Tの理由/自分ルール
「つまり、要約するとこういうことか?」
脇坂が俺の見舞いに来ていたときの話の続き。
一週間近く寝泊まりし、なんだか自分の部屋のように感じるようになってきたMACT施設内の医務室にて。
俺は先程脇坂に受けた説明を咀嚼するため、説明内容を改めて確認していた。
「ヒーロイドの人体改造っていうのは、あくまで筋力を増加させたり体を保護する金属パーツや機械を埋め込むことで、体を完全に機械にしてしまうようなものではないと」
「それに加えて体内のエネルギーを光に変換する装置もね。まあでも、その辺全部含めても機械化されるのは全身の一割以下だね、普通は」
なるほど。
「でも俺の場合は別で、少し機械部分が多いんだよな?」
「うん、改造したときの状況が状況だったからね。死にかけてる状態から復活させるためには通常の改造じゃ足りなかったんだ。それでも、改造部分は全身の二割にも満たないけど」
その言葉に、俺は改めて安堵する。
改造されてから今まで、自分がロボットになってしまったんじゃないかという不安に苛まれていたからな。
全身の二割未満なら、まあ普通の人間判定でいいだろう。……いいよな?
しかし、さっきから少し気になっていることが一つ。
「ところで、なんで命を助けるために改造を?」
改造されてすぐ、普通の病院で治療しても死ぬような状態だったとは聞いた。
しかし、改造人間になる事によってその状態から何故復活できるのかが分からない。
何となくそれっぽくはあるけど、具体的には何をしたんだろう。
「そうだね、欠損部位を金属パーツで補うっていうのもあるんだけど、一番はやっぱり『回復補助機能』かな」
「回復補助機能?」
聞き慣れない言葉に、思わず聞き返してしまう。
「改造人間に使用されてる機械類には、筋力強化の他にも身体組織の修復を促進させる機能もあるんだよ」
「ああ、そういう事か」
ここでようやく合点がいった。
その回復補助機能で俺を復活させようとしたんだな。
改造人間の技術は一般の医療機関にはないだろうし、それを使って治療をするならここに連れてくるしかないだろう。
「それにうちには専属の名医もいるし、医療の設備も整っているからね。怪我の治療だけなら普通の病院より上だよ?」
……まさかそこまでとは。
しかし、回復補助機能か。だから今回の傷の治りも早かったんだな。
ヒールに殴られて全身ボロボロだったのに、1週間もせずにもう平気で動けるようになっている。普通じゃ考えられない。
MACTってのは得体が知れない組織だな。
「さて、じゃあそれを踏まえて相談だが……」
驚いてばかりもいられないので、気持ちを切り替えて本題に入る事にする。
「腕のこの辺にだな……」
---------------
ここはMACTからそう遠くない市街地。
普段は人通りが多く賑やかだが、現在ほとんど人はおらず、俺の前方で普段とは異なる賑やかさを演出する戦闘が行われていた。
ドカッ、バゴッという賑やかな音と共に看板やらベンチやらが吹き飛びまくる。
そろそろ十五分になるか。
沢渡さんとカマキリヒールとの対決は未だ続いていた。
余りにも激しい戦闘に、自分が介入することは不可能だと早々に諦めた俺はとっくに変身を解除し、今回出番がやって来なかった「新兵器」を見つめていた。
この新兵器を最初に提案したときには、無理だ無理だとごねていた脇坂も、最終的には開発に着手し、まだ試作品とはいえ一週間で搭載まで漕ぎ着けた。
惜しむらくは、せっかくヒールの出現に間に合ったのに使う機会が無さそうなことか。
と、少し残念に思っていると、ヒールから距離を置いて飛び退いて来た沢渡さんが俺のそばにやってきた。
どうしたのかとそちらを見ると、沢渡さんが苦い顔で、俺に囁いてくる。
「これは思ってたよりマズイ。そろそろオーバーヒートが近いな」
オーバーヒート。
確か、変身してから時間が経ったりエネルギーの消耗が激しいときに変身が解除される安全装置の機能だったか。
カマキリヒールの方を見ると、所々に傷などが見えるものの、まだまだ戦えそうな感じで身構えている。
戦闘中にオーバーヒートの危機が来るということは、それだけ消耗が激しいということだろう。
どうやら相当手こずっているらしい。
