花のかさねは君がため ~淡き想ひを秘めたる乙女は、今日も龍の衣をまとふ~

侘助ヒマリ

いとぐちのことのは

その一



 この世界で最も清浄な刹那の陽光を背に受け、紅龍こうりゅうが立ち昇った。




 薄藍の空をあけに染めゆくは、山のにようやく姿を現した太陽か、ほむらの柱となりて辺りを照らす紅龍か。


 目を開けてはおれぬほどの眩さに、草葉の陰で夜を明かした男は自らの手を瞼の上にかざしつつ、焔の柱が彼方へ飛び去るのを見届けた。


 寝床のむしろの脇に置いた掬い網を急ぎ手に取る。


 ようよう白み始めた空には龍の飛跡がたなびき、焔の余韻を地に降らせていた。


 きらきらと、

 きらきらと。


 紅玉ルビーを砕きしがごときそれは、煌めきながらゆっくりと舞い落ちる。




 男は天を仰ぎながら、掬い網を幾度も幾度も大きく左右に降った。


 太陽が天と地の全てを照らし始め、たなびく飛跡が消える頃。


 極細の絹糸を編んで作られた薄く精巧な網の中には、紅龍の鱗から落ちた “残零ざんれい” がひと握り分ほど積もっていた。


「これで七日分集めたか……。ようやく深緋こきひ龍袿りゅうけいが染められそうだ」


 野営地に戻った男は筵の上に座り込み、砂のごとき一粒とて零さぬよう、丁寧に、丁寧に、深紅の残零を巾着へと移し替えた。




「愛しきあのひとがこの色を纏う姿が楽しみだ」




 この男の職は、龍染司りゅうぜんのつかさ

 桜津国おうつのくにで唯一その要職に就き、龍侍司りゅうじのつかさの纏う “かさね” を染め上げる、龍の通力つうりきを授けられし男であった。










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