最初と最弱と尊敬する人
「まあなんと言うか、俺が最初のヒーロイドだからだな」
そういうと、沢渡さんは微笑んだ。
沢渡さんが最初のヒーロイド......?
つまり初代ヒーロイド。ヒーロイド一号。
そうか、何となくわかった気がする。
沢渡さんがとんでもなく強いのは、きっとヒーロイドというものが生まれてからずっと戦い続けて来た経験があるからだろう。
しかし何故最初のヒーロイドだとノーモーション変身出来ることになるんだろう。
そこまで考えたところで、一つの可能性に思い至った。
「変身って言わないと変身出来ない仕様になったのは二人目以降からなんですか?」
「まあそうだな」
やはりそうらしい。しかし気になるのは何故そんな仕様になったのか。
「......その理由って、まさか脇坂がヒーロー好きだからじゃないですよね?」
そう口にした途端、沢渡さんが目を逸らした。
「そうなんですね」
「まあ、そうと言えばそうだなあ」
遠い目をし始めた。
「一体どんなことがあったんですか」
先ほどよりもハッキリとした調子で問い詰めると、沢渡さんはこちらに視線を戻した。
「まず俺は掛け声も何もなしに、変身しようと思えば変身できる。こんな風に」
と言うと、沢渡さんの全身が強烈な青い光に包まれる。
ヒーロイドは変身する時に一瞬で全身が強烈な光に包まれる。
今まで俺はそれを利用してヒールの目を眩ませていたが、いざ自分が直視する側になるととてつもなく眩しい。
満身創痍で首を動かすことも出来ないので、顔を沢渡さんの方に向けたまま目を瞑ったか、青い光は瞼を貫通してきて、目が焼ける。
強力な光が収まった後。
まだチカチカする目を開いて沢渡さんの方を見ると、全身が青く発光していた。
変身後のヒーロイドだ。
「まあ、足を動かして歩いたり、手を動かして物を掴んだりするのと同じように、こうしようと思えばすぐに出来るモノなんだが......」
そこで沢渡さんは一瞬口篭ったが、再度口を開く。
「その......脇坂はヒーローとかそういうのが好きだろう。『変身!』と叫んで変身しろとうるさくてな......」
あのオッサンがいかにも言いそうなことだ。
「どうしても嫌でずっと無視していたんだが、そしたら次から......その......叫ばないと変身出来ないような仕様を付け出して......」
とんでもない公私混同じゃないか!
「そもそも姿が変わる訳でもないのに変身なんて言い方をしているのも......」
「あの人の趣味なんですね......」
いやはや。まさかそんな理由があろうとは。
「まあでも俺の場合変身するつもりがなくてもしてしまう誤動作がごく稀にあってな。そんな事態を防止するためにも変身の、言わばスイッチになる物が必要だったのは確かなんだが」
一応脇坂は上司に当たるからか、申し訳程度にフォローを入れているが、正直フォローしきれていない。
「でもなんで頑なに変身って言うのを拒んだんですか?」
何気ない調子で聞いた俺の言葉に、沢渡さんの顔付きが変わった。
聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか。
一瞬不安になったが、すぐに柔らかい笑顔に戻った沢渡さんがゆっくりと話し出した。
「何だか『変身!』なんて叫んで敵に立ち向かって行くのはヒーロー然としすぎてるだろう?」
「あー、まあなんか小っ恥ずかしい様な感じはありますよね……」
「いや……俺にはどうも、ヒーローってのは似合わないからさ」
「え……?」
ヒーローが似合わない?どういう事だろう?
俺が知る限り、ヒーローという言葉が一番似合っているヒーロイドは沢渡さんだと思っていたけれど。
……まあ比較対象が俺と矢面しか居ない訳だが。
「沢渡さんはザ・ヒーローって感じだと思ってましたけど」
「お前は、ヒーローってどんなものだと思う?」
「……え?」
なんだか難しいことを聞かれてしまった。
ヒーローがどんなものか。そんなこと、今まで考えたことも無かった。
ヒーロー……ヒーロー……
「どんなものなんでしょう」
「これはあくまで個人的な考えだけど。ヒーローっていうのは、泥にまみれてでも何かを守るために戦い続けられる奴だと思うんだよ」
そう言い終わると、沢渡さんは少し照れくさそうな顔をして後ろを向いてしまった。
泥にまみれてでも何かを守るために……か。
俺の中での沢渡さんのイメージは、とんでもないパワーで怪人を倒していくまさにスーパーヒーローって感じだった。
その沢渡さんがそんな風に思っていたのは少し意外だった。
何かを守るために戦うのがヒーロー。ならば自分のことをヒーローが似合わないと言う沢渡さんは、そうではなかったのだろうか。
何かを守るために戦っているわけではないのだろうか。
疑問に思ったが、なんとなくそれ以上聞く気にはなれなかった。
そのまま少しの間二人とも口を開かなかったが、しばらくして沢渡さんが振り向きながら言ってきた。
「そういう意味では、お前の方がヒーローかもな」
「俺ですか!?」
何を言い出してるんだこの人は!