実力が互角であれば、活動時間に制限のあるヒーロイドの方が圧倒的に不利だ。
俺の助けなど必要無いかと思っていたが、そういう訳にもいかなそうだ。
ヒーロイドを複数人で行動させたMACTの判断は正しかったというわけだ。
ただ......まあ、そのサポートに俺をつけるのは判断ミスだろうが。
「ちょっと協力してくれ」
なんにせよ、手を貸せと言われたら従うのにやぶさかではない。
「いいですけど......どうしたらいいんですか?言っときますけど俺すごく弱いですよ?」
「でも頭が回る」
おっと、思いがけず褒められてしまった。
「それに根性があるしな、出来るだろ?」
そう言ってニッと笑う沢渡さん。
何をさせられるのかは分からないが、思わず頷いてしまった。
「いいか、今から必殺技を打つから少しの間足止めしといてくれ」
「必殺技?」
その言葉を受けてキョトンとしてしまう。
ヒーロイドにそんな物があったのか。
ちょっとヒーローっぽいな。
「詳しく説明してる時間は無い。ただ、これを外したら俺は即オーバーヒートだ。失敗出来ないぞ」
早速お断りしたくなってきた。
チャンスは一回。失敗できない。俺そういうのに弱いんだよなぁ。
しかし、ここでやる前から諦める訳にも行かないだろう。
ここは諦めたらいけないところだ。
諦めどころを見誤ってはいけない。
自分に言い聞かせると、一歩前に出る。
まずは俺に注意を向けなくては。
沢渡さんが必殺技の準備をし始めたのを横目で確認し、大きく息を吸い込むと
「オラァ!カマキリ野郎!!かかってこいやぁーーー!!!」
思い切り叫んだ。
......。
............。
..................。
あれ?なんで無反応なんだ?
「なんだ?お前は」
おっと、ご挨拶だな。
俺は前回から引き続き使っている銃を取り出すと、もう一度叫ぶ。
「選手交代だ。俺がお前を倒すっつってんだよカマ野郎!!」
「待て、カマ野郎はなんか違うだろ!?ていうか、お前は...ヒーロイドなのか?」
ヒールがなんだか戸惑っている。
俺がヒーロイドかだと?何を今更当たり前のことを......あっ。
そういえば変身解除してたの忘れてたな。
じゃあまあ、あの手段を使わせてもらおうか。
俺はカマキリに銃口を向けると、引き金を何度も引いた。
反動が強くてふらつくが、前よりはマシだ。
放たれた弾はカマキリに着弾し、大きな音と火花を散らすが、ヒールの装甲相手には威嚇にもならない。
「......なんのつもりだ?」
やっぱり効かないよなー。
まあ、ここまでは予想通り。
俺に対するヘイトを稼ぐことが大事なのだ。
幸い、カマキリヒールは狙い通り俺に意識を向けてくれているようだし。
前回ぶっ壊れてから無事修理が完了した実質打撃武器の剣を取り出し、カマキリに向けて突撃していく。
それを見てカマキリは体を庇うように両腕を前に出すが、俺のことをバッチリ見つめてくれている。これなら何も問題ない。
彼我の距離三メートルほどに迫ったところで、腕を額の前で交差させ、振り下ろしながら叫ぶ。
「変身!!!」
俺の体が眩い光に包まれる。
「うあっ!?」
強烈な光はカマキリの複眼にも有効らしい。ヒールが顔を背けたのを確認すると、走って後ろに回り込む。
そしてカマキリの腹の部分、人間のように立っているので尻尾のようにも見える部分に思い切り切りつける。......正確には叩きつけるのだが。
「アアッ!?ガァァァァァァ!!!」
そこはカマキリの体の中でも特に柔らかい部分。
全身を装甲で覆われたヒールも例外ではなかったようで、剣の先がくい込み、端っこの方を切り落とすことができた。
よし、これなら……と、思ったがどうやらここまでだ。
眼前に鎌が迫り、右肩が浅く切り上げられる。
視力を奪っていたからこの程度で済んだが、まともに向き合っていたら今頃首と胴体が離れていたかもしれない。
急いで飛び退くと、銃を取り出しヒールに撃ちかける。
しかし、銃声を聞いて左右に飛び回るので中々当たらない。
仕方がないので銃と剣を投げ捨て、右腕を前に突き出す。
しかし、それよりも一瞬だけ早く、ヒールの鎌が俺の体を捉えた。
左肩に向けて振り下ろされた鎌が、俺の胴体を袈裟懸けに切り裂く。
クソ、やられた!
