幕引き

「平岩!! 生きてるか!?」

「生きてはいるよ……」

 大谷が真に迫った声を上げながら駆け寄ってくる。


 寝転がったまま気迫の無い声で応えたからか、耳に届く大谷の足音がわずかに早まった。

 自分もさっき吹っ飛ばされていたのに、人の心配をしている場合か。


「ゼロサンは……倒したのか?」

「あー、もうそれでいいよ」

 少し先で倒れているラスボスは、なんとも軽い調子で言い放った。


「!?」

 視界には入っていなかったが、大谷の動揺が伝わってくる。


 無理もない。

 結構な至近距離で互いにそれ以上戦うでもなく転がっているのだから。

 戦いは終わったと考えるのが自然ではあるが。


 痛む首を持ち上げると、大谷が臨戦態勢を取っているところが見えた。

 まあそうなるよなぁ。


「あー、大丈夫大丈夫。ギブだって」

 もちろん敵の言うことを鵜呑みにするわけにはいかない。

 信用できるような奴でもないが。


「そう言われても……」

「じゃあトドメは任せた」

 なんとなく、ゼロサンは抵抗しないんじゃないかと思った。


「……ああ」

 大谷は了承しながら俺の横をゆっくりと通り過ぎ、ゼロサンへと近づいていった。


「…………」

「どうした? 早くやれよ」

 ここに来て大谷は躊躇しているらしい。

 足音が止まり、なんとも言えない沈黙がしばらく続いた。


 しばらくはそのまま時間が過ぎていったが、やがてゼロサンは痺れを切らしたのかぽつりぽつりと話し出した。


「まあアレだな。俺がやってたことに意味なんか無かったワケだ。結局何を成すでもなく、あっけなく死ぬと」

 大谷も、俺も何も答えない。


「しかしな、それはお前らだって同じだぜ。ヒールを倒したって悪人がいなくなるワケじゃない。ヒーローにだって解決できないことはごまんとある」

 痛いところを突いてくれる。


 負け惜しみのようなものだとしても、耳が痛い。

 何より、ゼロサン自身もヒーローの被害者だから余計に。


「俺が消えれば悪役はいなくなって、万事解決だ。そしてお前らは元通り、人間に戻る。茶番の終わりだ」

「おまっ……!?」

 ゆっくりと、ゼロサンが立ち上がる気配が伝わってきた。


 大谷は焦るように体勢を立て直す。

 俺も体を転がし、顔を上げてゼロサンと向き合った。


 頭を垂れながら二本の足で踏ん張るゼロサンは、しかしそれ以上動くでもなく、静かに、そして笑うように言葉を発した。


「やめとけよ、もう俺を倒す力なんか残ってねえだろ」

 その言葉で、大谷が既に光を纏っていないことに気が付く。


 さっきはエネルギーが切れたフリだったが、今度こそ正真正銘のオーバーヒートだろう。

 痛みをこらえながら腕を持ち上げて見てみれば、どうやら俺の変身も解けているようだった。


「まあ、お前らの勝ちさ。無意味だがな」

 それだけ言って、ゼロサンは背を向け、フラフラと歩き出した。


 逃げるのか?

 いや、そうではない?

 そもそも、逃げるほどの体力も残っていないはずだ。


 ここに来てのゼロサンの謎の行動に、俺も大谷もしばらく動き出せず、その背中を見送った。


 俺は動けない体で地に貼ったまま、それでも気が付かないうちに口を開いていた。


「まあ確かに意味なんか無いかもしれないし、俺達が絶対的に正しいとも思えないけどさ」

 トゲだらけの背中がゆったりと停止し、怪人がわずかに振り向く。


「でも、何が正しいかなんか分かる訳ないんだから。その時正しいと思うことを必死でやってくしかないだろ。何かを諦めることになっても」

 聞き終えた途端にそっぽを向いてしまったので、ゼロサンがこの言葉をどう思ったのかは分からなかった。


 ゼロサンは、かまぼこ型の倉庫の屋根の平たい方、かまぼこで言えば切り口側の辺ギリギリに立ってこちらを振り向いた。


 さっきまで月にかかっていた雲はいつの間にやらどこかへ消えたらしく、丁度月が怪人を背後から照らし、逆光でトゲだらけのシルエットが浮かび上がる。


「待て!! ゼロサン」

 突如、離れて戦況を見守っていた沢渡さんの声が響き渡った。


 何とか体を動かして振り向くと、沢渡さんと脇坂がこちらに駆け寄ってきていた。

 月明かりに照らされた顔は必死の形相で、その瞬間俺はゼロサンの意図を悟った。


「クソッ!!」

 俺と同様、事態を飲み込んだらしい大谷が、ゼロサンに向かって真っ直ぐ走り出す。


 しかし、もう手遅れだった。


「道のりは長いぜ。ま、せいぜい頑張れよ」

 それだけ言い残すと、ゼロサンはそのまま、背中から屋根の向こうへと倒れていった。


 その先に広がるのは、無常な虚空。


 月に照らされた影は、静かに、そしてあっけなく闇の中へと吸い込まれていった。

 そのあまりのあっけなさに、全身の動きと意識が同時に停止する。


 血の気が引いていく感覚。

 そして、明らかな現実を前にして尚、何が起こったのか理解が追い付かない。


 大谷はそのへりまであと数歩というところで間に合わず、そのまま膝から崩れ落ちるとともに叫んだ。


「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!」

 それは、拍子抜けするほどあっさりとした幕引きだった。


 最後のヒール・ゼロサンは倒れ、ヒーロイドの戦いはここで終わった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る