レディースvsジェントルマン(?)

「ん?アイツはどうしたんだ?あの1.2倍の……」

「先輩はこの前大怪我したので休暇中です」

「そうか、お大事にと伝えておいてくれ」

 侍のような姿の怪人・ゼロニーは、そう言ったきりそっぽを向いてしまった。


 ……いや、普通そういう反応する?

 こっちはヒーロイドですよ!?

 怪人がヒーローを無視する!?


 私こと矢面と、大先輩ヒーロイドの直江さんは、沢渡さんとの戦い以来治療に専念している先輩に代わり、二人で出動していた。


 からっと晴れた休日の昼間だというのに街に人通りが少ないのは、もちろん目の前の怪人のせいである。

 平和な日常のためにも目の前の怪人を何とかしなければならないのだが、当の怪人は道路の真ん中で仁王立ちしたまま微動だにしていない。


「特に暴れるでもなし……何しに来たんだろうね?」

「あの人だけは行動が本当に分からないんです。MACT関係者にはよく襲い掛かって来るんですが、一般の方に危害を加えたという情報は、今のところ確認されていません」

「でも私たちは襲われてないし?」


 あまりにも不審なゼロニーの様子に、私と直江さんは変身もせずにただその背中を見つめていることしかできなかった。


 最近、ヒールの出現数はめっきり減っている。

 先輩と沢渡さんが戦った時に一体出現していたが、それを最後に三週間ほど何もない日々が続いていたのだ。


 久しぶりに出てきたと思ったらとんでもない大物だし。

 はてさて、どうしたものか。


 こっちから仕掛けてもいいけど、無駄に暴れると変なところに被害が出かねないし……。

 しかし一応先輩の仇な訳だし、ここで倒してしまうつもりでいた方がいいのか?


 私は頭を悩ませながら、般若面を被った。


 まただ。自分でも悪い癖だとは思う。

 しかし私にはまだこの面が必要だ。


 SNSで顔を出さないためだの、父親に昔買ってもらったからだのと色々に言い訳をするけれど、どれも本当の理由ではない。

 いや、それらの理由も決して嘘ではない。嘘ではないが……。


 私は、面を被って心に壁を作ることで、ようやく他人と向かい合うことが出来る。

 お面はお守りであり、盾だった。


「というか、なんでそんなところで何もせずに突っ立ってるんですか?」

 この口調も、他人と距離を置くために自然と身についたものだ。


「ゼロロクを待っている。あいつは今ヒールを倒して回っているからな」

 ゼロロク……というのはこの前遭遇した巨大柄強力なヒールのことだろう。

 突如空から降ってきて、怪人を一撃で倒してしまった。


 つまり、あのヒールをおびき出そうとしている?


「あなたあのヒールに倒されたいんですか?」

「戦えるなら倒しても倒されてもいい」

 よく分からないがそういうことらしい。


「暴れる様子も無いし、ヒール同士で戦ってくれるんならちょうどいいかもね。帰ろうか」

「ちょっとぉ!?」

 ずっと隣で黙っていた直江さんがまた何か言い出した。

 この人は少しサボり癖があるのかもしれない。


「ゼロフォーやゼロゴーみたいなのもいるんだし、ヒールだから倒すって考えはもうこの際捨てない?」

「いや!でも、その、一応ゼロサンの仲間ですし!ゼロサンは確実に悪いことしてるので、それなら止めなければ」

「ん、まあ一理あるか」

 渋々ながらも納得してもらえたらしい。


 なんとなくこの人は先輩に近いところがある。

 計り知れないというか……。

 まだ何か隠してるんじゃないだろうか。


 まあそれはさておかなければ。

 気を取り直して戦闘準備に入る。


「変身!」

「変身」

 私たち二人は、ともに体に光を纏う。


 私はマゼンタに近いピンク。

 直江さんは輝くような黄色だ。


 そういえば直江さんが変身したところを見るのは本当に久しぶりだ。

 復帰してからもなんやかんや共闘の機会なんて無かったし。


「……ゼロロクとは万全の状態で戦いたいんだが」

「なんでそっちが勝つ前提なんですか!それにあなた一応うちの先輩殺してますから、倒します!!」

「あれは事故だ。本人も気にしていなかったじゃないか」

 そういう問題だろうか、と思わざるをえない。


 隣の直江さんも、「そういう問題だろうか」と言いたげな目をしている。

 ……いや、これ私にも視線が向けられてるな。


「私が先に行きますから、サポートお願いします」

「武器持ってるけど、大丈夫?」

「大丈夫です、当たりませんから」

 実力的には私の方が劣っているけれど、ブランクのある直江さんよりも私が先に出た方がいいだろう。


 一歩、前に出る。

 先程までもごもご言っていたゼロニーもさすがに本気と悟ったらしく、しっかりとこちらを向いて油断のない視線を飛ばしてきた。


 刀はまだ、鞘から抜かれていない。


 とにかく、スピードを生かして先手を取る。

 頭の中で簡単に作戦を立ててから、真っ直ぐに駆けだして距離を詰め、手前で大きく飛び上がった。


 空中から見下ろすと、丁度刀身が半分ほど抜かれるところだった。

 このままいけば正面が切り払われていただろう。

 けれど、私はもうそこにはいない。


 怪人のすぐ後ろに着地し、拳を叩き込もうとしたその瞬間。

 脊髄反射的に私の体は翻った。

 大きく後方に飛び退った私のすぐ目の前を、銀色がすり抜けていく。


「さすがにアレだけ殺気をぶつけたら避けるか」

「……戦意喪失でも狙ってるんですか」

「まあそれが一番楽ではあるな」


 言葉を切った怪人は、そのまま大きくため息をついた。


 戦力差が大きすぎる。

 二対一でも勝てるだろうか。





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