1.0

「お前……生きていたのか」


 MACTのとある研究室。

 薄暗いその部屋に足を踏み入れた俺は、意外な「人物」の存在に、思わず目を見張った。


「なんだよ、死んだと思ってたのか?」

「おー、完全にそう思ってたよ」

 椅子を傾けながら座っている異形の怪人・ゼロニーは、俺の返事に苦笑する。


 刀の怪人、ゼロニー。

 彼はゼロロクこと脇坂と戦うためにどこかへ消えていき、その後全く姿を現さなかったのでてっきり死んだものだと思っていたが。


 動きに元気が無く、あまり動こうとしないところを見るに無事という感じはしないが、どうやらまだあっち側には行っていなかったようである。


「本当はもう少し早く会わせたかったんだけどね。何せ二人ともボロボロだったし、潜伏場所が遠かったから、誰にも見られずここに来るのが難しかったんだ」

 俺をこの部屋に連れて来た脇坂は、申し訳なさそうに、弱々しく説明した。


「なんだゼロロク、ヘラヘラしやがって。こっちではそんなだったのかよ」

「ああ、あまりヒーロイド達に威圧感を与えたくないのでな。お望みならばこれからもこのまま対応するぞ?」

 ゼロニーの茶々に、脇坂は態度を一変させ、眼鏡の奥の眼を鋭く光らせる。


「……っと、そうだ。それで俺がここにいる理由だが……」

 ゼロニーは、脇坂の言葉には答えず説明を始めた。


「お前がどこまで知ってるのかは分からんが、まあこいつと戦って、負けて。で、動けないほどボロッカスになったもんだから、ちょっと離れたところにある廃屋に閉じ込められて療養してたんだよ」

