変身禁止のヒーロー

 如月、寒さもピークである。

 そしてそれによるイライラも。

 日々下がる気温のためか、土曜の駅前だというのに人影はまばらだ。

 まあそもそもが利用者の多い駅ではないのだが。


「なんで、こんな寒いんだろな」

「冬だからですよ」

 さて、俺と矢面はこのクソ寒い中を少し遠出して買い出しに来ている。

 目的は第三回バーベキューの準備。

 遠出、とはいってもMACTから三駅ほどの所であり、ついでに言えば矢面の家の近くらしい。


 休日を満喫していた俺は、地元にいい肉屋があると言う矢面に半ば無理矢理連れられて、はるばるこんな所までやって来ていたのだった。


 お前ヒーロイドやめたら無職だし休日もクソもないだろと思ったそこのあなた、馬鹿にしないで頂きたい。久しぶりに週六でバイトをしているのだ。

 まあその詳細についてはおいおいで。


「そもそもなんでこんな所まで買いに来なきゃ行けないんだよ」

「どうせなら美味しいお肉が食べたいじゃないですか。久しぶりに皆と顔を合わせるんですし」

 そう言いながらずんずんと進んでいく元後輩(現先輩)は、小柄な体には少し大きく感じる黒のコートと白のマフラーの上で、ふんすと鼻を鳴らしている。


 まあ確かに、矢面の気持ちもよく分かる。

 なにせ一ヵ月ぶりにヒーロイド、そしてゼロフォーゼロゴーのヒール組が集まるのだから。


 ヒーロイドに出撃・変身命令が出されてからすでに一ヵ月が経つ。

 出動の必要が無くなったヒーロイド達はMACTに来ることも無くなり、最近では施設内に住む者同士、ゼロフォーとゼロゴーと共に過ごすことの方が多くなっていた。

 幸い、ここ一ヵ月はヒールによる被害どころかその出現すらも報告されていないのだが、これまで一月に二体も三体も出てきていたものがぱったりと出てこなくなるというのは不気味なものだ。

 余談だが、この不審さをゼロゴーに相談したところ「冬眠でもしてるんじゃナイのォ?」と言われた。相談する相手を間違えたと思う。


 矢面の案内で個人経営の肉屋に行き、合計三キロにも及ぶ焼肉用の肉を買う。

 何故か俺が全部持たされることになった。

 せめてタンだけでも持って欲しいです。

 そのままMACTに肉を置きに行こうと駅に向かった頃、お約束が起こった。


「先輩!」

「ああ、最近全然出てきてなかったのにな」

 駅前通りに佇む明らかに人間ではない大きなシルエット。

 駅の利用者らしい人々が悲鳴をあげて逃げ出し、たまに通る車は急ブレーキをかけたり、大袈裟に避けながら走ったりしている。

 しかし、奇妙な光景だ。


「信号待ち……してますね」

「ほっといても無害なタイプだといいんだけどな……」

 横断歩道の前で、律儀に赤信号を待っている怪人というのは中々にシュールな状況だ。

 駅側の歩道に立っているのを見ると、ひょっとしたら電車に乗ってここに来たんじゃないかと思ってしまう。

 しかし、なんでこんなところに?


 ヒールの身長は二メートル以上あり、横にもかなり太いためにとてもデカい。

 体格からするとやや小ぶりな丸い耳が頭から飛び出し、太いしっぽが生えているのが見える。

 何より目を引くのが腹の装甲だ。

 胴体の半分以上を覆う大きな半球が前方に突き出したその姿はまるで……


「タヌキ、ですかね」

「まあキツネではないよな」

 まるで創作物によく出てくるタヌキだ。

 現実のタヌキはあんなにぽんぽこしていないと思うんだけど。

 確かヒールを作る時には元になる動物が必要なはずだが、今日日よくタヌキなんか見つけてきたなと少しズレたところに感心してしまう。


 そうこう言っているうちに信号が青に変わり、ヒールがこちらに向けて歩きだした。

 俺達を見つけたからと言って特別何かするでもなく、ずんずんと近づいて来たタヌキヒールは俺たちの手前まで来ると一度ピタッと足を止め……少し右にずれて歩みを再開し、すれ違ってそのまま俺達が来た方向へと歩いて行った。


「ちょっと待……!!」

「先輩!今は変身できないんだから呼び止めてもどうしようもないでしょう!!」

「だからってほっとけるかよお前!」

「そりゃほっとくわけにもいかないですけど!」

「俺一人でも戦うからお前肉持って帰ってろ!」

「先輩!先輩!見られてます!」

 矢面に言われて視線を上げた先では、ヒソヒソと騒いでいる俺たちを、少し先で足を止めたタヌキヒールが振り返ってこちらを見ていた。

 むむ、どうしたものか。


「こ、こんにちは」

「こんにちは」

 セーフ。

 やっぱり挨拶は大事だな、うん。

 ……それでいいのか怪人。


「とりあえず、尾行してみるか」

「それがよさそうですね。でも、急に暴れだしたらどうするつもりですか」

「変身せずに戦えるだけ戦ってみる。暴れだしてからなら正当防衛で通せるだろ」

「通せますか、それ」

 ごちゃごちゃとうるさい奴だ。

 何としてでも通すに決まっているだろう。


 変身しなくてもワイヤーと仕込みナイフは使えるからな。

 とりあえずいつでもワイヤーを出せるように準備だけはしておこうと、腕を構えたその時だった。


 目の前に隕石が落ちてきた。


 いや、隕石ではない。

 上空から飛来したそれは、岩のような装甲を持つ巨体は。


「ヒール!?なんで上から……!!」

 俺たちに背を向ける形で降り立ったヒールはスクッと立ち上がり、轟音に振り向いていたタヌキヒールへと真っ直ぐ目線を向けた。

 こちらには目もくれず一歩踏み出したそのヒールは力強いスタートダッシュで前方に突っ込み、そのままの勢いでタヌキヒールの丸い腹をぶん殴った!!


「え、えぇ……?」

 ええぇぇえーーーーーー!!!???

 なんで!?なんで今ヒールを殴った!?

 ゼロフォーやゼロゴーは例外にしても、ヒールがヒールを襲うなんてありえない……と思うんだが。


 まさか、俺の知らないところでまた何か起こっているのか!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る