第15話 赤き華、戦場に咲く(マーガレット視点)

「こちらはイーデン伯の2000が加わって4000。敵の数は2000、それに加えて魔物が500か……想定以上に増えたな」


「これくらいは許容範囲内だ。我々ならば問題ないさ」


戦場に到着しモーン伯の軍と対峙した私たちは早速軍議を開いていた。

実際に地形と敵の姿を確認してから原案程度だった軍略を形にしていく。

いくら机の上で軍略を学んだところで敵と地形に合わせて考えられなくては三流以下だ。


「大切なのは配置だな。イーデン伯、任せるぞ」


「了解した。まずは中央はジャック殿に任せようと思う。イーデン軍が中央を守る形になるからそのままダニエルを補佐として使ってくれ」


「若様の勝利のため、全力を尽くしましょう」


「はっ!おまかせを!」


妥当な判断で全員が首を縦に振る。

中央は後ろに本陣を構えているため抜かれれば敗北が確定する。

この中で最も実力と経験を兼ね備えているジャック殿に任せるのが一番自然だ。

一番数が多いイーデン軍を指揮しやすくするためにもダニエル殿が補佐につくのがちょうどいい。


「それで左翼と右翼だが左はダウンズ男爵、右はカートライト嬢に任せようと思う」


「わ、私ですか?」


まさかこんな早さで自分の名前が出てくるとは思わなくて思わず聞き返してしまう。

私はジェラルトとシンシア王女殿下を除けば一番の若輩者で王国騎士団を全て率いてきたのだって正直身に余ると思っていた。

故にこの起用に驚いてしまったのだ。


「君はこの軍の内訳で3番目に多い王国騎士団を率いている。他の者が率いるよりは君にそのまま任せたほうがいいと判断した」


「ですが私は一軍を率いた経験は……」


「おや、君の活躍は私の耳にも入っているよ。カートライトの赤き華さん?」


「う……それは身に余る評価といいますか……」


その名前を言われると恥ずかしい。

誰が最初にこんなことを言い出したのかはわからないけど戦場に立つようになって余計にその名前が広がるようになってしまった。

ジェラルトが視界の隅で笑いをこらえているのが見える。

………後でお説教ね。


「どんな名将だろうがみな初めてを経験しているんだ。大舞台でいきなりそんな立場に立たされるよりは一回でも経験してみるのが良いと思うよ」


700人分の命を自分が背負う……

それはとても重く自分の肩にのしかかってきたような気がした。


「師匠、初陣の身でこんなことを言うのはおこがましいかもしれないが師匠ならば問題ない。必ず任を全うできる」


「ジェラルト様……」


今回はジェラルトは総大将としてこの戦場に立つためジェラルトを立てる必要がある。

それに総大将自らそんな言葉をかけてやっぱりできませんはいくら女といえど武人の恥だ。

いくらか心が軽くなって覚悟が決まった気がした。


「わかりました、拝命させていただきます。右翼の任、必ずや果たしましょう」


「ガッハッハ!よく言ったカートライト嬢!我々ががっちりと守るゆえ自分のペースでゆっくりと攻められよ!」


「ありがとうございます、ダウンズ男爵様。敵を討ち果たし、策が成るよう尽力いたします」


私はダウンズ男爵に感謝を述べ、ジェラルトに頭を下げて天幕を出るのだった──


◇◆◇


お互いに布陣が終わり、もはやいつ開戦してもおかしくない。

兵からも緊張の色が見て取れるし空気も張り詰めている。


「大丈夫ですか?マーガレット様」


「へ?え、ええ……平気よ」


横にいた少し年上の副官に話しかけられて思わずたじたじになってしまう。

私もいつも以上に緊張している自覚があった。

だってダウンズ男爵やイーデン伯爵はまさに名将。

ジャック様にいたっては子供の頃から絵本に出てくる英雄のようにたくさん話を聞かされてきたまさに生ける伝説だった。

そんな名のある人たちと並んで自分が兵を率いている。

現状に全然実感がわかなかった。


「今まで通り戦えば問題ありませんよ。魔物がいるのはイレギュラーですが我ら精鋭王国騎士団なら大丈夫でしょう」


「ええ……そうね……」


相手に魔物という不確定要素がいたとしてもこちらのほうが数も多く更には自分たちが負ける姿が見えないほど人材が揃っている。

あとは私がしっかりするだけだ。


(落ち着きなさい……私は今、将としてここに立っている。なんとしてもジェラルトに勝利を捧げなくちゃ……)


「あれ?あそこにいるのってドレイク家のご嫡男じゃ……」


「え?」


横にいた副官が思わずと言った様子で漏れた言葉にバッと顔を上げる。

指を指した先には確かに馬に乗ったジェラルトが立っていた。

丘の上に堂々と立ち、敵からも味方からもよく見える。


(何をする気なのかしら……)


