八、遣はしの二人、物の怪をしりぞけて人の信を確かめけること
八の一
互いの背を合わせ、刀を構える花祝と楓。
花祝が対峙するのは、頭に被った笠の下からぎょろりと剥かれた金色の瞳を爛々と輝かせるカワウソの物の怪、
その体にまとわりつくように、人の精気を吸い取る鬼火と、病を引き起こす紫黒の邪気が
一方の楓は、鳳凰の翼に狼の頭と尾をもつ
ひと口で楓を喰らおうと、邪気の涎を垂れ流し牙を剥きだして唸るその姿には、龍の通力を授かった身をも震え上がらせるおぞましさがある。
『シャアァッ!』
先に仕掛けたのは老獺。
その身に纏う邪気が生ける黒布のごとく広がり、花祝と楓を飲み込もうとし──
「我に龍の力を授けたまえ!」
花祝が破邪の刀で、楓が開谷の太刀でそれを斬る。
(私には龍袿があるけれど、楓くんには防具がない。こちらへ邪気をおびき寄せなければ!)
背を合わせたまま剣を振るう楓に、花祝が視線を移した刹那。
『シャァーッ!』
老獺が鋭い爪を立てて花祝に飛び掛かった。
「伏せろッ!!」
鋭い楓の声。
花祝が咄嗟に背を屈める。
その頭上を開国の太刀が横一閃。
『ギャウッ!』
金色の目を切り裂かれ、老獺が叫び鳴く。
「楓くん! 後ろ!!」
一瞬背を向けた楓に飛び掛かる鳳凰狼。
花祝が叫ぶと同時、楓がそれを逆袈裟に斬り上げる。
『グウゥッ!!』
血飛沫のごとく邪気を飛び散らせ、鳳凰狼がもんどり打つ。
が、すぐさま態勢を立て直し、邪気を撒き散らせながら飛びかかってくる。
一方、視界を奪われた老獺は、龍袿の清気めがけて爪を振りかざす。
「喉をかっ切れ!!」
鳳凰狼の足元を薙いだ楓が翻り、龍袿の袖にかかる老獺の左手を斬り落とす。
キュギィィッ! と袖の裂ける音。
龍袿の破れを気にする
花祝は破邪の懐刀を逆手に持ち、無我夢中で仰け反る老獺の首を切り裂いた。
がば、と開いた老獺の喉元から、邪気が勢いよく噴き出した。
「邪気は任せて!」
みるみる
膨満していた邪気を喰らいつくされ、小さく萎んだ老獺はもはやぴくりとも動かない。
一方、よろけつつ、なおも喰いかからんとする鳳凰狼。
とどめを刺すべく、楓が開谷の太刀を振り上げたとき────
「花祝ーーーーーっっ!! 大丈夫かぁぁっ!!」
薬叉殿の板戸が蹴り倒され、太刀を振りかざした男が一人飛び込んできた。
「「あっ!!?」」
凪人の乱入に驚き、花祝と楓が声を上げた瞬間、鳳凰狼に凪人が太刀を振り下す。
が、凪人の太刀ではそれを斬ることができない。
鳳凰狼の怒りの矛先が凪人に向かう。
『ギャウッ!』
「ナギ兄ッ!」
「凪人さんっ!」
「くそっ!!」
襲い掛かる鳳凰狼相手に、闇雲に太刀を振り回す凪人。
そんな力がどこに残っていたのか、鳳凰狼は口吻を裂けんばかりに開いて凪人に飛び掛かった。
「うあっ!」
「ナギ兄ぃッ!!」
絹を裂くような花祝の悲鳴と同時に、鳳凰狼に追いついた楓がその背を太刀で叩き斬る。
『ゴギャ!』
凪人の腕に噛み付く鳳凰狼の背が折れた。
さらに大きく一歩踏み込み、首元にひと太刀。
邪気の
切り離された頭部を凪人の腕に遺したまま、鳳凰狼の体がどさりとくずおれた。
物の怪との闘いは、凪人の安否を問う花祝の声で幕を引いた。
「ナギ兄ッ!! 大丈夫!?」
「…………っく!」
凪人は牙を食い込ませた頭をむんずと掴むと力ずくで自分の腕から引き離し、ごろんと床に打ち捨てた。
楓が息を切らせながら、太刀から滴る邪気を振り落とす。
「サンキュ。助かった……」
「いえ。命があって何よりです。だが、ひどい出血だ。かなり深く噛まれましたね」
殿舎内に立ち込めていた邪気がだいぶ薄まったことを確かめると、花祝は龍袿の下に身につけた薄絹の
「どうしてナギ兄がここに……? いくら剣の腕前に自信があっても、清らなる刀でなければ物の怪は斬れないのよ」
「
「やべぇモンって、鳳凰狼と老獺のこと?」
「いや。っつーか、そいつらが内裏に入り込んできた、その元凶チックなもんだ。多分」
凪人はそう答えると、邪気で
「これは……呪符?」
「ああ。俺が
花祝が呪符を受け取ると、横でそれを覗き込んだ楓の顔色がさっと変わる。
「これはおそらく “禍もの” を呼び寄せるための呪符だ。薬叉殿の護符を剥がしてすぐに応声虫が入ってきたり、内裏に出るはずのない鳳凰狼や老獺が現れたり……。鬼門に構える殿舎とは言え、夜も更けきらないうちから物の怪が何体も現れたのは、この呪符が貼られていたからに違いない」
そう言った楓は、呪符を手に取るとびりりとそれを二つに裂いた。
「呪符の効力はこれで切れたはずだ。凪人さんに見つけてもらって助かりました。僕達がこの呪符に気づかないままだったら、丑三つ時にはさらに強大な “禍もの” が出てきたかもしれない」
「さらに強大な “禍もの” ────」
楓の言葉を聞いて、花祝の背をぞくりと悪寒が駆け上がる。
鳳凰狼とて人を喰らう恐ろしい “禍もの” であるのに、それよりさらに強大というのであれば、楓の言葉が指すのは “鬼” の類であろう。
楓の剣の腕前がこれほどまでとは正直思わなかったが、相手が鬼ともなればさすがに自分達だけではどうにもならなかった。
もしもここで鬼を止められなかったら、内裏が混乱を極めるだけではなく、彗舜帝の御身も危うかったかもしれない────
「一体誰が、何のためにこんな呪符を……」
青ざめる花祝の呟きに、開谷の太刀を鞘に収めた楓が答えた。
「内裏の鬼門は、僕たちが “ためし着” を行うために今宵に限って結界を緩めていた。その隙を突いてこの呪符を貼ったのだとしたら、僕たち “遣わし” を害する目的があったと考えられなくもないな」
自分達が何者かに狙われている────
その可能性を示され、花祝は心臓が凍てつくような戦慄を覚えた。
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