トップヒーローの回答
「説明してもらおうか」
MACT施設内の医務室。ここ数日ですっかり見慣れてしまった白い壁の、施設内でも比較的明るいこの部屋で。
俺はベッドに座りながら見舞いに来た脇坂を問い詰めていた。
「……なんの説明かな?」
ベッドの脇で、丸椅子に座っている脇坂はとぼけている。いやはや、白々しいのはこの部屋の壁だけで十分……いや、違うか?
「何の事か分からないってか?」
「いきなり何の文脈も無く『説明してもらおうか』の一言だけだとね」
と、困惑したような顔で返してきた。
ふむ、確かにそうだな。自分の言いたい事を相手が全て察してくれるなどと思ってはならないな。
「ほら、この前俺がヒールと戦ってた時さ、中々他のヒーロイドが来てくれなかっただろ?」
「ああ、なるほど」
これだけでなんの事だか理解したらしい。
研究職だけあって頭の回転が早いのか、あの納豆コマンダーに何か聞いていたのか。
いや、後者は無いな。あの人がそんな事をわざわざするとは思えない。
「いや、私も初めてのケースであまり事情が把握できてないんだけどね……」
先日、俺はヒールと呼ばれる怪人と戦った。
常人の1.2倍の力しか持たない俺は、武器と少々汚い手段で兎の様な姿をしたヒールを撃退したのだが。
途中までは他のヒーロイドが助けに来てくれるまでの時間稼ぎのつもりで戦っていた。
しかし、いつまで経ってもヒーロイド所か猫一匹すら助けに来てくれなかったので、結局俺一人で戦う事になってしまった。
その事について納豆コマンダーに問いただしたところ、説明が面倒なので脇坂に聞けなどと宣ってくれたのでこうして脇坂に尋ねてみた。
「何故かヒールが数箇所で同時に出現したんだ」
……。
…………。
………………?
「……え?」
なんと言うか。
「それだけ?」
と、言うのが率直な感想だった。
「それだけだよ。だけど、それだけの事が大問題なんだよ」
「今までそういう事はなかったのか?」
「ああ、今までヒールは一体ずつしか出現した事が無かったからね。だから『ヒールが同時に二体以上出現することは無い』と思われてたんだ。これはヒールの存在が確認されてから二年間、ずっとそうだからヒールは一体ずつしか現れないと考えられていたんだけど……」
そう言われてみれば、俺もヒールが何体も同時に出て来たというのは聞いたことが無い気がする。
話を聴きながら記憶を掘り起こす俺に、脇坂は尚も続ける。
「先日出現したヒールは三体。沢渡くんが相手していた二体は、今まで出現したヒールよりも強い個体だったんだ。沢渡くんも苦戦していてね。他に動けるヒーロイドもいなかったから、中々そっちまで手が回らなくって」
そう言われて沢渡さんの事を思い出す。
そういえば、あの戦いの後ぶっ倒れた俺を回収してくれたのは沢渡さんだと聞いた。
あの人が苦戦するって事はよっぽど強いヒールだったんだろう。
この間沢渡さんがヒールを瞬殺していた事を思い出しながら、そんなことを考える。
「じゃあ助けに来れなかったのはそっちのヒールが優先されてたからで、こっちは既に俺が対処していたから後回しにされたと」
「うん、それにあのヒールは比較的弱い個体だったからね」
……は?
今、なんて言った?
弱い?あのヒールが?
俺が何度も死にそうになりながらやっと倒した、あのウサギが?