『みな聞けぃ!!!!』


その瞬間、空気がビリビリと震え大音声が響き渡る。

全員が否が応でもジェラルトを意識した。

ジェラルトは元々通る声をしているし更におそらく喉を魔装で強化しているのだろう。

戦場全てに響いているに違いない。


『私の名前はジェラルト=ドレイク!軍務卿、イアン=ドレイクの命を受け逆賊デーブ=モーンを討ちに参った!!』


突然始まった演説に耳を傾ける。

ジェラルトがこの場の空気の全てを支配している。


『我らは正義を掲げここまで来た!みな苦しい訓練を切り抜けここまで来たはず!その努力を以てしてあんな魔物風情に頼り己の力で戦えぬ軟弱者相手に負けることなどあるのか!』


『否!』


『国の未来たる王子の暗殺を狙い己のために他者を害することも厭わない奴のことを許せるのか!』


『『否!』』


『ならば戦え!己と大切な人の未来と幸せを守るために!全力を以て奴らを叩き潰せ!』


『『『うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!』』』


馬が驚いて立ち上がってしまうほど兵たちが声を上げる。

それは等しく鎮圧軍の布陣する場所全てから響いた。

私自身も心に熱い何かが灯るのがわかった。


「皆のもの!これはジェラルト様の初戦はついくさ!我らが王国騎士団の力でジェラルト様の道を切り開いて見せようぞ!」


『『『おおおおおおお!!!!!!』』』


「行くぞ!突撃だ!」


今の士気を保つべきだと自分も勢いそのままに心のどこかで冷静に考える。

昔は子供とは思えないほど達観していたけどどこかまだ子供らしさの残った子だった。

それでも今は誰よりも立派にあの場に立ち全軍の闘志に火を付けた。

これに報いなくて何が師匠だ。


弟子ジェラルトの道は師匠が切り開く……!これ以上無いほどの勝利を捧げて見せる……!)


私は愛剣マルガローズを抜き放ち馬を走らせて先頭を走る。

先頭に立つのは危険は多いが士気を上げやすいという利点があった。

全体の指揮を副官に任せ私はこの士気のまま敵にぶつかる選択をした。


「て、敵が来たぞ!全員防御陣形だ!」


「遅いわね。紅月流、斬撃ノ術、水月閃すいげつせん!」


私の剣は水の刃を纏い、敵を難なく切り裂いた。

水で巨大化した刀身は切れ味が増し、馬上ではリーチの長い槍のほうが戦いやすいという常識をものともしない技だった。

剣に属性魔力を纏わせて攻撃力が高く間合いの広い紅月流あかつきりゅうは馬との相性がとてもいい。

私がこじ開けた穴を後ろから続いて来る兵たちが食い破り穴を大きくしていく。


「活きの良い姉ちゃんだな!まさか敵将がこんなにべっぴんだとは思わなかったぜ!」


そのままどんどん敵陣の奥深くまで侵入していくとメイスを持った男が目の前に立ちはだかる。


「邪魔よ。すぐにそこをどきなさい」


「そいつは無理ってもんだな。俺の名前はボブ。俺の女になるならどいてやってもいいぜ?」


「あら、それはできない相談ね。アンタみたいな弱くて性格も終わってるクズに興味はないの」


私は躊躇なく剣を振り敵の首を落とす。

あまりにもあっけない幕切れに男は目を見開いていた。

こんなことで自分の足を止めさせられたのが腹立たしい。


「あらあら、随分と活躍してるみたいね?マーガレットさん?」


「アンタは……」


突然聞こえてきた声に振り返る。

そこには学園では短い間だったが同僚だった鎧を纏った女騎士、ティアがいた。


「でも残念。あなたにはここで死んでもらわないとね」


「さっさとデーブを倒さなくちゃならないの。アンタなんかに構ってる時間なんてないわ」


「そうつれないこと言わずに遊びましょうよ!」


いきなり斬り掛かってきて私は剣で攻撃を受け止める。

その太刀筋は学園で見たときの何倍も鋭かった。


「実力を隠してたってわけね」


「当たり前じゃない」


逃げれば背中を斬られる。

私は改めてティアと向き合った。


(私はこんなところで止まれない……ジェラルトの華々しい初陣を作り上げるんだから……!)


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限定にて『もしもジェラルトとシンシアが敵国の王族同士に生まれていたら(別世界線)』を投稿しました。

限定で出すものは基本的に即落ちじゃないガチのくっころものなので『オークに転生していたら』やこちらの作品と合わせて楽しんでいただけるかなと。


もしよかったら覗いてみてください。

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