3章 白百合の聖女編

第1話 くっころガチ勢、知らせに心躍る

「それで初陣はどうだったんだい?」


「まあ上々だったと思うぞ。敵将と相対すことは無かったが敵兵は倒した」


久しぶりの学園登校日、俺はローレンスと教室で話をしていた。

こうして今まで通りの日常が帰ってくるとなんだかホッとする。

やはり俺は根は一般人だな。

刺されて殺されたものの基本的に平和な日本では戦いとかまず無いし俺の世代は戦争なんてどこかおとぎ話みたいに現実味がなかった。

俺がこうして戦えるのはひとえに夢のおかげだな。

やはり想いは人にとって無限の原動力となる。


「あはは、父上から聞いたよ。こっそり抜け出したらしいね。相当焦ってたらしいよ」


「あー……言ったら止められると思ってな。あとで親父さんには謝っておいてくれ。今度また会う機会があったら俺の口からも直接伝える」


「了解。でもまあこうしてジェラルトが無事に生きていたんだし、ドレイク侯爵様も上機嫌だったみたいだから多分もう気にしてないんじゃないかな」


息子のお守りに派遣されるくらいだったし元々信頼は得ていたんだろうけど今回の件でまた株が上がるに違いない。

俺としてもまだ足りないがひとまず次期ドレイク家当主が無能じゃないと証明できてなによりだ。

一歩目としては悪くない。


「初陣の話か。大活躍だったようだな、ジェラルト」


「ヴィクター王子、お久しぶりです」


ヴィクター王子が登校してくるとたまたまタイミングが合ったのか他のクラスメイトと談笑しながらシンシア王女も教室に入ってきた。

こちらに気づきシンシア王女が近づいてくる。


「おはようございます、なんのお話ですか?」


「戦場の話を聞こうと思ってな。つまらん授業の話を聞かされるよりはよっぽど有意義だと思わんか?」


次期国王様がそんなこと言っちゃダメだと思います。

ほら、シンシア王女の頬が引きつってるぞ?

後で怒られても知らないからな。


「殆どは諸将が活躍してくれて私はただのお飾りですよ」


「内緒で前線に出てよくそんなこと言いますね。私も含めてイーデン伯爵もみなさんも本当に心配したんですから……」


「ぅ……し、シンシア王女も多少の無茶は仕方ないと理解を示してくれたはずだ。あれは必要な出撃だったんだ」


「それは否定しません。ですが定期的に釘を刺しておかないとジェラルトさんはまた何かやらかしそうですので」


「それはわからないでもないですね。ジェラルトはすぐに突拍子もない事考えますし優等生に見えて中身は意外と……たちが悪かったりします」


……俺ってそんなふうに見られてるのか?

というか俺は別に優等生じゃない。

ガキ大将と呼んでくれ。


「ローレンス、お前は俺の味方のはずだろう?」


「いまさら取り繕う必要もないかと思って」


くっ……!ああ言えばこう言う……!

こういうときにゴマをすれないと出世できないぞ!?

まあ俺は機嫌を取るばかりが上手い奴なんて重用するつもりは一ミリもないんだけどな。


「でも……ジェラルトさんには本当に感謝してます」


「感謝?」


「ええ、カレンのことですよ」


「ああ、そのことなら当然のことだ。気にする必要はない」


と過去の俺ならば躊躇いなく言うことができた。

だって至高のくっころをボロボロと量産してくれる唯一無二にしてプライスレスな人材だったのだから。

だというのに今のカレンときたらすっかりあの頃の反骨精神は消え去り、暗殺者としての誇りはどこかへ飛んでいってしまった。

うぅ……俺のくっころを返してくれ……


「最近のカレンはすごく嬉しそうなんです。これもジェラルトさんのおかげですよ」


「俺としてはもう少し嫌がってもらっても……」


「え?」


「いや、なんでもない……」


ああ……どこかにくっころの申し子はいないだろうか……

くっころの達人とかいたら弟子入りしたいし、くっころを生み出してくれる人物がいるならばどれだけ大金をはたいても召し抱えようじゃないか。


「ん?ハトが入ってきたな」


俺が天にいるであろうくっころの神に祈りを捧げているとヴィクター王子が何かに気づいたようにつぶやく。

つられてそちらを見ると確かにハトが窓から教室に入ってきていた。

というかあれは……!


「あれはドレイク家のハトですね」


「なるほど、確かに足に文が付いているな。よく躾けられている」


ヴィクター王子は一つ頷く。

俺はハトに近づいていって文を取るとハトは再び窓から空へと飛び立っていった。

伝書鳩って電話とかが無いこの世界においてめちゃくちゃ便利なんだよな。

人が届けるよりも圧倒的に速いし。


「ドレイク侯から直接そなたに手紙か……一体どんなことが書かれているのやら……」


「大事じゃないといいんですけど……」


王族兄妹が揃ってため息をつく。

だが俺は緊急の連絡のときは赤い紙が使われることを知っているのでそう大事ではないはずだ。

ここで開いても問題はないだろう。


「失礼、少々確認します」


「ここで開けてもいいのか?」


「ええ、問題無いです」


俺は紙を開き文字に目を走らせる。

その内容は一見ただ親が仕送りについて足りているか聞いているだけの少し親バカが入った手紙にも見えるがこれは暗号だ。


(ふむ、なになに……貴族派に微かな異変あり……全面的な戦いが起こる可能性もあるわけか……それで一体……)


「ジェラルトさん……お義父様はなんと……?」


おいおい、シンシア王女よ。

いつの間に父をお義父様と呼ぶようになったんだい……?

お前はもっと誇り高き姫騎士だったはずだぞ!

無理やり決まったはずの婚約になんでここまで馴染んでんだよ!

嫌がるシンシア王女を追い詰めるために俺が埋めるはずだった外堀どころかなんで自分から内堀まで埋めていくんだよ!


「……少し待ってくれ。すぐに読み終わる」


暗号って本当に読みづらいんだよ。

カモフラージュのために意味のない文章も相当混じってるし複雑な暗号を使ってるから読むのに結構時間がかかる。

えっと……なるほどなるほど……え?

これまじで?


「面白いことになってきたな」


「面白いこと、ですか?」


「おいローレンス。こいつが面白いことと言ってることについてはどう思うか?」


「私に丸投げしないでください……ジェラルトが何考えてるかなんてわかるわけないんですから……」


おいそこ。

聞こえてるぞ。

でも本当に面白そうなことだから安心して欲しい。


「父からの文には我々1-Sのが決定した、とのことです」


「「「留学……?」」」


いやぁ……面白いことになってきた……!

俺はアルバー王国内じゃあ満足しない!


外国でアルバー王国じゃ手に入れられないほどの最高のくっころを手にしてやる!

くっころは世界を繋ぐんだ!


◇◆◇


「はぁ……」


頬を通り抜ける風がとても心地良い。

だけど胸を占める憂鬱さは消え去ってくれなかった。


「アルバーからはどんな留学生が来るんでしょうか……」


「もちろん、フローラ様には敵いませんとも」


そういうことを言っているのではないけど改めて口に出すのも億劫で黙り込む。

誰も何もわかってない。


風が吹き、長く白い髪がサラサラと揺れ引き込まれるような赤い瞳は見えもしないアルバー王国を見つめるのだった──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る