ゼロイチの影

「つまり、怪我をしたり病気になったりしても、欠損した部分をその影が覆って修復するから死なないし大丈夫だと」

「ええ、大体そんなところです。元通り修復されるまでには時間がかかりますが、その間に出てくるこの影は普通の人体よりもずっと丈夫ですよ」

 ゼロイチの右手、本来親指が着いているはずの場所からは今、謎の黒い影が生えてきている。

 触ってみると、本来の指とも違う不思議な弾力があり、冷たくも暖かくもない……と言うより温度の有無を感じない妙な感覚。


 そろそろ寒くなってきた平日の夕方。

 MACTから電車と徒歩で一時間ほどのビジネスホテルで男が三人。

 それだけでも奇妙な光景だが、ヒーロー一人に怪人一人というメンツがその奇妙さを一層際立たせている。


 ゼロイチは怪人としての能力を俺に見せるため右手の親指を噛みちぎり、元々指のあった場所からは謎の影のようなものが吹き出してきた。


 どうやら体のどこかが損傷した場合に、この影がその部分を補うらしい。

 圧力や引っ張る力への耐久力はしっかりあるものの、勢いよく叩きつけたり引っこ抜こうとすれば一瞬で霧散し、すぐにまた次の影が生えてくる。

 色々と試させてもらったが、影を触られる感覚はあっても、叩きつけられることによる痛みなどは感じないようだ。

 そして、影で覆われている部分の傷は徐々に修復されるらしく


「ほら、三十分でこのとおり。指が生えてきました」

「おお、すっかり元通りだ」

 回復能力を高めるシステムの基本はヒーロイドと同じもののはずだが、ゼロイチの回復はヒーロイドのものと比べても異常だ。

 しかし、これだけで「怪人」と言ってしまってもいいものか。

 もしやこれ以外にも何か能力が?


「まあこれ以上何が出来るでもありませんが」

「へ?」

 ちょっと待ってくれ。

 それなら何故こんな所に?


「ゼロイチには特殊な事情が多くてな」

「特殊な事情?」

 今までずっと俺たちのやり取りを見守っていた沢渡さんが、ゼロイチの隣へと歩いてくる。

 その表情は、緊張感の無いゼロイチの微笑と反して固く、厳しい。

 ゼロイチの隣に椅子を置き、腰を下ろした沢渡さんは、ゆっくり、ゆっくりと言葉を続けた。


「ゼロイチの成長は十三歳の頃で止まっている。本当なら、こいつは十九歳なんだ」

「…………はぁぁ!?!?」

 十九歳?

 てことは、俺より歳上!?

 いや、確かに見た目にしては大人びていると思っていたが。

 十九にしても落ち着いてはいるが、いやそういうことではなく!!


「ほんとに?」

「本当ですよ」

 本当だった。

 嘘をついているとは思えない純粋な笑顔!!


「えーーと、どういう原理で?」

「さあ、僕にもちょっと」

「傷の修復によって代謝がどうとか……説明は聞いたが俺も詳しい原理はよく分からん」

 いや、原理はどうでもいい。

 問題は原因と、その結果。


「まあ他にも色々とあるんですがね。動けない、成長できない、死なない。普通の人間とは言い難いですし、僕は怪人ですよ。体も、心もね」

「怪人ですって……」

「みんなともしっかり関わってしまいましたしね。もう後戻りは出来ないというか……」


 関わって、か。

 そうか、あのヒールたちはもしかして。


「平岩。お前ならわかるだろう?これがどれだけ異常なことか」

 沢渡さんの言葉に、思わず身震いしてしまう。

 ああ、そうだ。その通りだ。

 異常なんてもんじゃない。

 俺は目の前でほほ笑む少年から目が離せなくなった。


「ゼロニーやゼロサン、それから今の俺。MACTの管理下に置かれてはいるが、全員元々の行動原理は同じだった。全てはゼロイチへの同情からだ」

 そうか、ゼロフォーが人を傷つけたい訳ではないと言いながらもヒールを作っていたのも。

 ゼロニーやゼロサンが尚もヒールを作っているのも。

 全てゼロイチへの同情から、もしくは自分が怪人にされた恨みからやっていることなら。


 ヒーロイドが戦う意味って、一体何なんだ?


 疑念が浮かび、一瞬その闇に飲まれそうになる。

 しかし、そこで一つ、あることを思い出した。


「待て、それなら多分方法がある!!」

 思わず、声が出ていた。

 しかしこの方法なら、俺にもできることがある。


「脇坂が、MACTはもうすぐヒーロイドとヒールを元の人間に戻すための技術を開発すると言っていた」

 そうだ、ほんの二時間ほど前。

 ここに来る前に、脇坂から聞いた話だ。

 もうすぐヒールとの問題に決着をつけると。

 そして、ヒーロイドもヒールも、全てを元に戻すと。

 そのための技術者にならないかと、話をもちかけられたところだった。


「俺が、あんたを元の人間に戻す!」

 勢いに任せて言い切ったところで、ふと我に返った。

 そうは言っても、俺はヒーロイドの技術についてもこれから勉強する段階なのだ。

 一体、俺に何が出来るというのか。


 目の前のゼロイチはずっと保っていた微笑を崩し、目を丸めている。

 隣の沢渡さんも、俺の答えが意外だったのか驚いたような顔をしていた。


 いや、しかし俺がやらなければ。

 話を聞いてしまった以上は。

 それを知ってしまったからには。


 正面に座る二人の目を見つめながらその決意を固めた瞬間。

 ゼロイチがそれまでの微笑を取り戻そうとした瞬間。

 沢渡さんが次の言葉を発そうと口を開いた瞬間。


 その一瞬で、状況が一変した。


 ホテルの大きな窓ガラスを破り、人間ほどの大きさの塊が部屋に飛び込んできた。





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