赤い液体が飛び散り、体が後ろに向かって倒れていく。
しかし、こんな状況でも意外と頭は冷静だ。一度死んだからかもしれない。
突き出したままの右腕に、もう一度意識を向ける。
一瞬遅れてやってきた痛みを感じながら、体が完全に倒れる直前。
再び俺を切りつけるべく鎌を振ろうとしていたヒールに向けて突き出した腕から、ワイヤーが飛び出した。
脇坂に一週間で作らせたその新兵器は、俺の体へと迫っていた鎌ごとヒールの身体を捉え、複雑にまとわりつくとその動きを封じた。
「な、なんだ!?」
突然のことで状況が飲み込みきれていないらしいヒールにニヤリと笑うと、俺は完全に倒れた体を持ち上げる。
試作品で心配はあったが、なんとか効果を発揮してくれた。不意を突くことが出来たのも大きいだろう。
まだ右腕に繋がっているワイヤーを引っ張ると、ヒールもバランスを崩し、その場に膝をついた。
しかし相手はヒール。
素早く鎌でワイヤーを切り裂く。
ああ、デビュー戦なのにかわいそうに。
だが、もう遅い。
鋭い痛みに耐えながら、右腕のワイヤーを外しヒールと反対方向に跳ぶ。
尻もちをつきながら無様に着地すると、右手側から強烈な光が目に飛び込んできて、次の瞬間、ヒールの体が青い光に包まれた。
人一人をすっぽり包めるほどの光の奔流がヒールを飲み込み、その光の中でヒールの体が爆発四散した。
光が消えると、そこには既にヒールの姿はなく、ただ焦げたワイヤーが落ちていた。
沢渡さんの方を見てみると、腕を前に突き出した状態で立っている。
既に体からは光が消えており、変身が解けていることがわかった。
どうやら一回きりのチャンスを生かせたらしいとわかると、気が抜けてその場にへたりこんでしまう。
改めて自分を見ると、左肩から腹の真ん中にかけて大きな傷ができていて、血の滲んだ服も傷に沿って切り裂かれていた。
いやはや、また医務室の世話になることになりそうだ。
---------------
「はい、じゃあお願いします」
そう言うと、沢渡さんは上着のポケットに携帯電話をしまった。
場所は変わらず街中。ただしあちこちが破壊され、戦闘前とは景色がガラリと変わっている。
さっきまでヒールがいた事で辺りに人はおらず、車も通らないので俺は車道の上で大の字になって寝転んでいた。
何も俺だって好き好んで道路で寝ているわけじゃない。
さっきヒールから受けた傷が痛くて歩くことすら困難なのだ。
沢渡さんもエネルギーを使い切ってフラフラだし。とてもじゃないが、来た道を歩いて帰るのは無理なので、今はMACTに連絡をして迎えが来るのを待っている。
「すぐ来てくれそうですか」
ああ、声が掠れる。
喉の奥から押し出した声は小さかったが、ちゃんと沢渡さんには届いたらしい。
「ああ、俺達の戦いをドローンで見ていたから、ヒールを倒してすぐに迎えを出してくれてるらしい。でも、ヒールが出現した時はいつもだが、交通が混乱してるからな。少し遅くなるらしい」
そうか、それなら良かった。ならゆっくり迎えを待たせてもらうことにしよう。
まだしばらく車も来ないだろうし、もう少しここで寝転んでいよう。太陽に照らされて熱を持ったタイルが背中に当たっているが、ほどほどのぬくみなのでむしろ気持ちが良い。
戦いの疲れもあって寝転んだままいると、さっき考えていた事がふと頭に浮かんだ。
「少し聞きたいんですが」
休んだおかげか、さっきよりハッキリと喋ることが出来ている。
「どうした?」
「沢渡さんは変身って言わなくても変身出来るんですか?」
さっきからずっと気になっていたこと。どうでもいいと言えばどうでもいいが、気が抜けたのもあってつい聞いてしまった。
しかし、沢渡さんは何を聞かれているのか分からないような顔をしている。
「え、もしかして変身って言わないと変身出来ないの俺だけですか!?てかもしかして俺脇坂に騙されてるんじゃ……痛てぇ!?」
思わず起き上がってしまうと全身に激痛が走る。
「おい、まだゆっくり寝てろ!変身って言わないとって......あ、ああ、そういう事か。いや、そんなことはないと思うぞ?」
取り乱した俺に、ようやく何を聞かれたのかわかったらしい沢渡さんがフォローを入れる。
「多分、俺以外のヒーロイドはみんなそうなんじゃないかな。ノーモーションで変身できるのは俺だけだと思う」
それは少し意外な答えだった。
「なんで……」
それを聞くと、沢渡さんは少し複雑そうな表情を浮かべ、少し間を置いてから話し始めた。
「まあなんと言うか、俺が最初のヒーロイドだからだな」
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