ヒーロイドの復帰

 ご報告。

 前回ヒーロイドに復帰した直江さんですが、メチャクチャ強いです。

 どれくらいかと言うと、俺が三十分戦って苦戦していた敵を応援に駆けつけて一撃で撃破するくらいです。

 仕事帰りにたまたま近くを通ったので来てくれたそうです。


 もう頭が上がりません。


「おつかれ!交代しようか」

 シフト中だったのでいつでも出動できるよういつもの溜まり場で本を読んでいると、後ろから声をかけられた。


 振り向けくと、声の主はニコリと笑った。

 直江さんだ。

 会社帰りなのだろう、淡い色のシャツに黒のボトムスというオフィススタイルは、ゴツイ機械やモニターに囲まれた部屋では浮いている。

 ちなみにMACT本部は更に一ヶ月の工事を終え、今ではすっかり元通りに、いや、設備などが格段に改善された状態で再建されている。


「ああ、もうそんな時間ですか」

 読書に夢中になっていて交代の時間に気がついていなかったらしい。

 時計を見ると、デジタル表示の文字が午後七時十分を示していた。

 この部屋には窓がないので外は見えないが、十月の七時ならばもう薄暗くなっているころだろう。


「ごめんね、仕事で遅れちゃったけど」

「いや、それはいいんですけど。てか仕事終わりにヒーロイドなんか、大変じゃないんですか?」

 どういう仕事かは知らないが、朝早くから会社に行ってバリバリ働いているらしい。


 残業も多く、一時間や二時間俺が交代するようなこともしばしば。

 会社が終わったらすぐにここに来て午後十時まで詰めているのだから恐れ入る。


「まあ最近はほとんど待機だし、ご飯もお風呂もここで済ませられるからそんな負担でもないよ。帰るのしんどかったら寝て行ってもいいし」

「ああ、部屋に着替えとか置いてるんでしたっけ」

「そうそう。宿泊費無し、ご飯も風呂もタダならこんなに良い副業は無いね」


 MACTの食堂に行けば、ヒーロイドは無料でいくらでも飯が食える。

 ええ、俺もお世話になってますとも。

 MACTの再建で色々とリニューアルされていて、新メニューも増えたので楽しみが増えた。


「時給も良いし」

「うん、そこは外せないね」

 直江さんが上着を脱ぎ、椅子に腰かけたところで突如、部屋中にサイレンが鳴り響いた。

 ヒールが出現したのだ。


「まあ、こういう大変さはあるけどね」

 腰を上げた直江さんが苦笑を浮かべながら呟いた。



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「猫だね、猫!小動物系のは久しぶりに見た!」

「多分虎じゃないですか?なんかシマシマ模様みたいなのついてるし」

 大きめの公園に現れたヒールは、大型の猫科動物を二足歩行にしたようなやつだった。


 夕方に来れば子供たちで溢れかえっている広い公園だが、夜の七時を回って薄暗いからか、公園やその周りに人気はない。

 いい子は家でご飯でも食べている頃だろう。


「ネコにもああいうのいるでしょ。それに毛じゃなくて外側の装甲に模様がついてるんだよ?後付け感あるでしょ」

 さて、先程シフトを交代したところなのになぜ俺まで出動しているのか。

 それは、出動直前に直江さんが見せた表情のせいである。


 怪人が出現したこの公園はMACT本部から歩いて十五分程の場所にある。

 そしてヒーロイドは変身しその距離を二分で走り現場へと駆け付ける。

 公園の位置を確認し、出動の準備を整えた直江さんが見せた表情は。


 ああ、今仕事を終えて来たところなのに走らないといけないのか、と。

 これから出ていって戦わなければならないのか、と。

 せめてコーヒーの一杯くらい飲ませてくれ、と。

 つまるところ、行きたくなさをありありと感じさせるものだった。


 そしてつい言ってしまったのだ。

「俺もついて行きます」と。


「まあどっちでもあいや。行け、ヒーロイド1.2!!」

「なんですかその間抜けな名前は!?あと俺が行くんですか!?」

「ゼロフォーが1.2倍、1.2倍って呼んでるから。それにほら、手伝ってくれるんでしょ?」

 見た瞬間に襲いかかっていたのにいつの間にゼロフォーと仲良くなっていたのか。

 仲良くするのは良いけどあんまり悪い影響を受けないで欲しい。


「丸投げってことはないじゃないですか!!」

「あの、何しに来たんで?」

 む、まずい。うっかりヒールの存在を忘れるところだった。

 あいつを倒すためにここに来たのに、標的そっちのけでずっと喋っていた。

 少し居心地の悪そうな感じを出しているのがなんだか申し訳ない。


「まあいいや。このままここにいても寒いし、ちょっと体動かそうかな」

 直江さんがすっと前に出る。

 まとっている光は黄色だ。


 対する猫、あるいは虎型のヒールは……まあ詳しく説明するまでもないだろう。


「うらァっ!!!」

「おう!?」

 この通り、直江さんの手にかかれば瞬殺だからだ。

 暗くて姿がほとんど見えない上に、すぐにやられてしまう怪人について詳しく描写するのも無駄というものだ。


 一気に距離を詰めてから足を払い、バランスを崩したところで怪人の手を引くと、そのままヒールの巨体をグルンと投げ飛ばしてしまった。

 よくもまああんな細い腕で荒々しい攻撃をするものだ。

 あまり詳しくないが、合気道のような感じだろうか。

 あそこまで攻撃的なイメージは無かったけど。


 何が起きたのかも分からず地面に横たわっている怪人の猫っぽい顔面に拳が降り、爆発を起こして消滅した。

 俺、要らなかったなぁ。


 ひと仕事終えてこちらに戻って来る直江さんの足元をふと見ると、ヒールを履いていることに気がついた。

 こんな靴で走り、先制攻撃を仕掛けたのかと思うとなんとなく恐ろしい。


「戻ってご飯にしようか」

「あ、わかりました」

 しかしあの猫の怪人、喋ってたってことは強い方のヒールだと思うんだけど。

 あんなに瞬殺されてしまって大丈夫なんだろうか。


 その後はそのままMACTに戻り、すぐに二人で食堂に向かった。

 直江さんは、大谷の二倍ほどの飯をペロリと平らげてしまった。

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