平和な日常

 脇坂との交渉が失敗して早一ヵ月。

 どんどん気温が上がり、いよいよ本格的な夏の訪れを感じ始めたこの頃。


 いつにない緊張感の中でMACTには張り詰めた緊張感が漂っていたのだが。


 ゼロサンが何かを仕掛けてくることも無く、何もない日常を送っていた。


 まあこれでいい。

 ヒーローと医者は暇な方がいいんだよ、うん。


「暑いですね……」

「言うな、余計暑くなるだろ」

 高校生組はもう夏休みに入ったらしい。


 直江さんは元気にお仕事だろう。


 大谷はいつもの溜まり場で椅子に深く沈み、矢面はガスマスクのような面をつけている。

 いや、暑いだろそりゃ。


 ある程度エアコンを効かせてはいるものの、人数のせいか外がとんでもなく暑いせいか気分がどんよりとしている。


「こう暑いと怪人が出てきても戦う気しませんよねぇ」

「最近色々あったし余計なぁ」


 連日の暑さとあまりの何事もなさに、緊張感の糸は既にぷっつりと切れてしまっていた。


 ていうか、今日シフト俺だけじゃん。

 なんで君らは集まって来てるのさ。


 ちなみに、ゼロロクとの一件については、正体も含めて他のヒーロイド達には知らせていない。


 ゼロサンと会った話は簡単にだけ説明しておいたので、大谷が言う色々とはそのことと、ゼロニーの失踪のことだろう。


 なんにせよ、特に大きな動きも無く、俺達がだらだらと過ごしていたその時だった。


「やあやあ、みんな暇そうだねェ~」

 うわなんか来た!


 ゼロゴーが何やら楽しそうに部屋に入ってきた。

 そしてその手には何故かタブレット端末が……。


「そんな君達に朗報〜!夏の暑さもブッ飛ぶようなおもしろ動画のしゅおぅかいだよォ〜」

「紹介」の言い方が腹立たしいが、暇には違いないので少しだけ見てみることにする。


 ていうかお前、そんなもんまで持ってたの?

 で、動画見て過ごしてたの?


 矢面と大谷も興味津々でゼロゴーのもとにわらわらと群がりだす。

 よっぽど暇だったのか。


 なおさらなんで集まって来てるんだよ。


「こ、これは……」

 俺がのそのそと画面に近づいて行っていた時、先に映像を見始めていた大谷が何やら緊張感のある声を発し出した。


 それに伴い、動画の音声が聞こえてくる。

 軽快に流れてくる、聞き覚えのある声……


「ゼロサン?」

 なんと、画面の中にいたのはとてつもなく見覚えのあるトゲトゲヒールだった。


 いや、ビジュアルだけで見ればゼロフォーとゼロサンはそっくりなんだが……いやしかしこの間の会話の内容を踏まえると……。


 確か、動画を上げてMACTを弾劾するようなことは言っていたが。

 いよいよそれを実行に移したということか。


 となるとこれは少しまずいな。

 急いで奴を探し出して……


「てめぇ!!」

「アアアアアァァァァァッッッッ!?!?」

 焦る暇も無く、大谷が突如としてゼロゴーの手元のタブレットに鉄拳制裁を加えた。


 画面だったものキラキラと宙を舞い、基盤や小さな金属のパーツは重力に従って落下し、ゼロゴーは聞いたことも無いような悲鳴を上げた。


 こいつがこんなにダメージを食らっているのを見るのは初めてかもしれない。

 沢渡さんにやられた時も最後までお気楽な感じで倒れていってたし。


「はあっ、はあっ……」

「落ち着いてください!液晶に罪は無いです!!」

 憎悪に息を切らす大谷を、こちらも少しパニックを起こしている様子の矢面が必死になって鎮める。


 大谷のヒール嫌いも最近は少しマシになっていたが。

 やはり親の仇であるゼロサン相手には……


「しかしまずいな、とうとうゼロサンが行動を開始したってことは……」

 内容をよく見る前に動画が強制停止されてしまったため何とも言えないが、先日の会話から考えて動画の内容はおそらく、MACTとヒールの関係についての暴露だろう。


 この映像が広がってしまえば、MACTやヒーロイドが世間から攻撃の的になってしまう……

 それだけは何としてでも阻止しなければ!


「いや~、それは大丈夫だと思うヨ?」

 俺があれこれと思案を巡らせていたその時、ゼロゴーが泣きながら口を挟んだ。


 タブレットだったものの破片を一つ一つ、丁寧に拾い集めている。


「大丈夫って、どういうことですか?」

 いつの間にかお面を般若に替えた矢面が、不思議そうに尋ねた。

 おそらく俺と同じような危惧を抱いていたのだろう。


 ちなみに、さっきまで暴れ出しそうだった大谷はいつの間にか沈黙し、床に横たわっていた。

 腹を押さえているところを見ると、水下に一発、といったところか。


「いやまあ、内容については大体察してる通りだと思うけどネ?実はこの動画が投稿されたのって三日前なんだヨ」

「は?」

 待て待て、何故それを早く言わない。


 三日前って、その時も俺達同じようなダラダラしてたぞ!?

 そんなことしてる場合じゃなかったって事じゃないか。


「いつ動画をアップしても見逃さないようにできるだけ貼りついてたら、三日に見つけてねェ。でも、これ三日経ってるのに再生数一桁なんだヨ~」

 はい?


「こんだけインパクト出しといてこんくらいの伸び方ナラ、ほとんど情報は広まらないし?見た人だって本物の怪人がやってるなんて思わないデショ?誰かのイタズラとか、くだらない都市伝説扱いになるって」

 うわぁ。


 なんか……なんていうか……。

 それでいいのだろうか。


 確かに素人がいきなり動画に手を出してもそうなるだろうが。


 大惨事になるぞ!みたいな前フリをしときながら。

 敵の最終計画が動き出したぞ!みたいな感じ出しといて。


 こんなところで現実の厳しさに直面するとは……。


「まあ三日前の時点でこうなることが分かってたから何も言わなかったんだけどね!一応見張ってるけど僕しか再生数回してないんじゃないのってレベルだからさぁ。可哀想すぎて持ってきちゃった!」


 ゼロゴーはさっきまでの涙もどこへやら、楽しそうにけらけらと笑っている。


 タブレットのバラバラ死体を手に乗せながら、「サムネイルが地味」だとか「冒頭でブラウザバックするデショこの入りじゃ」だとか、色々に批評を加えていた。


 いや、しかし。

 俺たちの誰も思い至らなかったところに気が付いて、ゼロサンをずっと監視してくれていたのか。


 その点についてだけは、感謝しなければならないだろう。


「あー、あとゼロイチから伝言預かっててさァ……」

「ん?なんだ?」

「ゼロサンが今どこにいるか、この動画から分かったってサ」


 だからそれを早く言えよこの野郎。

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