三度目の正直

 もうもうと立ち込める煙の中から、無数の何かが飛び出してくる。


 鳥か!?飛行機か!?


 いや違う。

 もう全然違う。


 あれは、「蚊」だ。


 しかもただの蚊ではない。

 人間の頭ほどの大きさの巨大な奴だ!


 まさかこれは……


「ゼロフォーの真似してみたんだよ!モストブーンだったか?時期的に作りやすくって良かったよ!」


 モストブーン。

 去年の夏、ゼロフォーが蚊から作ったヒールだ。


「なんだよこいつら!?」

 大谷が叫ぶ。


 モストブーンは俺が初めて倒した話すヒールだったが、その後巨大化してゴーヨンと呼ばれるようになり、MACT本部を襲撃した。


 ゼロサンは、時期的に大量に出てきた蚊を捕まえ、ゼロフォーと同じようにヒールを作ったのだろう。


 以前戦ったモストブーンは人型で「蚊人間」とでも言うようなビジュアルだったが、今目の前にいるのは全長三十センチ程度の「巨大な蚊」だ。


 ヒール化して少ししか経っていない、未完成な状態なのか。

 それとも何かしら工夫を凝らして大きさを調整したのか。


 いずれにせよ、最近ヒールの発生が途絶えていたのはこいつらを作っていたからだろう。

 十や二十ではきかない蚊の大群が、俺たちに向かって襲いかかってくる。


 ずっと辺りに漂っていた煙が収まり始め、その奥に側面を無理やり剥がされたようなコンテナがあった。


 なるほど、このヒール達はあの中に押し込められていたのか。


 いやそれどころじゃないか。

 こいつらを何とかしないと。


 後方を、ちらりと一瞬見やる。

 既に全身の光が消えた矢面と直江さんの元には、モストブーンは向かっていない。


 あくまで俺たちを襲うつもりらしい。


 戦闘離脱した二人に危険が及ばないことに僅かに安堵しながら、目の前まで迫っていた蚊を殴り飛ばした。


 大谷もすぐ近くの蚊を蹴り飛ばし、ゼロフォーは両手に蚊を捕え、爆発させていた。


「モストブーンはあいつの名前だ!!こいつらはただの蚊のヒールだろうが!!」

 あ、そうだったの?ごめん。


 そういえば、ゼロフォーはほとんど怪人を作っていないんだったか。

 それもあってか、どうやらゼロフォーは自分の作った怪人に対する思い入れが強いらしい。


 俺もモストブーンの仇討ちのために襲われたし。


 見た目はそっくりでも、生み出した怪人を道具のように使い捨てるゼロサンとは決定的に違う。


「意外と役に立つじゃないか。もう少し育ててから出そうと思ってたが……」


 ゼロサンがポツリと呟くのが聞こえた。


 なるほど、どうやら奇襲に備えて用意していた訳ではないらしい。

 納得しながら、目の前に飛び出してきた怪物を拳で思い切り地面に叩きつけた。


 ようやく煙が落ち着き、先程の場所から少し距離を置いて仁王立ちするゼロサンと、その手前で臨戦態勢になっているゼロゴーが見えた。


 二人の怪人は既に体に光を纏っている。


 蚊の怪物の全容を見渡すと、残り三十体ほど。


 ゼロサンとの間に壁になるように立ち塞がっているので、すぐのすぐゼロサンに近づくことは出来ない。


 しかし、元々近づいていたゼロゴーは、ゼロサンとの間に壁は無く、今にも距離を詰められる場所にいた。


「なんだ……?」

 その妙な様子に、俺は思わず呟く。


 蚊の大群は、ゼロゴーに見向きもしない。

 完全に細身の怪人を無視して、俺たちの方へ襲いかかってきている。


 ゼロサンは奴らにとっては親になるから、ある程度の区別はされているのだろう。


 ならば、ゼロゴーは?


 その時、虫たちの向こう側のゼロゴーが、微かに笑った気がした。

 装甲の下の顔は、一切見えていない筈なのに。


「じゃあネ、蒼蒼汰クン!」

 まさかお前っ……


 裏切っ……!?


 パァンッ!!


「……どういうつもりだ?」

「アレー?不意打ちナラ、イケると思ったんだけどなァ?」


 いつの間にかゼロゴーの手元に溜められていた光が、ゼロサンの胸元で炸裂した。


「話が違うじゃねえかよ」

「僕の事信用スルのがダメなんだよねェ、そもそも」

 ゼロゴーは後方に大きく飛び退き、着地のついでに蚊を一匹尻で潰した。


「刺し違えるつもりだったケド、ごめんね蒼汰クン。裏切るフリも説得も失敗だし、とんだ役立たずだねぇ〜」

 振り返らずに、何時になく弱々しい調子でそんなことを言ってくる。


 ゼロゴーは事前に何かゼロサンに言っていたのか。

 俺が考えた作戦に更に二重三重で自分の動きを乗っけていた訳だ。


 だからお前さぁ。

 そういうことはちゃんと俺たちに言えって。


「そういう訳だから……」

 よろよろ、という表現に近い形でゼロゴーは立ち上がる。


 あくまでこちらに顔は向けず、敵と向き合ったまま。

 そのまま死に向かうように。


 俺達とゼロゴーの間にはまだ二十匹ほどの怪物。

 強行突破は……できるか?


 いや、後方から襲われる。

 倒してしまった方が早い。


 だから、それまで。


「そこで持ってろ!ゼロゴー!!」

 そう願いながら。


 動き出した背中に手が届くように。


 目の前の虫達に向けて、最大級の光をぶつけた。



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