疑惑

 けたたましいサイレンがいつもの溜まり場に鳴り響く。

 平和な街に怪人が出現したのだ。

 正義のヒーロー、ヒーロイド出動である。

 まあ最近は正義のヒーローの部分が怪しくなってきているが。


 と、勢い込んで出てきたのだが。

 現場に到着した頃には怪人の姿は既になく、街はいつもの風景に戻っていた。


 ……またか。

 実はここ三ヶ月ほど、同様の事例が頻発しているのだ。

 祐樹の時の犬型や直江さんが倒した猫型など何体かのヒールは相手したものの、俺がシフトに入っている時以外には全くヒールの出現は確認されていないらしい。


 ヒールの出現する数が減り、出現が感知されてもすぐに消えてしまう。

 この一連の現象に、MACTではある仮説が立てられた。


 行方不明の沢渡さんが、出現するヒールを倒して回っているのではないか。


 そして、その仮説は的中する。



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「そういえば、なんで1.2倍なの?」

 直江さんの一言に、一瞬時間が止まった。

 少し意外なところからの質問に、箸で掴んでいた肉を落としてしまった。

 肉は無事に皿の上に着地するが、皿の中にたっぷりと入っていたタレが豪快に跳ね飛ぶ。


 現在俺たちはMACTの中庭で肉を囲んでいる。

 直江さんの復帰に合わせ二回目のバーベキューを開催したのだ。

 面子は前回同様俺、矢面、大谷、ゼロフォー、ゼロゴーに、直江さんを含めた計六名だ。


 ゼロフォーが俺のことを1.2倍1.2倍と呼ぶのを受けて直江さんが「ヒーロイド1.2」などと言い出したのはつい先週の事だが、そういえばそれ以外のことはあまり説明していなかった。

 俺の力が常人の1.2倍しかない理由か。


「俺は改造の適性が無かったみたいで、ヒーロイドの本来の力を引き出せないらしいんですよ」

「でも、適性試験やったでしょ?」

「……やってないんですよ」

 あまり思い出したいことでもないが。

 力を測定するパンチングマシンみたいなのを殴ってしょぼい結果しか出なかったのも今となっては良い思い出……でもないか。


「え?最近の子はそうなの!?」

「いやいや、私はやりましたよ」

「俺もだ」

 矢面と大谷が当然とばかりに答え、俺だけ仲間外れだと改めて実感させられる。

 しかしまあ実際俺は特殊なのだ。その辺。

 ちなみに今回矢面は顔の上半分だけを隠すタイプの天狗面をつけている。

 口元はとにかく、鼻は食べるのに邪魔じゃないのか。


「ヒールに襲われて一回死にかけたんですよ、俺。その時に助けたのが脇坂で、俺の事助けようとして改造したらしいんです」

「なるほと、確かにそれなら仕方ないかも……にしても、あの人やることめちゃくちゃだねほんと」

 直江さんからの脇坂に対する評価はまあ妥当と言わざるを得ない。

 なにせヒールを生み出したのも、その尻拭いのためにヒーロイドを作ったのも脇坂なのだから。


「待て!それは俺も初耳だぞ!」

 大谷が立ち上がりながら食らいついてきた。

 おいおいお前食べてる途中じゃないか。米粒が飛んでるぞ。

 よく食べる大谷は米だけで丼三杯目だ。


「そりゃわざわざ言うほどのことでは」

「てか自分が殺されかけてるのによくヒールを庇ったりしてたな!?」

「まあ済んだことだし、あくまで別の個体だし」

「済んだことだしじゃない!!どんな奴だ!!仇を討ってやる!!」

「俺生きてるんだけど」

 激昂する大谷に、場の全員が呆気に取られている。

 いや、直江さんとゼロゴーは楽しそうに笑ってるな。

 案外似た者同士なのかもしれないな。


 しかしどんな奴、か。

 えーーっと、どうだったかな……なんせあの時は目の前の人間を助けるのに必死で……。

 んー、確か……


「そうだ、確か侍みたいなカッコしてたな。そんでヒールにしては珍しく武器を持ってた」

「何?武器!?」

「ああ、それで上半身と下半身を真っ二つだ。傷跡も残ってるぞ」

 うっすらとだが、俺の左胸から右脇腹には縫合の跡が残っている。

 MACTで目を覚まして最初にこの傷を見た時にはビビったなぁ。


「おい、それってもしかして……?」

「あァ、多分ゼロ二ーだろうねェ」

「おい、1.2倍。持ってた武器は刀か?」

「ああうん、そうだよ。よくわかったな」

 少し先のテーブルに置いてあったジュースのペットボトルを、腕からワイヤーを伸ばして引き寄せる。

 最初こそ人間じゃなくなったみたいだなんてへこんだが、今では結構便利に使っているのも事実だ。

 てかワイヤーとか仕込みナイフは他のヒーロイドにもないんだけど。


「そうか、あいつが……」

 あれ?大谷?

 なんでそんな顔してるんだお前?

 俺がヒールを庇った時レベルで鬼の形相だぞ。

 ゼロフォーゼロゴーの二人も妙に深刻そうな顔してるし。


「ゼロ二ーって、最初の七人ってやつ?」

「そうそう、元々僕らの仲間だったんだけどねェ。ちょっと、方向性が違っちゃったと言うか?」

「俺たちは人殺しはしない。でもあいつら……ゼロ二ーやゼロサンは目的のためなら……」

 手段は選ばない、ってか。

 なるほど、俺を殺したのは結構なやつだったらしい。

 そういうことならあの時脇坂を襲ったのも頷ける。

 怪人にされた恨みを、開発者の脇坂に直接ぶつけて来たんだ。


 あれ?俺思ってたより被害者じゃない?


「しかシ、改造の適正、ねェ……」

「ああ、どうにも引っかかるな」

 ゼロゴーとゼロゴーがぼそっと呟くのが聞こえてくる。

 何やら不穏な内容だった気がしたが、なんとなく今は聞かなかったことにしておいた。


 まだ何かあるのかよ。



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「平岩。お前ならわかるだろう?これがどれだけ異常なことか」

 沢渡さんの言葉に、思わず身震いしてしまう。

 ああ、そうだ。その通りだ。

 異常なんてもんじゃない。


 俺は目の前でほほ笑む少年、ゼロイチから目が離せなくなる。

 ヒーロイドが戦う意味って、一体何なんだ?

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