第22話 魔眼の暗殺者、動き出す(???視点)
夜、昼の大激戦が嘘のように静まり返り雲一つ無い空には月が輝いている。
私は月を見上げ一つため息をつく。
(これで長かった任務は終わる……久しぶりにみんなにも会えるでしょうか……)
だが任務の前に油断は大敵。
私は軽く自分の頬を叩いて気を引き締め直し仮面を付ける。
「コードネーム『キャサリン』任務開始」
◇◆◇
兵士たちはみな私が酒に混ぜた遅効性の睡眠薬でぐっすりと眠っている。
戦争に勝ち浮足立っているこのタイミングが最初から狙い目だった。
細心の注意を払って陣地を駆け抜けていく。
私が元々いた場所から目的地はそう遠くない。
「……ここですね」
付いたのは今回の戦で若くも総大将を務め自ら前線に立った、若き英雄ジェラルト=ドレイクの天幕だった。
マーカム公爵様の一番の敵であるドレイク侯爵の嫡男であり厄介なことに当代のドレイク侯以上の傑物になるのではないかと呼ばれ始めた神童。
それを始末するのが私の任務だった。
「見張りは2名、周りに他の気配は無し……速やかに排除します」
一人を睡眠薬が塗ってある吹き矢で眠らせそれと同時に近づく。
もう一人の見張りはなかなかの動きを見せたが夜に私に勝てる者はそうはいない。
「な、何者──」
「少々眠っていてください」
首に手刀を放ち気絶させる。
周りに誰か気付いた様子の人もいない。
これで一番の山場は越えた。
私はゆっくりと天幕を開け中に入る。
中は衝立が置かれ簡易の部屋のようになっている。
流石総大将の天幕は一般の将に渡されるものより明らかに大きい。
(できればこんなことはしたくなかった……大切な繋がりを自分で断ち切るしかないなんて……)
暗殺用の短剣を懐から取り出し衝立の奥へと向かう。
そしてそこで私は驚くべきものを見た。
「暗殺者か。よく来たな」
「ッ!?」
とっさに後ろに飛び退き戦闘態勢に入る。
なぜ今この状況に陥ってしまったのか頭が混乱するが本能がそれを押さえつける。
暗殺から戦闘に移行してしまう時点でかなり危ういうえに目の前にいるのは子供とはいえ剣の扱いに長けた強者。
かなりまずい状況だった。
「なぜ……起きている……!」
「戦前にくっころの気配を感じたのに結局くっころに巡り会えなかったからどうもおかしいと思ってな。戦闘になるかもしれないと思って酒は控えていたんだ。やはり己の直感は信じるべきだな」
くっころの気配……?
聞いたこともない技術をこの人は会得しているということ……?
どんな理屈かは全くわからないがこうして今暗殺を読まれこの男は目の前に立っている。
それが現実だった。
「ドレイク家嫡男ジェラルト=ドレイク。ここで消えて頂く」
「できるものならな。来い」
暗殺者で戦闘を行う機会は少ないものの訓練は積んでいる。
なんとしても任務を遂行しなくては……!
短剣をもう一本取り出し両手に握りながら突撃する。
ジェラルトは剣は持っているものの姿は寝間着のままだった。
鎧を着ていなかったのは好都合と言える。
なんとか隙を付いて急所に刺し、確実に討つしか私に道はない。
「まずは小手調べと行こうか。紅月流斬撃ノ術、月閃」
迫りくる横薙ぎの刃を飛んで体を捻りながら躱し懐に入り込む。
そして胸に短剣を突き立てようとするが、その瞬間左足の膝蹴りが飛んできた。
なんとか右腕でガードするが想像以上に蹴りが重くふっ飛ばされてしまう。
「ほう、魔装を纏った蹴りをガードするとはな。なかなかいい動きをするじゃないか」
まだ蹴りを受けた腕がビリビリとしびれている。
強いとは聞いていたがその想定の何倍も上をいっていた。
これで15歳というのが末恐ろしい。
短剣と長剣という間合いで負けているのもさらに不利に拍車をかけ正面からは絶対に勝てないことを悟った。
今度はフェイントを混ぜながら近づいていく。
「ではこういうのはどうかな?紅月流返ノ術、
確実に捕らえたと思ったその瞬間、目の前からジェラルトが消える。
動揺したら死ぬという暗殺者としての経験が私を冷静にさせてくれなんとか右からいきなり出てきた剣を反射神経で躱す。
こんな技は大抵の人は確実に死ぬ。
私だって実力で避けられたわけじゃない……
「なるほど、目が良いのか」
「……もう見抜くのか」
「別にそう難しいことじゃない。身体能力が人間離れしているわけでもないし今のは適当に避けられる類のものじゃなかったからな」
手札がどんどん無くなっていくのを感じる。
果たして自分に目の前の怪物を倒すことができるのだろうか。
もはやその姿が想像すらできず唇を噛む。
「まあそんなことはどうでもいい。そろそろ戦うのは終わりにしよう。俺は早く褒美が欲しいんだ」
「シンシア王女と床を共にすると?」
「男がみな美女を抱けば褒美になると思うなよ?まああながち間違いでもないし俺も美女を抱けるのは嬉しいが俺はそれ以上に欲しいものがある」
「……それは一体?」
「お前に教えるつもりはない。さっさと終わらせるぞ」
その瞬間、背筋にゾクッと嫌な予感が走る。
目で入ってくる情報には何も異変は無い。
だが暗殺者として長年培ってきた第六感、第七感がしきりに警鐘を鳴らしている。
「『月閃』」
「うっ!?」
瞬きする間もないまま猛烈な痛みと共に体が吹き飛ばされる。
気づけば天幕を突き破って外まで飛ばされていた。
立ち上がる余力はあるが右腕が使い物にならなくなった。
(私の目でも追えなかった……!?とにかくここは撤退を……!右腕が使えないまま戦うのは……)
「どこへいく?楽しむのはここからだろう?」
後ろからゾクリとした声が聞こえてくる。
先ほど同様、穏やかな声と顔をしているはずなのに心の底から恐怖してしまっている。
目の前の男には何があっても勝てないと思い知らされる。
逃げることもできなくなってしまった。
「ジェラルトさん!?どうしたんですか!?」
「ジェラルト!何があったの!?」
私がなんとかこの状況を打開しようと頭を回していると騒動を聞きつけ一番会いたくなかった人物がやってくる。
アルバー王国第2王女、『姫騎士』シンシア=アルバー。
この男の師匠だという『カートライトの赤き華』マーガレット=カートライトもいた。
「ただ暗殺者が俺を訪問してきたから遊んでやっていただけだ。加勢も必要ない。俺一人でやる」
遊ぶ。
その言葉が一番しっくり来た。
もはやこれは戦いではない。
油断を突けば勝てるという域をすでに通り越してしまっている。
「安心しろ暗殺者。俺はお前を殺すつもりは全く無い。ただ楽しませて欲しいだけだ」
「……お前を楽しませるつもりなどない」
「俺が勝手に楽しむだけだ。お前はお前のやりたいようにやればいい。まずはその顔を見せてもらおうか」
まずい、と思ったときにはもう遅かった。
ジェラルトが振るった剣は私の仮面をいとも簡単に切り裂いた。
「え……」
「お前は……」
ついに見られてしまった。
この秘密は絶対にシンシア王女には知られたくなかった。
「……シンシア王女。あなたに見られてしまうとは」
「カレン!どうしてあなたが……」
カレン。
それが数年前にマーカム公爵様に王城の潜入とシンシア王女に近づくことを命じられた際に与えられた私の表向きの顔だった──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます