第17話 くっころガチ勢、怪物の目覚めの一言

「話す気にはならないのか」


「……」


俺の質問に男は黙秘を続ける。

尋問を始めてまだ5分ほどだがもうイライラしてきている。

こいつはアリスを襲った大罪人だし絶対に許せない。

だというのに情報を引き出すためにこんな面倒くさいことをしないといけないことが俺の苛立ちを加速させていた。


「拷問されたいのか?」


「……それがお望みならば。とにかくお話することはできません」


ふむ……一体何がこいつをそこまでそうさせるのか……

忠義かなんだか知らないが死すらも覚悟した者をどうこうしようとするのは難しい。

戦でも死を覚悟した死兵はどれだけ戦力差があろうと多大な損害を出す可能性が高いと言われるほど人は気持ち一つで強くなる。

その心をどう折るかというのが大事になってくるわけだが……


「俺はお前にたくさん時間を費やせるほど暇じゃないんだ。さっさと吐け」


「……できません」


こいつ……!

俺はすぐにでも暗殺者を放ちやがった黒幕を消してやりたいのに……

……誰か入ってきたな。


「………何をしている。ここには入ってこないようにと言っておいたはずだが?」


人の気配を感じてつぶやく。

後ろを振り返るとそこにいたのはシンシア王女とフローラだった。

ここはドレイク家の地下に作られた秘密の部屋の一つであり地下牢と尋問室を兼ねている。

二人にはここには入らないよう言っておいたはずなんだが……


「ジェラルトさん、カレンからあらかじめ手紙を預かってきました。内容は先に目を通していたんですがジェラルトさんにも伝えておいたほうがいいと判断しました」


「ちゃんと許可はお義母さまに貰ったよ。邪魔しちゃったのは謝るけど……シンシア王女の話を聞いてあげてほしいの」


「……わかった。聞こう」


俺は拘束された暗殺者から目を離して一つため息をつくとシンシア王女は頷いた。

俺の目をまっすぐと見つめて口を開く。


「カレン曰く、『おそらく暗殺者を放ったのはマーカム家でしょう』とのことです」


「……っ!?マーカム家……!?」


「はい。襲ってきた男たちが使っていた体術をマーカム家の密偵時代に見たことがあると。その体術はマーカム家の諜報隊……『影』と呼ばれる部隊が独自に開発し作り上げたものだとのことです」


「本当にそんなことがありえるのか……?」


マーカム家は昔から謀略……主に政治の場において力を示し現公爵であるゲイリー=マーカム公爵が宰相にまで上り詰め公爵家という肩書に加え宰相という更に箔がついた名門の家である。