「ほら、この前のウサギヒールの時もたまたまいた人を守るために命懸けで闘ってたし。俺も今回お前の命懸けに助けられたしな」
「いや、俺なんて……それに常人の1.2倍しかパワーが無いんですよ?」
「でも、その1.2倍で誰かを守るために闘っている。それこそ、泥にまみれても」
「いやー、これは自分ルールなんで……」
「自分ルール?」
あんまり話したいことでもないが話しておいた方がいいか。
「自分の中で決めてることが幾つかあるんですよ。その中の一つが、『人助けをする』」
ふと、両親の顔が頭をよぎった。
人助けをする。ずっと昔両親に言われてずっと守って来たことだ。
なんとなく恥ずかしいような照れくさいような気がしてあまり人には言わないでいるのだが。
「なるほど……それがお前の信念なんだな」
「そんな立派なもんじゃないですよ!」
「まあなんだ。大事にしとけよ、そういうの」
そう言って微笑んだ沢渡さんの顔は、少し悲しそうだった。
この時は沢渡さんの言葉の意味をぼんやりとしか理解していなかった。
だからわからなかったんだ。沢渡さんが何を思いながら、何のために戦っていたのか。
どんな気持ちでそこに立っているのか。
そしてその思いが、のちに大きな災厄を呼ぶことも……。
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沢渡さんと話してから数日。
俺はずっと、あの時沢渡さんに言われたことについて考えていた。
ヒーローらしさとか、沢渡さんはヒーローじゃないとか。
俺がヒーローらしいだとか信念がどうだとか。
そんなことをグルグル考えて、最終的に沢渡さんには何があったんだろうというところに辿り着く。
今までは能力も経験もある凄い人、なんて漠然としたイメージしか持ってなかったし、そんな表面的なイメージに憧れていた部分もあった。
しかし、そんな単純なものではないのかもしれない。
沢渡さんに限らず、凄い人っていうのは相応の何かを抱えているものなのかもしれない。
そんなことをフワフワと考えているうちに、それ以上は想像がつかなくて考えることを放り出してしまう。
元々諦めはいい性格なのだ。
しかし、凄い人か……。凄い人、凄い人……あっ!!
俺はある事を思い出し、全速力で家を飛び出した。
本当は変身して少しでも早く到着したいが、理由が理由だけにそういう訳にもいかない。
八月の猛暑の中、アスファルトの上を全力疾走。
正直拷問だが、自分のこのやらかしに対する罰だと思えばこのぐらいは軽い。
息も絶え絶えになりながら、俺は目的地に辿り着いた。
そこは街中の住宅街にほど近い飲食店。
看板に書いてある文字は「たかまうどん」。
俺のバイト先である。
とはいえここ一週間ほど全く訪れていなかったのだが。
見慣れた入口に向かい、何度も通ったドアを開ける。
時間帯のせいか、店内にはほとんど客がいない。
一通り店の中を眺めていると、カウンターの方から「いらっしゃいませ」と低い声が聞こえてきた。店長だ。
営業スマイルを浮かべながら出てきた小太りの男は、俺の姿を見るや目を見開いた。
「平岩……」
「あー、どうも、お久しぶりです」
「お前、なにやってたんだよーー!!」
カウンターを軽々と飛び越えた店長がものすごい勢いで抱き着いてきた!
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「お前なあ、携帯電話は携帯しとけって言ってたろ!」
「ほんとにそれは申し訳ないと思ってる……」
店内の奥のほうの席。かけうどん(中)をすすりながら俺は店長と話していた。
ちなみに、客はずっといないままだ。
どうもその辺りは俺が働いていた時からあまり変わっていないようだ。
店長がおごってくれたうどんは相変わらず美味しい。個人経営の小さな店だが味の評判も良く、この店長の人柄を慕って通ってくれる常連さんも多い。
今のように誰も来ない時は本当に来ないが。
混むときと混まない時の波が大きいのも相変わらずらしかった。
ここに来なくなってからせいぜい二週間程度しか経っていないはずなのに、なんとなく懐かしいような心持ちがする。
最近ほんとに大変だったからなあ。
「しかしまあ、お前も難儀な奴だな。今の話が本当ならお前一回死んでるじゃないか!」
店長も相変わらず元気がいい。ずっと接客をしているからなのか声が大きいので、テーブルで向かい合って話していると声の振動を感じる。
俺がバイトで入りだしたころから変わらない。
懐の大きい人だ。
苦学生みたいな人を雇っては優遇しているし、社会貢献活動も多く行っている。
俺も含め、多くの人にとって第二の父親のような人だ。
ずっと凄い人だと思っているし、尊敬もしている。
照れくさいから本人の前では絶対に言わないけど。
MACT内で目を覚ました後、店長には電話で簡潔に事情を話した後、しばらく休みをもらうことにしていた。
またすぐに連絡すると言っていたのだが、それから一週間以上も連絡を入れていなかった。
ここ一週間ほどで色々なことがありすぎてスマホなんかほとんどいじってなかったし、すっかり忘れていた。
しばらく住処にしてたMACTの医務室にも持ってってなかったし。
しかしそれでも連絡してなかったのは確かなのでしっかり謝っておくことにした。
「まあ感覚的には一回死んだって感じかな。実際にはそのギリギリの瀬戸際で助かったらしいけど」
「助かった!?だってお前体が真っ二つになったんだろ!?」
「なったけど助かったんだよ」
「なんで?」
まあ、やっぱり聞くよな。
正直自分でもまだ少し困惑している部分があるし、積極的に話したいことではなかったんだけど。
これはまだ、言うのに覚悟がいる。
「改造……ヒーロイドになったんだ」
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