一の五
今年で数え二十となる
その見目麗しさは坂東でも聞き及んでいたが、実際に拝謁すると、言葉を尽くしても表せないほどであった。
涼やかで力強い鷹のごとき瞳は
「
朗々たるそのお声は、厳かであるのに艶があり、いかなる世界の神でさえも彼の祈願を聞き入れてしまうだろうと思えるほどの美しさ。
美酒に酔うたかのごとくに花祝の心がふわりと浮き立つも、神聖な儀式の最中であることをかろうじて思い出し、改めて背筋を伸ばして拝聴する。
「帝がご退出なされます。皆の者、礼を──」
「しばし待て」
取り仕切る女官の号令を帝が遮る。
常ならぬことに、参列する者たちの間に緊張が広がる。
「先の遣わしの二人に私が声をかけるのは、これが最後になるであろう。即位してから一年と半年の僅かな間ではあったが、我を守護してくれたことに改めて礼を言う」
帝から望外の謝辞を賜り、冨樫と菖蒲は畏まって平伏した。
その姿を見届けた涼やかな眼差しが、今度は花祝と楓に注がれる。
「新しき龍染司と龍侍司よ。これからは先人同様そなたらが心強き味方となってくれ。よろしく頼むぞ」
「「は、はいっ」」
楓と花祝が声をそろえて返事をすると、軽やかな笑い声が聞こえてきた。
「そう固くならずともよい。そなたらとはこの先も幾度となく顔を合わせ、言葉を交わす機会があろう。特に龍侍司──」
役職で名指しされ、花祝は床に額がつくほどに頭を下げたのだが。
「面を上げてこちらを見よ」
思わぬ御言葉に、戸惑いつつも従うと。
「そなたは、凶日や穢れの祓いの度に我が元に侍ることになる。そう緊張していては身が持たぬぞ」
そう仰った帝が、花祝の目を真っ直ぐに見つめてにっこりと微笑まれたのだ。
国中の綻ぶ花をかき集めて並べても、この御方の華やぎの前では色も香りも褪せてしまうだろう。
その色香に吸い込まれそうで目眩がするが、帝の御前でふらつくわけにもいかない。
たった今、“心強き味方になってくれ” と有り難きお言葉を賜ったばかりなのだ。
「は、はい。龍侍司の名に恥じぬよう、精一杯務めさせていただきます!」
それが適切な返答であったかはわからないが、花祝が何とか意識を立て直して決意を口にすると、軽く頷いた帝が席をお立ちになり、“代わりの儀” は滞りなく終了したのであった。
❁.*・゚
「これからはそなたらが龍神の遣わしとして、しっかりと務めを果たすのですよ」
龍侍司の居所となる
「はい! 頑張ります! ……でも」
儀式が終わり、ようやく緊張の糸がほどけたのか、花祝の顔つきが再び子犬のように情けなくなる。
「本当にこれで菖蒲様とはお別れになるのでしょうか。まだ教えていただきたいことが山ほどありますのに……」
「貴女が龍侍司になるための諸々は、先々代の遣わし様からもう十分に教わっているでしょう。私もこの後の使命として、貴方の次を担う幼き遣わしの元へ、龍侍司の務めを教えにいかねばならぬのです」
肩の荷が降りたせいか、晴れやかな表情の菖蒲にきっぱりとそう告げられ、花祝は何も言えなくなった。
十二年に一度生まれる遣わしは、その使命を後世に正しく引き継ぐため、龍侍司という大役を次代に譲った後は、さらなる後継の遣わしの教育係となるのがならわしである。
数え十七になる花祝の後継は今年五つになるはずで、この国のどこかで大切に育てられていることだろう。
花祝もまた龍侍司の役を退いた後は、今から七年後に生まれてくるはずの次々代の遣わしに、自らの経験を元に遣わしとしての心構えや龍侍司に必要な知識を教えることになる。
こうして、遣わしの役目は連綿と引き継がれていくのだ。
そう理解はしていても、慣れない内裏で大役をひとり担うことになる花祝の心細さは増すばかり。
涙で視界が滲みかけたところで、「龍侍司どの」と菖蒲が声をかけた。
「そうは言っても、そなたの次の遣わしどのは、幸いこの桜花京に住んでおるのです。遠く離れるわけではありませんし、そなたが故郷や親御様と離れて心細くいることは私も承知しております。困ったことがあったら、
「冨樫様を通じて、ですか……?」
「ええ。龍染司は染色などの工程を実技を通して受け継ぐ必要があるため、役を解かれた後も向こう三年間は師として内裏に残るのです」
「それは私も存じておりますが、困ったことを冨樫様にお伝えすれば、菖蒲様にも伝わるのですか?」
菖蒲とこの先も通じることができればこれ程心強いことはないが、何故冨樫を仲介とできるのか、菖蒲の言葉の真意を図りかねた花祝は首をひねる。
その隣でやり取りを聞いていた楓が、何か思い当たった様子でぽんと膝を打った。
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