ドレイク家には敵わないもののアルバー王国ではかなり実力を持った家でありこんな拙い暗殺を決行するとは考えにくい。


「それは本当なのか?マーカム公がこんなことをするとは……」


「私もそう思ったんですがカレンの言うことはかなり信憑性があります。鵜呑みにはせずとも確認の余地はあるかと」


王族として貴族事情も理解しているシンシア王女が頷く。

確かに確認に向かわせたいところだが今は色んなことが一気に起こったせいで諜報隊の手が不足している。

何でもかんでも手を出していざ必要なときに手が足りないという事態は避けたいところだが……


「もし今回の件が何らかの下準備だとしたら……いや、待てよ?」


頭の中にある情報が浮かんでくる。

まさかそんなはずは無いだろうと無意識に選択肢から削除してしまった可能性。

しかしそうだと仮定すれば全てがつながる。


「……マーカム公の孫の暴発、か」


「……!なるほど、そういうことですか」


その瞬間、本当に一瞬だけわずかに暗殺者の男の表情に動揺の色が浮かんだ。

よく訓練されているようだがその一瞬の変化を俺は見逃さなかった。

まだ確証は持てないが信憑性は増した。


「図星かな?」


「……」


「答えない、か。まあそれもいいだろう。少なくとも諜報隊を送り込む価値があるということはわかった」


「ジェラルト。マーカム公の孫の暴発ってどういう事?」


アルバー王国の貴族事情に詳しくないから邪魔にならないようにと配慮してずっと静かにしていたフローラが質問してくる。

俺は考えを巡らせながら自分でも一つ一つ確認するようにフローラの質問に答える。


「そのままの意味だ。当代の公爵ゲイリー=マーカムと違いその孫テリー=マーカムは凡夫どころか凡愚であると。奴がゲイリーに隠れて暴走したとしたら今回の意味のわからないタイミングの暗殺というのも納得が行く。なまじ『影』の実力があったためにここまで付け込まれることにはなったがな」


王城には諜報隊を仕込んではいるもののあくまで情報収集のためでありシンシア王女とヴィクター王子に対して護衛を付けるのは中々難しい。

そもそも1侯爵家が王族に対してそんな気遣いをしなければならないのはお門違いであるが死なれてしまったら俺達にとって何一つとして良いことがない。

何か早々手を打たなくちゃな……


「……なるほどね。ウチの王子様もそういうタイプでジェラルトたちに迷惑かけちゃったしよくわかるかも」


「名前は忘れたがゴーラブルにも馬鹿王子がいたもんな」


「パスカル王子、ね。貴族ってそういう人も少なくないっていうのがまた厄介なところだけど……」


「今回ばかりは火遊びじゃ済ませられないな」


命をりに来たんだからこちらがっても文句はないよな。

舐めてくれやがって……

どうせ短絡的に暗殺の指示でもしたんだろう。

立案から決行までの時間が短すぎたからドレイク家の諜報隊でも気付けなかったんだな。

全く……ゴミが盤面を引っ掻き回しやがって……


「……あなたたちはもしかしてご家族を人質に取られているんですか?」


俺が呆れと怒りのあまり心の中で愚痴っているとシンシア王女が男に問いかける。

男は驚いたように少し目を開き首を横に振った。


「……いえ、私に家族はいません。の家族ならばいますが……」


その言葉で俺達は全てを理解した。

この男は恐らく暗殺の命令を下された際にすぐに家族と離縁する手続きを踏んだんだろう。

現代日本のように戸籍が精巧に作られていないこの世界では貴族だとめちゃくちゃ手間がかかるが平民は結婚と離縁の手続きは割と簡単だったりする。

そのため離縁した家族は王族暗殺の罪による罰である一族処刑を免れることができるのだ。

つまりこの男は家族に嫌われてでも命だけは守ろうと自分は死ぬ覚悟で離縁したのだ。


「なるほど、よくわかった」


(ドレイク家が……大切な人が平和に幸せに暮らせる国を作るためにゴミは残らず駆逐する。そして……マーカム家は救えないほど腐ったゴミだというだけだ)


俺は階段を上がり決意する。

内乱が起こらないようにと今まで消極的だったのがいけなかったのだ。

誰に喧嘩を売ったのかをわからせないといけないな。


「ジェラルト!」


階段を登りドレイク家の本館に出ると母が俺の名前を呼んで駆け寄ってくる。

いつもはマイペースな母が走るとは珍しい。

何かあったのだろうか。


「どうしましたか?母上」


「今、鳥が来て……」


そう言って母は俺に1枚の紙を渡す。

そしてそこに書かれた内容を見て思わず震えた。

俺はすぐさま後ろにいたシンシア王女とフローラにもこの紙を見せる。


「……っ!これは……」


「な、なんかすごいことになってきた……」


紙の差出人は父。

そしてそこに書かれていた内容は……




『我、これより帰還せり。アルバー王国最強たるドレイク家の全力を以て我らに仇なす敵を滅ぼさん。慈悲は無用。疾く準備せよ』


それは今までずっと本気の力を見せてこなかった怪物の目覚めの一言にほかならなかった。

ついにドレイク家の本当の意味での総力を以てアルバー王国の病巣を駆逐するときが来たのである──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る