藍色のヒーロー

 久しぶりに会う大先輩は、少しやつれているようだった。

 いつもの青い上着は、所々に黒い汚れが付き、全体的に色がくすんでしまっている。

 そして、その目はいやに冷たく、暗い。


「よう、久しぶりだな」

 部屋に駆け込んで来た俺と脇坂を見て、沢渡さんは穏やかに笑いかけてくる。

 だがその目は笑っておらず、姿勢からも油断が感じられない。


「三ヶ月も一体どこにいたんだ」

「ちょっと、ゼロイチの所に」

 ゼロイチ……最初の七人の内の一人か。

 名前から察するに、一番最初のヒール。

 沢渡さんとも何かしらの接点があってもおかしくは無いが。

 しかし一体何故そんな相手のところに?


 沢渡さんが待機していたのは、MACT本部の中でも端の方にある、あまり使われない部屋だった。

 長方形のテーブルと四脚の椅子以外は何も置かれて居ない殺風景な部屋だが、再建したばかりなのにこんな部屋が出来ているのには訳がある、らしい。

 ここに来る間に脇坂から軽く聞いたが、盗聴などが出来なくなっていて、外部に漏らしたくない話をする時にだけ使われるんだとか。


 部屋の中には沢渡さんと脇坂、そしてなぜか俺。

 今MACTにいるヒーロイドが俺だけだったので同行させられたらしいが、正直いらないと思う。

 しかし沢渡さんにまでついて来いと言われてしまえば嫌ですとは言い難い。


「なっ……!!ゼロイチ……コウスケは、彼は今どうしている?」

「元気にしてるよ。それから、あいつはもうコウスケじゃない」

 初めて聞く名前が出てきた。

 コウスケ、というのがゼロイチの、ヒールになる前の人間としての名前なんだろうか。

 ゼロイチ。最初のヒールというのは、どんな奴なのやら。


「……まあいい。それが、どうして急にここへ戻ってきた?」

「戻って、というのは適切じゃないな。俺はちょっと用事があってここに来ただけだ。すぐに帰るよ」

「なに……?」

 帰る、か。

 その言葉に若干の寂しさを覚えながらも黙って二人のやり取りを眺めていると、急にこちらに話題が向いた。


「俺は平岩を連れに来たんだ」

「え!?ええ!?は!?俺!?」

「なんでまた……」

「ゼロイチがお前に会いたがってるんだ」

 なんと、ヒールの親玉直々の指名か!


「……どうしようか?」

「まあ、呼び出して全員でボコボコにってことは無いと思うけど。沢渡くんもゼロイチもその点では信用が出来る。ただ……」

「なんだよ?」

「シフトに穴が開くのは避けたいな。直江くんの出勤まであと二時間以上あるし、その間にヒールが出たら……」

「安心してくれ。しばらくヒールは出ないし、出てきても俺が倒す」

 俺たちのひそひそ話はしっかりと沢渡さんのところまで届いていたらしい。

 介入の唐突さとその内容に、驚いてしまう。


「えっと、それはどういう」

「最近ゼロイチはヒールを作っていないんだ。ゼロニーとゼロサンの動きまで把握していないが、大体俺が始末しているから積極的に仕掛けては来ないと思う」

 なるほど、ヒールの親玉と一緒にいるとその辺のことがわかるのか。

 というかいろいろやばい名前が聞こえてきたんだが。

 彼らと沢渡さんは一体どんな関係なんだろう。


「というか、アスが復帰しているのか」

「アス?」

「直江君のことだよ。本名直江明日香。沢渡君とはかなり長い付き合いらしい」

 ほう?それは興味深い。

 普段クールな沢渡さんがニックネームで呼んでいるのも珍しい。相当仲が良いんだろう。

 しかし、直江さんの方からはあまりそういう感じはしなかったけどなあ……


「人出が増えたから休むとか言ってたのに……ああ、俺のせいで呼び戻されたのか」

「まあそれだけじゃないけどね」

「また文句を言われるな。しばらく会いたくないんだが」

 あれ?なんか空気変わってきてない?

 呼び出しは?俺はどうしてればいいの?

 しょうがない、話を戻すか。


「あの、それでゼロイチはどこに?」

「ああ、そうだったな。俺についてきていてくれ、場所は案内する」

「そこには、ゼロニーやゼロサンもいるんですか?」

「安心しろ、完全に別行動だよ。ゼロイチにはたまに会いに来ているみたいだが、それほど頻繁でもないし」

 ひとまずホッとした、色々と。

 だが、ゼロイチには確実に合わなければならないあたり胃が痛い。


 しかし別行動か。

 これで、最近起こっていた妙な現象にも説明がつく。

 おそらくゼロニーやゼロサンが作っていたヒールを、沢渡さんが活動前、もしくは活動直後に戦闘、撃破していたのだろう。

 そのために怪人の出現率、もっと言えば出現の感知率が減少し、感知されてもすぐに消滅していたのだと考えれば納得がいく。


「さて、じゃあ行くか」

「待ってくれ、私も……」

「ダメだ」

 取りつく島も無く拒否される脇坂。

 まあ、それも仕方がないだろう。

 なんせ脇坂はヒールを生み出した張本人なのだ。被害書ともいえるゼロイチからすれば、決して顔を合わせたい相手ではないだろう。

 もしかすると、沢渡さんも。


 俺自身、MACTや脇坂への不信感は少なくない。

 だからさっき脇坂に持ちかけられた就職の話も躊躇った。

 それはそのまま自分自身への不信感でもあり正直どうしていいかわからない部分ではあるのだが、それでも怪人はなおも出現し、人々に危害を加えているのだ。

 人々を守るためにも、俺は戦わなければならない。


「心配するな、そのうち会うことになる。その時にゆっくり話をすればいい」

「……ああ」

 負い目からか、あっさりと引き下がる脇坂。

 その表情は苦々しくゆがみ、俯いてしまっている。

 そしてその様子を一瞥し、部屋を出ていく沢渡さんの目は、尚も暗く冷たく……。


 俺がゼロイチと会ったのは、それから一時間ほど後の事だった。



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