真実は……
「あのっ、クッソ、野郎グァァ!!!」
バチバチと空気が弾け、震えるような感覚に全身があぶく立つ。
目の前のトゲトゲヒール・ゼロサンが纏う空気が歪み、闇が広がるように見えた。俺の体にまとわりつく空気は物理的な重量を持っている。これが覇気か?
隣の矢面を見ると、信じ難いというように目を見張り、相手の動きに備えて腕を構えていた。
しかし、俺たちよりも一歩前に立つ沢渡さんは、怯む様子もなくジッと怪人を見据えていた。
以前戦ったゼロフォーにも勝るとも劣らない、とんでもない圧。
いや、それどころか、もしかしたらこのゼロサンは俺が今まで戦った怪人の中でも一番強大な相手かもしれない。
俺はいつでも戦闘開始できるように両腕を頭上でクロスさせる。
この際変身禁止なんか守っていられるか!
「まあいいや。知らね。どうせ何が出来るでもねえんだ」
しかし次の瞬間、ゼロサンは急速に脱力し、それに伴って覇気も消えた。
心なしか、体が軽く、周囲が明るくなる。
鳥肌が全身から消え、こちらの力も少し緩んだ。
なんだこの感覚は。感情の昂ぶり一つで、生物の本能にまで直接作用してくるような。
「ゼロナナよ。お前も後のことはゼロロクに任せてこんなことやめちまえばいいじゃねえか。いい加減キツいだろ」
「考えとくよ」
「よく言うよ。聞き入れる気なんか無いくせに。いい加減長い付き合いだから言っとくけどな、お前そろそろホントに死ぬぞ」
ゼロサンの言葉に呼吸が詰まり、汗が頬をつたう。
沢渡さんが死ぬ?そんな、いや、確かさっきもゼロサンは言っていた。
ヒーロイドは寿命が縮む、と。
「おい、どういうことだよ!死ぬとか、寿命が縮むとか!お前らは何を隠してる!?」
「あ?なんだ、それも知らんのか。おいおい、MACTは何やってんだよ?」
ゼロサンが呆れたように笑う。
やはり、か。
MACTはまだヒーロイドについて何か隠していると思っていたが……。
「余計なことを言おうとするな!!」
途端、沢渡さんの体から青い閃光が放たれる。
変身したのか、と思った瞬間には沢渡さんは目の前の敵に向けて駆けだしていた。
「まあまあ、何も知らないままじゃ本人たちも可哀想じゃないか」
沢渡さんの拳を瞬時に受け止めたゼロサンは、尚余裕を保ちながら言葉を続ける。
最強のヒーロイドの攻撃を難なく受けるとは、やはりゼロサンはとんでもない強敵だ。
「いいか、よく聞け少年少女たち」
「黙れ!!」
「ヒーロイドはな、変身すればするほど寿命が縮むんだよ!!」
「このッ……?」
組み合ったまま繰り出された沢渡さんの蹴りをひょいと避け、ゼロサンは瞬時に距離を取る。
その際に軽く蹴りを入れられた沢渡さんは、後方に倒れこんだ!!
「沢渡さん!!」
俺と矢面が駆け寄ると同時に素早く体を起こした沢渡さんは、しゃがんだ姿勢のままゼロサンを睨みつけた。
その視線に引き寄せられるように、俺と矢面もゼロサンの方へと目を向けた。
今、あいつはなんて言った?
ヒーロイドは変身するほど寿命が縮む?
そんなこと、今まで一度だって……。
「細かい理論は俺もよくわかってねえけどな。機械で体を支えてるとはいえ、常人には出せないパワーを発揮して、ありえないくらいのスピードでケガを治すんだ。結果体にどんどん負荷がかかる。目には見えないダメージが体にたまってくんだよ。当たり前だ!ちょっと考えりゃわかるだろ。そんな負担に、人間は耐えられねえんだよ!」
目の前が、一瞬真っ白になる。
しかし、そうだ。
異常な回復力も、パワーも、普通の体が耐えられるものじゃ……・
「せ、先輩……」
矢面が、怯えたような目でこちらを見つめてきた。
その奥にある痛みは、恐怖はおそらく俺と全く同質の物だろう。
そして同時に、すぐ目の前にいるヒーロイドにも、意識が留まる。
「もちろんそれはヒールも同じだがな。ゼロイチも、俺も、多分あんまり先は長くねえ。だが、多分今一番あの世に近いのは……」
ゼロサンはそのまま、あざ笑うように言葉を続けてくる。
音は耳に入ってくるが、その半分も意味を汲み取れない。
しかし、おそらく次に続く言葉は。
「沢渡さん……」
呼びかけた相手から、反応は無かった。
それでも、言葉を続けずにはいられない。
「あんた、そんな状態で一人で戦ってたのか!!俺たちを守るために、変身禁止にして!!自分で全部決着をつけるつもりだったのか!!!」
未だ、反応は無い。
ただ黙って立ち上がった沢渡さんは、一歩ずつ、ゆっくりとゼロサンに向かって歩き出した。
「なんだなんだ?黙ってちゃわかんねえよ」
「ゼロサン、お前……」
静かに、静かに言葉が紡がれる。
「そんなに死にたいのか?」
ゾッとした。
全身に鳥肌が立ち、委縮する。
ゼロサンの覇気ともまた違う、しかしある意味では同質の畏怖と緊張。
「それは……面白くないな」
途端、ゼロサンは紫のオーラを放ち後ろへと飛び退いた。
あれは、以前にゼロフォーが見せたのと同じ。
ヒールの、「変身」。
「じゃあ、またな!」
軽い調子で言い放ち、そのまま近くのマンションの屋上まで跳び上がる。
見上げれば、紫の影が建物の屋根から屋根へと飛び移っていた。
ヒールも変身で多少身体能力が増すのだろうか。
その力を逃走に使われるとは思わなかったが。
「沢渡……さん?」
矢面が、恐る恐るといった調子で沢渡さんに声をかけた。
少し間を置き、振り向いた沢渡さんはさっきとは別人のように、穏やかな笑みを浮かべていた。
纏っている空気が明らかに違う。しかし、これこそが元々俺が知っている沢渡さんだと思える笑顔。
「わかっただろ?もう、ヒールには関わらないでくれ。あとは全部、俺に任せてくれ」
穏やかで静かな中にも圧力のあるその言葉に、俺達はただ黙ることしかできなかった。
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