第17話 くっころガチ勢、野放しにする

大演武会は2日間に渡って行われる行事なので一日目の種目が終わるとホームルームだけ行って速やかに解散となった。

俺は今、宿屋の自室で休息を取っていた。


「はぁ……今日は俺は何もしていないはずなのに意外と疲れたな。これぞ行事って感じだ」


運動したときとは違って全体的になんとなく気だるい。

たくさんトレーニングも積んで前世より体力もあるはずなのにこうなるってことは気持ちの問題なのかもしれないな。

祭りというのはそういうものらしい。


「今日もまたいろんなことがあったな……」


主要なメンバーは俺以外みんな今日の種目に出ていた。

故に振り返ることはたくさんある。

トムとヴィクター王子の演武はまあいいとしてまさかローレンスとフローラ、そしてシンシア王女とエセルが戦うことになるとは思っていなかった。


「ご主人様、お茶をお淹れしました」


「ああ。ありがとう、カレン」


「いえ。これも仕事のうちですので」


カレンは今日はお付きのメイドの一員として俺の世話をしてもらっていた。

お茶の入っているであろうポットとデザインの良いカップを乗せたワゴンを押して俺の下へとやってくる。

そして綺麗な所作でお茶を淹れ始めた。


「シンシア王女のところへと行ってもよかったのだぞ?」


「いえ、今日は恐らくお疲れでしょうしお邪魔するのは遠慮しておこうと思いまして」


確かに今日の一戦はシンシア王女はかなり頑張ってたもんな。

疲れていて早く寝たいと思ったときにカレンが来ていたら間違いなくカレンとの時間を優先する。

あれはそういう娘だ。


「奮戦だったな」


「ええ、感動してしまいました」


今日の試合ではシンシア王女が紅月流の技の一つである月光撃下を放った。

多分あれは無意識に軽めの魔装が発動していたんだろう。

普段のシンシア王女の身体能力では絶対に不可能な動きを本番一発でやってみせた。

恐らく練習していたわけでも無いだろうに見様見真似でやってみせるとは俺も驚きだった。

シンシア王女の剣の才は俺の想像以上なのかもしれないな。


「そして問題は……やっぱりあいつのことだな」


「フローラ様のことでございますか?」


俺はカレンの言葉に黙って首肯する。

フローラ=ウォルシュ。

聖女なんて可愛くていかにも人を傷つけなさそうな異名を持つ彼女があそこまで強いとは想定していなかった。

遠くからでは詳細な力関係は見抜けなかったが間違いなく俺が今までであった同年代の中で最強だ。

あれに癒やしの魔力なんて特別な魔力持ちだなんて考えたくもないくらいの逸材だな。


「彼女は強い。それも想像以上だ」


「私の目からもそう見えます。ですが御主人様のほうが強いと思いますよ」


「世辞はよせ。おだてられても何も出ないぞ?」


「私はご主人様のお力を身をもって体験しておりますので別に世辞ではありません」


そんな無表情で言われてもなぁ……

俺が思ってもいないことを無理やり言わせてその表情ならば満足できるが自主的に言い出してその表情はなんて判断していいかわからん。

まあポーカーフェイスなことが多いってシンシア王女も言ってたしそういう性格なんだって思うことにしよう。


「彼女の強さの根源は一体なんだ……?何が彼女をそこまで突き動かす……?」


あれは普通に強くなろうと思ってなれる境地ではない気がする。

俺の場合はくっころという命すらも投げ捨てられる素晴らしい秘宝の魅力を知っていたからこそ頑張れるが彼女の場合は全然別のベクトルだと思うのだ。

何がどう違うのかと聞かれたら答えられないんだけども……


「ローレンス様も非常に惜しかったですよ」


ローレンスは相当参っていたようだったな。

いつも通り気丈に振る舞っていたけど、俺にはわかる。

だけど俺はあいつに何も言葉をかけることはできない。

何よりも本人が俺からの慰めを必要としていないだろうしこれはあいつが一人で乗り越えなくちゃいけない類のものだ。

