十二の三
大きな安らぎに包まれている────
眠りの淵から浮き上がり始めた意識がそんな感覚をとらえる中で、花祝はうっすらと目を開けた。
ぼんやり天井を照らすのは、
蓮の花を思わせる
(そうだ。ここは清龍殿。
意識が明瞭になるにつれ、己の触覚や嗅覚、体勢に違和感を覚えた花祝。
薄闇に慣れてきた目を瞬かせつつ動かして────
状況を把握した瞬間に、がばっ、と勢いよく飛び起きた。
「へへへ、陛下っ!? なぜこんな場所に!?」
「……ああ、目を覚ましたか。俺もうとうとしていたようだ」
「御簾の内の
あまりにも有り得ない状況に混乱するまま、花祝は金魚のようにぱくぱくと口を動かす。
胡座の上に花祝の上半身を乗せていた陛下は、欠伸をころした口元を
「花祝があまりに
(嘘……っ! このいたずらっぽい目つき、絶対始めから御簾の外に出る機会をうかがっていたんだわ!)
呆れつつも、結局通常運転であった陛下のご様子にどこかほっとしている心の揺らめきは置いといて。
花祝は龍袿の胸元や裾を整えつつ、頬の赤さが御殿油に照らされぬよう、俯き加減で陛下を
「御簾の外にお出になるのはともかくとして、なぜ私に膝枕などなさっていたのです? 国の
「そなた、呪符のことや我が弟宮のことで疲れがたまっておるのであろう? よく寝ていた様子であったが、こうすればさらに心地好く眠れるのではないかと思ってな」
「しかし、起きた時にこれでは心臓に悪すぎますっ」
「俺も一度やってみたかったのだ。膝枕というものを。そなた、龍染司へは膝枕をしていたそうではないか」
「えええーーーっ!? なっ、なぜそれを……って、どうせまたナギ兄のチクリなんでしょうっ!? 冨樫邸までナギ兄を監視に行かせてたんですかっ」
「何を人聞きの悪い。凪人が勝手に偵察に行き、憤って俺のところへやって来たのだ。『邪魔してやろうかと思ったが、仮にも大切な “ためし着” の最中であるし、
花祝のことになると、途端に重度の心配症が発症して見境のなくなる凪人。
しかしながら、さすがの彼も彩辻宮邸訪問を間近に控えて失敗の許されない “ためし着” であったことや、先日の呪符騒動から気を張りっぱなし、動きっぱなしの楓の疲労を慮ったようである。
今も凪人がストーキングしているのでは、ときょろきょろ辺りを見回す花祝に、陛下は鷹揚にお答えなさる。
「凪人であれば、日の上がらぬうちに彩辻宮邸に潜入すると言っていたから、今この場にはおらぬはずだ。何でも明日、弟宮の方に何らかの動きがあるやもしれぬと言うことらしい」
「そ、そうですか……」
花祝と楓が明日彩辻宮邸を訪れることを、凪人は陛下に伝えていないらしい。
そこでどのような話になるか分からないし、陛下と宮の兄弟仲がこじれるようなことがあってはいけない。
凪人の判断どおり、明日の件は今はまだお伝えしないのが得策であろう。
「陛下。おかげさまで私は十分仮眠が取れましたゆえ、どうぞお
「膝枕────」
「……へ?」
「俺は膝枕というものを、凪人に聞くまで知らなかった」
「そうなんですか?
「母や乳母は、一の
「それで、ナギ兄に説明してもらったんですか?」
「説明するよりやってみた方が早いと言うことになり、凪人が俺を膝枕した」
「はあぁっ!? 男ふたりで何やってるんですかっ!?」
部屋の隅に置かれた花祝用の
小雪に話したらどういう反応をするであろう、と思い巡らす花祝を前に、陛下は眉をしかめて呟きなさる。
「しかし、凪人の脚は骨ばっていて硬いし、男同士の膝枕では何が心地好いのか全くわからなかった。むしろ悪寒がするほどの居心地の悪さであった」
「当たり前ですっ! っていうか、そこで二人が何かに目覚めても困りますしねっ」
「しかし、男と女の間でする分には、それなりに情趣に富むものになりそうだという結論に至り、先ほど花祝に試してみたのだ。どうだ、心地好かったか?」
「こ、心地好かったかと問われれば……」
先ほど目を覚ました時。
陛下をお守りするはずの自分が、逆に優しく守られているような安らぎに包まれていた。
頭や肩が載せられた
陛下がいつも纏っていらっしゃる
「……で、でもっ、膝枕をするならば、普通は女が殿方にするものでは────」
「ほう、そうなのか? では今度は俺が花祝に膝枕をしてもらう番であるな」
心地好さを問われ、返事に窮するあまりに論点をすり替えようと試みた花祝。
しかし、間髪入れずに声を弾ませた陛下の反応に、地の底まで届きそうな墓穴を掘ってしまったことに気がついた。
「そ、そんなっ! 陛下の頭をこの膝にのせて見下ろすなんて、あまりに畏れ多くて……」
「膝枕というのは本来心地好いものなのであろう? 俺の膝枕の経験が凪人との一度だけというのではあまりに侘しすぎる。花祝、駄目か……?」
「うう……っ、その言い方はずるいですっ」
「それに、そなたは龍染司には膝枕をしたのであろう? あやつにはしてやったのに、俺にはできぬと? 俺はまだあやつを信用しきってはおらぬと言うのに────」
「んもう、わかりましたってば! 膝枕すればいいんでしょうっ!?」
半ばヤケになった花祝がそう言い放つと、ジト目をなさっていた陛下の
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