「あのマッチョウサギは弱いのか?」
「ああ、うん。あのヒール言葉を喋らなかったでしょ?ヒールには言葉を喋るのと喋らないのがいて、前者の方が比較的頭も良いし力も強い傾向にあるんだよ」
そう言われてみれば、俺が倒したマッチョウサギは「ウグゥッ!!」だの「グガァッ!!」だの呻き声は上げていたが、言葉は話していなかった。
唯一、ヒーロイドと言おうとしていたような感じはあったが、まともに言葉にはなっていなかったし。
攻撃もワンパターンで安直な突進しかして来なかったし。
そうか、俺が倒したのはヒールの中でも弱い部類に入る奴だったのか。
アレを倒して少し舞い上がっていただけに、その事実はかなりショックだった。
「どうしたの?」
「……なんでもない」
本当の事を言うとなんでもないことは無いのだが、理由が情けないので口に出す事はしない。
「しかし、今回のヒール出現は今までと全く違うパターンでね。それだけに次のヒール出現がどうなるかとMACT全体でも警戒が強まってる」
なるほど、確かに警戒が必要な事態だろうな。まあ、コマンダーに戦闘を制限されている俺にはあまり関係が無い話だろうが。
しばらくは前線に出ず、ゆっくりと過ごさせてもらうことにしよう。
この前の戦いでヒールの恐ろしさはよく分かったし、あまり積極的に戦いたくはない。
俺が出なくて済むならそれに超した事は無いのだ。
沢渡さんや矢面には悪いが、まあ俺みたいに弱いのがいても邪魔になるだけだろう。こればっかりは仕方が無い。
「と言う訳で、平岩くんにはこれからしばらく沢渡くんや矢面くんとペアで出撃してもらうことになると思うから」
「え?」
今日何度目か分からない予想外の一言。
俺が?出撃?ペアで?なんで?
「えーっと、俺はしばらく出撃しないことになるんじゃ...」
「うん、個人ではね。でもさっきも言った通りヒールも強くなってるからね。彼らもサポートが必要になってくると思うんだ。他のヒーロイド達にもチーム単位での出撃を義務付けてるしね」
なんてことだ。しばらくはゆっくり出来ると思ったのに。
「そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫だよ。実を言うと、この前の戦闘も評価されてるんだよ?」
嫌がる俺の表情を不安と受け取ったらしい脇坂が、そんなふうに励ましてくる。が、それは完全に的外れだ。
ヒールと戦わなければならないことが分かった途端、あの時の恐怖が蘇る。
戦闘中は意識していなかったが、いつ命を狩られるか分からない様な相手と対峙するのは中々に恐怖だ。後になって考えるとあの時はよくあんなに堂々としていられたものだと本気で思う。
命がかかると人間なんでも出来るものだが、あまり頻繁に陥りたい心理状態でもない。
人を助けるためなら平気で投げ捨てる命でも、理不尽に奪われるのは不本意だ。
戦闘に参加しないためにはどうすればいいかと考えを巡らすが、目の前の脇坂を見て何となく思い出す。
ああ、そういえばこの人は俺の命の恩人だったな、と。
脇坂を助けた為に落とした命と言えど、恩は恩だ。
……人生は諦めが肝心だ。
俺は嫌な仕事から逃げる事を諦め、腹を括る。
「新兵器か何か用意してくれ」
まあ、何を諦めてもこれだけは譲れないのだが。
現状戦力でマッチョウサギより強いヒールとなど戦えるものか。
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「今回はカマキリか」
怪人を前にして緊張するでも怯えるでもなく、だからといって油断をするでもない。適度な緊張感を孕んだ声でそっと呟くと、躊躇い無く怪人の方へ歩いていく青い上着。
その後を離れすぎないようについて行くと、両手が鎌のようになっている異形の怪人、ヒールが大きな複眼を持った顔をこちらに向けた。
「ヒーロイドか、随分と早いな」
口がどこかも分かりづらい顔の癖に、こうもスラスラ話されると何だか不気味だ。
しかし、実力者たる本物のヒーローは、そんな事には気を取られないらしい。
相変わらずの冷静な声で
「丁度暇をしてた所だったからな」
と言ってのける。
沢渡さんが纏っている空気が、一瞬にしてピリッとしたものになった。
脇坂が見舞いに来てから一週間。
MACT施設ですっかり元気になった俺がのんびり過ごしていると、急にサイレンが鳴り出した。
ヒールが出現した事を示す合図である。
