第21話 くっころガチ勢、勝ち鬨を上げる
「本陣はすぐそこだ!デーブの首さえ取ればこの戦は勝ちだ!」
「「「応!!!」」」
指揮官を失った左翼は次々に崩れていき、マーガレットの副官と王国騎士数百に後始末を任せ俺達は敵本陣に向かっていた。
さっさとこの戦を終わらせる。
皆の気持ちはそれで固まっていた。
しかし本陣が近づいてくるにつれ俺はある異変に気づく。
(音が聞こえない……!?ということは一体どうなったんだ……!?)
本陣にはジャックとダウンズ男爵が攻撃を仕掛けていたはず。
こうまでして早く負けるメンツではないがチラリと見えた巨人の実力をわかりかねるのも事実だった。
「師匠……!戦いは……!」
「ええ、間違いなく終わっているわ。ただ結果までは……」
こんな勝ち戦に顔見知りが戦没者として名が上がるのは後味が悪すぎる。
どうか全員無事であってくれ……!
「ジャック!男爵!」
本陣を作っていた幕を斬りながら進んでいくとそこにはとんでもない光景が広がっていた。
俺も兵たちも言葉を失ってしまう。
「おや、どうやら上手くいった御様子ですな。若様」
敵兵でできた山の上でジャックが巨人の首を片手で締め上げ立っていたのだ。
驚くことに巨人の足は浮いている。
こんな涼しい顔してどんな馬鹿力だよ……
ぽいっとジャックが巨人を投げ捨てると地面がグラッと揺れた。
「今ちょうど戦いが終わったので若様の手助けに行こうと考えていたのですが流石は若様です。初陣とは思えませぬ」
「あ、ああ……その巨人は?」
「昔に絶滅し今もなお語り継がれる巨人の力がいかほどのものかと楽しみにしていたのですがあっけなかったですな」
そんなことが言えるのはお前だけだと思うぞ……?
この怪物がいるにも関わらずなぜマーガレットが建国以来の天才と呼ばれたのか。
それには主に2つの理由があった。
一つはジャックは平民でありプライドの高い貴族たちが一番の天才だと認めるのを嫌がり今は大きな才を持っていたマーガレットを担ぎ上げたのだ。
マーガレットが戦場に立つようになって二つ名が広がったらしいがそういう影響があるのだ。
そして最後のもう一つはあまりにも強すぎてもはや人外だと呼ばれていることが原因だった。
こいつを人のカテゴリーに入れて良いのか?と先代のドレイク当主は本気で悩んだという逸話がドレイク家には残っている。
生ける伝説なんて呼ばれるわけだな。
「巨人討伐、大儀であった。その働きは必ず俺の口から父上へと伝えよう」
「お気遣いなく。これは私の仕事ですし既に過分な待遇を頂いております。これ以上イアン様に何かを望むことはありませんよ」
すごい人格者だな。
父が全幅の信頼を寄せるのもよく分かる。
これほど将として優秀な人材は古今東西他にいたのだろうか。
「それでデーブは?」
「おそらくあの巨人かと」
「はぁ?」
あの巨人がデーブ?
しばらく見ない間に随分と大きくなったねぇ……
ってそんなわけあるか!
一体どういうことだ!?
