聞かねえ!」
「違反すると罰があるぞ」
「関係ねえよ!」
大谷は苛立ったようにそれだけ言い切ると勢いよく立ち上がり、そのまま食器を乗せたトレイを持って席から離れていった。
食器を返却口に戻して食堂から出ていく大谷を見ながら、俺は先程の会話を反芻する。
目の前にヒールに襲われている人がいたらどうするか。
決まってんだろそんなこと。
俺は最後の唐揚げを口に放り込むと、硬い椅子の背もたれに深く腰を鎮めた。
この五日後、脇坂は突如としてMACTから姿を消した。
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