脇坂をはじめ、張り詰めた空気の中にいたMACTの人々は、遂に来たかと迅速に対応を始めた。
詳細を見れば、商業施設が並ぶ人通りの多い所にヒールが一体。
次も複数のヒールが同時に出現するのではないかと構えていただけに肩透かしを食らったが、出現場所が悪過ぎる。
早く向かわなければ被害が増すと思い、急いで出撃の準備をしていると、脇坂が後ろから言ってきた。
「今日は沢渡くんのサポートを頼むよ」
平日の昼間。矢面もおらず、動けるヒーロイドは沢渡さんと俺のみ。
この組織、いい加減人事を見直すべきではなかろうか。
普段は人通りの多い場所だが、大体の人は避難してしまったのだろう。
今は俺と沢渡さん、それからヒール以外の人影は無い。
死体やら血の跡も見られないところを見ると、人的被害はほとんど出ていないらしい。
建物には結構破壊の痕跡が見られるが。
しかし……あの怪人、ペラペラ喋ってるって事は強い方のやつだよな。
こちらの姿を視認するや否や突進していたマッチョウサギなんかとは格が違うって訳だ。
こんなやつと戦うなんて言うのは正直遠慮したいところではあるのだが、今回の任務は先輩ヒーローこと、沢渡さんを支援することだ。
いくら逃げたくても逃げ出す訳にはいかないだろう。
なにせ沢渡さんは命の恩人な訳だからな。
まあ、その沢渡さんにはそもそも俺の助けなど必要無い気がするのだが。
ヒールと対峙する沢渡さんの体が眩しく光を放ち、青い上着を羽織った大柄な体が青い光に包まれる……って、ちょっと待て。
今変身って言わずに変身したよな。あのダサいポーズもしてないし。
そういえば、俺は他のヒーロイドが変身する瞬間を見たことが無かったな。
もしかして俺以外のヒーロイドはみんなアレが必要ないんじゃないか?
というか、ひょっとしたら俺もいらないんじゃないか?脇坂に言われただけだし。
ちょっと試してみよう。
「.........」
とりあえず力を込めてみる。
すると体が強く光りだ……さないな。
何度も気張って、足を踏ん張ったり頭を振ってみるが、全然なんともない。
諦めていつもの手順で変身すると、今度こそ体が眩い光に包まれる。
……なぜなのか。
と、俺が一人で理不尽と戦っている間に、沢渡さんはヒールとの戦闘を始めていた。
何度も打撃を叩き込んでいるのを見ると沢渡さんが優勢のようだが、その分厚い装甲もあってかヒールにはあまりこたえていないようだ。
のらりくらりと決定的なダメージを避けながら、隙あらば鎌で切りつけて反撃しようと伺っている。
とりあえず沢渡さんには心配が要らなそうなこの状況。
何が問題かと言うと俺がまるで入っていけない事だ。
まずスピードが早すぎる。
俺が入っていこうとすると扇風機の羽に触れるように弾き飛ばされるか、或いは切り刻まれてしまいそうだ。
それに俺ではどう足掻いても沢渡さんの足を引っ張る事しか出来そうにない。
それほどまでにレベルの違う戦いだった。
沢渡さんが繰り出した蹴りを鎌でいなしたヒールが、そのまま回転して反対側から鎌を突き出す。それを咄嗟にしゃがんで避け、胴体に拳を打ち込むが、効果が無いと見て素早く飛び退く。
こんなハイレベルな戦闘で、どうやってサポートしろと言うんだ。
せいぜい隅っこで邪魔にならないようにじっとしておくことしか出来ないじゃないか。
と、そこまで考えてふと思う。
中々勝負が決まらない。
以前、俺がヒールにやられていたのを助けてくれた時は、終始ヒールを圧倒し、いとも容易く爆発させて見せたあの沢渡さんが手こずっている。
なるほど、ヒールが強くなっているというのはどうやら本当らしい。
沢渡さんが負けるとも思えないが、楽観も出来ない。
今俺にできることは何か無いか。
沢渡さんとヒールの戦いを遠くから見つめ、自分に出来ることを探す。
俺の目線の先では相変わらずハイレベルな攻防が続けられている。
そのあまりに激しい戦闘の余波でアスファルトは砕け、街灯が切断され、何故かビルの二階から突き出した看板までもが破壊されて落ちて来ている。
さらに、その様子を窺っていた俺に向かって大きな何かが飛んできて、頭上スレスレを掠めて行った。
振り返って後ろの建物に激突したそれを見れば、コンビニのATM。
……この戦闘において、俺に出来ることは無さそうだ。
人生は諦めが肝心だ。諦めどころを見誤ってはならない。
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