「あの巨人の体にモーン家の家紋の入ったハンカチの切れ端が付着しておりました。他にもデーブが巨人へと変化したと証言する兵士も数多くいます。信憑性は高いかと」
「……とにかくこの巨人は王城へと送還し判断は陛下に任せよう」
「はい。それがよろしいかと」
ジャックが満足そうに頷く。
デブモンの息子のデなんとかも捕まえられたらしいし今回の戦争は俺達の勝ちで決まりだな。
「あの……ジェラルト?そろそろ下ろしてくれないかしら?」
「別に下ろす必要もないだろう。解毒したとは言え、体はまだ十分に動かないはずだ」
腕の中で不満げに言うマーガレットの主張を断る。
安静にすることは間違いなく大切だしな。
師匠は意外と見栄っ張りだから辛くても俺の前で我慢しかねないし。
「じゃあせめてこの腰に回した手をどかして!」
「馬に乗るのだって足腰を使うんだ。体が万全じゃないのだからこちらのほうが安全だろう?」
「そういう問題じゃないの!近くにどれだけの兵がいると思ってんのよ!?」
「……?別に見られて困るものじゃないだろう?師匠が俺のことが嫌いで一刻も早く離れたいというのなら別案を考えるが?」
「……卑怯よ。……………このままで………いいわ」
師匠の最後の声は小さかったが確かに聞こえた。
これで嫌がられたら泣くわ。
あんなに仲良くしてたのに実は内心嫌われてましたなんて切なすぎる。
「ひゅー!隊長愛されてますね!」
「いつもと全然違うぞ!あははは!!!」
「うるさいわね!アンタたちは黙ってなさい!」
王国騎士たちに冷やかされマーガレットが顔を真っ赤にしながら怒っている。
なんだかんだ愛されてるんだな、この人。
仲が良さそうでなによりだ。
「師匠、そのくらいにしておけ。勝ち鬨の時間だ」
「……わかったわよ。アンタたち後で覚悟しておくのよ?」
「「「ひぃ!?」」」
散々冷やかしまくっていた王国騎士たちはマーガレットにじろりと睨まれ固まる。
どうやら鬼の上司でもあるらしい。
この話題は触らないでおこう。
「この戦、俺達の勝ちだ!皆の奮戦に感謝する!」
『『『うおおぉぉぉぉぉぉ!!!!』』』
俺の初陣兼初めての総大将は敵将デブモンとその息子デヴィット及びそれに追従する貴族たちの捕縛で幕を下ろした。
ティアはあれから姿を消したらしいがそれを踏まえても大成功と言って良い戦果を挙げたのだった──
◇◆◇
「飲め飲め!今は勝利の美酒に酔いしれるんだ!」
「おお!ダウンズ男爵様の飲みっぷりすげぇ!」
「がはは!これくらいは当然!」
周りにもう敵軍が残っていないことを確認し勝利の宴が始まった。
みな命がけの戦場を生き抜いた事を宴で実感し心から喜び、亡くなった戦友を悼むのがしきたりみたいなところであった。
捕虜は後から来た後詰めの兵士たちに託し、ここで戦った鎮圧軍の兵士たちはみな宴に参加している。
ジャックは仕事があるとかで一緒に帰ったけど。
(ほとんど被害は無かったがやはり0にすることは不可能だ……散っていった者たちに最大級の感謝を)
「もう!ジェラルトさん!」
「……?シンシア王女?」
俺が少し離れたところで果実水を飲んでいるとシンシア王女がやってきた。
少し離れたところにはだいぶ回復してきたというマーガレットがいた。
「前線に出るなんて聞いていません!もしあなたの身に何かあったらどうするのですか……?」
「それも戦だ。簡単に死ぬつもりはないが戦場に立った時点でその覚悟も決めている」
「でも!あなたはまだ学生ではありませんか……自ら前線に立つ必要なんて……」
そこでシンシア王女の言葉が途切れる。
見ればポロポロと涙が流れていた。
「ごめんなさい……泣くつもりは……グスッ……無かったんですけど……」
「シンシア王女本当に心配してたみたいよ。でもまさかジェラルトが自ら戦場に立つなんて思わなかったわ」
さっきまで離れたところにいたマーガレットが近づいてくる。
その顔は優しさと若干の申し訳無さが浮かんでいた。
「心配をかけてすまなかった」
「……やはりこれからも無茶をなさるんですか?」
「……ないとは言い切れないな」
なんか浮気がバレた夫みたいだな。
別に悪いことをしてるわけじゃないんだけどすごく申し訳ない気分になってくる。
「もう無茶をするな、と言う権利は私にはありません。なので……」
シンシア王女の目は少し赤らんでいたがもう涙は止まっていた。
しっかりと俺の目を見据えてくる。
「どうかこれからもご無事で帰ってきてください」
「ああ。約束しよう」
俺は戦場で散るつもりはない。
人生とは永遠のくっころの探求なのだ。
老人になって『ああ、あんなくっころがあったな』、『あの女騎士は予想に反して素晴らしかった』とかたくさんの思い出を作って余生を過ごすのが夢なんだ。
しかしこのときの誰も気づいていなかった。
敵はまだ残っているのだと──
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