 その口ぶりには大変不服そうな調子が多分に含まれていて、助けてなど欲しくなかったとでも言いたげである。


「ああ、そうだ。アレを返さないとだな」

「ああ、アレか」

 ふと思い立ち、一旦自分の部屋に戻る。


 刀を返さなければ。


 この刀はゼロニーが姿を晦ます直前に矢面を通して預かった物だが、ゼロサンとの戦いで大いに役に立った。

 何せラストアタックもこれだったからなぁ。


 公道であれば即座に通報されるほど堂々と手に刀をぶら下げ、MACT本部内の無機質な廊下を、さっきの部屋へと戻っていく。


「やァ、どうしたノ?そんな物騒なモンぶら下げて?」

「カチコミにでも行くのか?」

 ゼロフォー・ゼロゴーコンビに遭遇した。


「いや、ゼロニーに返しにな」

「あー、なるほどねェ……」

 ゼロフォーが怪訝な顔をする一方で、ゼロゴーは何か腑に落ちたような様子で頷く。


 アイツらも俺と同じくらいの情報しか知らないと思っていたが、ゼロゴーだけは何か思い当たる所が有ったようだ。


 怪人達はあの戦いの後もMACTに留まり続けていた。

 俺が以前脇坂に誘われた「ヒールを人間に戻す研究」を行っているので、その成果をのんびり待つつもりらしい。


 二人とは適当に別れてまた廊下を歩いていると、次は直江さんが現れた。

 行きは誰ともすれ違わなかったのになぁ。


「その刀は……ふーん、そっか」

 挨拶もそこそこに、MACTで一番謎の多い女性は微笑みながら去って行った。


 あの人も何か察してるんだろうなぁ。

 結局よく分からない人だったなぁ。


 ようやく部屋に辿り着いてみると、部屋で待っていた怪人は椅子から降り、床に正座していた。


「やっと来たか。では、頼む」

「はぁ?」

 ゼロニーは座ったまま、俺に向かって頭を垂れた。


「元々決めていたんだ、ゼロロクに勝って生き残ったら、お前に斬ってもらおうと。そのためにそいつを渡したんだ」

「私は止めたんだけどね。まあ君が決めてくれ」

「嫌に決まってるだろが」

 当たり前だろうが、二人して真面目な顔で何を言っているんだ。


「しかし俺はお前を……」

「だからもうどうでもいいんだってば」

 ほんとに。

 心の底から。


 しかし、ふといいことを思いついた。


「そうだ、それならその代わりに聞かせて欲しいんだよ」

「? 何をだ?」

 キョトンとした顔になるゼロニー。

 いや、顔は分からないけど。


「お前がどうしてあんなにもゼロロクに固執していたのかだ。どうも不思議だったんだ。復讐って感じでもないし」

 ゼロ二ーは少し意外そうにしていたが、合点がいったのかぽつりぽつりと話し始めた。


「まあ最初は復讐だったんだけどな。改造されてすぐの頃コテンパンにされてから変わったんだ」

 理解は出来なかったが、そのまま聞き続けることにした。


「元々陸上やってたんだがな。怪我して引退して、その治療のために実験に参加したのが最初だ」

 ふむ、確かにヒーロイドはケガの治りが早くなる。


 ゼロイチたちも元々体を改造したのは病気の治療の為だったか。

 結果を見ればとんでもない実験だが、彼らからしたら一縷の望みに賭けたということだろう。


「こんな姿になって、目標も何も見失っていたところで新しい目標を見つけた。怪人として、ゼロロクと戦って勝つ、と」


 ふむ、なるほど。

 そういえばゼロサンも目標がどうのと言っていたな。


 何かしらの目的を持たずにはいられないものなのか。

 それなら何の目的も無くフラフラしていた自分はなんだ。


 まあ、今はヒーロイドを人間に戻す研究という目標はあるが。


 ゼロニーと別れて部屋を出ると、そこには見慣れた青年の姿があった。

 いつも通りの青い上着を身に纏った、初代ヒーロイド。


「あれ、入院中じゃなかったんですか?」

「いや、もう退院したんだ。今は就活中でな、ちょっと寄ってみたんだ」

 ヒーローの口から就活なんて言葉が出てくるとは、世知辛いなぁ。


 沢渡さんは、ヒーロイドの力を使うことで体に過度の負担がかかり、MACTと繋がりのある病院に入院していた。

 ゼロイチも同じ病院に入れられていたが、彼はまだ退院までしばらく時間が必要だろう。


「そんな顔するなよ。ヒーローが廃業なんて、平和の証じゃないか」

 平和の証、か。

 まあそう言われたらそうなんだけど。


 MACTの実験は、多くの人間に様々な影響を与えた。

 その結果、大谷の家族のように命を落とした人々がいる。


 一方でゼロイチやゼロフォー、ゼロゴーのように病気が治り、命を長らえた者もいる。

 まあその先普通に生きていけるかは俺達の研究成果にかかっているのだが。


「転職先は肉体労働以外でお願いしますよ。沢渡さんの治療も研究課題の1つなんですから」

「医者にも言われたよ。体を動かすのは好きなんだけどなぁ……」

 深めの傷跡が残った人も。


 ふと、大谷のことを思い出す。

 平日の昼間なので大谷と矢面の学生組は普通に学校に行っていることだろう。


 ゼロサンの最期を確認した後、意外にも大谷は喚くことなく静かに、沈痛な面持ちを浮かべているだけだった。


 ずっと家族の仇討ちのために戦い続けてきたのだ。

 いざ復讐を遂げて、どのような心持ちになったのか。


 それは本人にしか分からないことだろう。


「そういえば、ゼロサンと戦う時、変身って叫んでなかったですか?必要ないし、言わないって言ってたのに」

「まあ、気まぐれかな」

 初代ヒーロイドは、なんとなく照れ臭そうに笑った。


 しばらく駄弁ってから沢渡さんと別れた。

 やりかけの仕事を再開するため、研究室に向かってまた、無機質な長い廊下を歩きだす。


 窓越しに見える世界に、もう怪人は存在しない。


 もう少しだけくたばれないなと思いながら、凡人は歩き出した。





 終わり。

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ヒーロイド1.2 甘木 銭 @chicken_rabbit

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