それにあいつなら大丈夫だって、ちゃんと乗り越えられるって信じてるからこそそこまで心配はしていない。


「ローレンスはやれるだけのことをやったが敵わなかった。だがあいつは絶対にこれから強くなる。それだけは今日確信できたよ」


「……そうですか。それならばよかったです」


「ああ。あいつなら大丈夫だ」


カレンの淹れてくれたお茶を一口すすりお茶請けを口にいれる。

紅茶も中々いいがたまには抹茶も飲みたくなってきた。

和菓子が食べたいんだよなぁ……

どこかにないかなぁ……


「っ!ジェラルトさま!」


「大丈夫だ、カレン。落ち着け」


突然短剣を抜刀し俺をかばうように立つカレンを片手を上げて静止させる。

うん、カレンも随分と気配に敏感になってきたようだな。

これは良い傾向だ。


「大丈夫だ。ドレイク家の影だ」


そう言うとカレンは納得したかのように短剣をさやに収める。

俺は頷いてカップをテーブルの上へと戻した。


「出てきていいぞ」


「はっ」


俺がそう言うと先日、俺に女性のスリーサイズやら性癖やらを一番に報告してきやがった変態小隊長の姿があった。

どうしたんだろうか。

今日は定例報告の日じゃないはずなんだが……


「どうしたんだ?何かあったか」


「はっ。至急ジェラルト様のお耳にいれていただきたき事案が発生しました」


「どうした。話せ」


緊急事態ってことか?

面倒事じゃなければいいが……


「はっ。単刀直入に報告させていただきます。実は──」


◇◆◇


「──とのことなのです」


「…………それは真か?」


正直頭を抱えた。

この報告が本当なら面倒くさいにもほどがある。


「確かな情報筋なので間違いありません。絶対に誤りはないとこの首をかけましょう」


「なるほど。そこまでか」


では真だな。

となるとどうするべきか……

今俺の気分が全然乗らないんだよなぁ……


だってせっかくくっころに相応しい人物を探してたのにゴーラブル王国の女生徒たちはフローラとエセル以外に目立った生徒は誰一人としていなかった。

もっと頑張れって……

もし相応しい人材がいればドレイク侯爵家嫡男の地位や財をいくらでもはたいて連れて帰ったのに……


そんなわけで今は若干気落ちしており気分が乗らない。

正直この案件がでかすぎて対処するのも面倒くさい。


「許可さえいただければ我々のみで秘密裏に排除することも可能ですが」


「っ!?あなた方はそこまで数はいないはず!なのにあなた方だけで対処ができるのですか!?」


「しっ。カレン、声が大きいぞ」


「し、失礼しました……」


いやでも俺も驚いたな。

こんなの普通貴族家まるまる一つでも対処できないのに他国の一貴族の諜報隊の小隊数隊で対処って本当にどういうことよ。

事前にこのことを知らせてくるだけでも大手柄だぞ。


まあでもだったらこいつらに任せて……

いや、待てよ……

もしかしてこれってくっころに使えるんじゃ……


正直これを利用したところでくっころにありつけるかは50%もいかないくらいだと思う。

だが賭けとしては悪くないしいざとなれば俺の手で叩き潰せばいいだけだ。

簡単な話だな。


「対処はしなくていいさ。お前たちに相当な負担がかかるだろうしな」


「……ご配慮痛み入りまする。ですがこのままでは……」


「俺がなんとかしよう。妨害工作も必要ない。お前たちはいざというとき死人が出ないように避難誘導やらを頼めるか」


「御意。必ずや期待に応えてみせましょう」


くくく……上手く行くと嬉しいがいかなかったときの第二の策も考えておくとしよう。

至高のくっころを手に入れるためならば俺はなんだってしよう。

たとえどれだけの手間暇をかけようとも、な……

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