第18話 公爵宰相、焦る
「な、なんだと……!?」
私──ゲイリー=マーカムは公爵家直属の諜報隊『影』から入ってきた報告に耳を疑った。
あまりの衝撃に倒れそうになるのをなんとかこらえる。
「テリーが勝手に影を動かし王子と王女の暗殺を図っただと!?なぜそのようなことになるのだ!」
1人のジジイとしては可愛くて仕方ない孫だが将来の公爵候補としてみれば凡愚な男。
奴に影の命令権など持たせておらぬというのに……!
護衛として影をつけていたのが失敗だったか……!
「……作戦に参加した者は全員死亡及び捕縛されました。恐らく影の仕業だと露見するのも時間の問題かと……」
まずい事態ではあるが今この場所は王都から離れたマーカム領。
このまま何も知らずに王都に戻っていれば全てが終わるところだった。
王都にいたらテリーの暴走を止められたかもしれないが既に終わったこと。
今から何かしらの活路を見出すしかない。
唇を噛み、怒りをなんとか抑えていると扉がコンコンとノックされる。
怒りの混じった声で返事をするとやってきたのはテリーだった。
「貴様……!よくもやってくれたな」
「祖父様。何を怒っているのですか?確かに暗殺は失敗しましたが失ったのはどうでもいいネズミの命。むしろこれで腹がくくれたでしょう?」
「ネズミだと……!影を作り上げるためにどれだけの金と時間と労力を使ったと思っている……!そんなこともわからぬのか、この愚か者めが!」
情報は使い方次第でどんな兵器よりも最強の武器になり得る。
ドレイク家は昔から本当に人間なのか疑わしいほど強力で鍛え上げられた諜報隊を持っていた。
だからこそ我らも対抗すべく影を作り上げたというのにこやつは……!
「祖父様は臆病すぎるのですよ。ドレイクなどという無能集団共に気を使う必要などありません。我らこそが王国を統べる王たることを証明すれば良いのですよ」
「ドレイク家が無能集団だと……?貴様何を言っている……」
「奴らは功を主張することしかできない能無しでしょう。国境を守ると言っても敵が攻めてこなければ赤子にだってできることです。何を恐れる必要がありましょう」
「……!」
今まで宰相に成り上がるまでにたくさんの無能を見てきた。
そやつらと同じプライドだけが高いゴミの匂いがする。
そんなゴミに足を引っ張られあまつさえそれが血のつながった身内だということが腹立たしかった。
「それでは祖父様。私はこれで失礼します。ドレイク家に勝った暁には私に家督を譲ってくださいね」
そう言ってテリーは笑いながら部屋から出ていく。
部屋には影の男と私だけが残る。
「私は……どうやら甘かったようだな……」
「……」
影の男は否定も肯定もしない。
ただ頭を下げ続けるのみ。
だが私にはそれでよかった。
肯定の言葉も否定の言葉も求めていない。
今の言葉は自分への戒め。
いかに身内だったとはいえ能無しは消さなくてはならなかったのだ。
「おい、あのテリーというゴミを牢にぶち込んでおけ。戦が終わったら私自ら首をはねてくれる」
「……っ!?本気でございますか」
「ああ、本気も本気だ。あの男はこれ以上生かしておいても我らの足を引っ張るだけだ。私ももう腹をくくった。甘えも妥協も全て捨てようじゃないか」
「……承知しました。行ってまいりまする」
影の男は一瞬で姿を消す。
きっと今日中には結果を出してくれることだろう。
「決着のとき……か……」
ドレイク家は無能集団などではない。
それを私はなによりも知っている。
私がまだ生まれていない今より110年くらい前のこと、他国の貴族だった奴らはこの地にいきなり現れ男爵として叙爵された。
しかしここから信じられないことが起きたのだ。
いきなり男爵として現れたドレイク家のことを面白く思わなかった当時の貴族たちは今もなお敵対関係が続くヴァイルン王国との国境付近にドレイク家の領地を用意した。
そのことを好機と見たのかヴァイルン王国は何万もの兵を用意してアルバー王国に大攻勢をしかけた。
貴族たちはそれをドレイク家を潰すチャンスだと見て誰も支援も救援もしなかった。
それを信じられないことにドレイク家はたった数千の兵で押し返し逆にヴァイルン王国の領土を切り取った。
このことでドレイク家はいきなり子爵へと出世し、どれだけの貴族が必死に妨害しようとものともせず圧倒的な力で戦功を立て続けた。
気づけば10年後、ドレイク家は侯爵どころか軍務卿にまで成り上がりこの国を影で支配するまでの力を得ていたのだった。
(奴らは怪物だ……いや、そんな一言で片付けていい存在ではない。化け物や悪魔と言われたほうがしっくりくるほどだ)
王弟だった父からドレイク家の話はたくさん聞かされた。
そして自分の目でも奴らの異常さを確認した。
奴らは強い。
マーカム家の力だけでは到底敵わないほどに。
そして今。
眠りし竜は目覚める。
ドレイク家長女のアリス=ドレイクが襲われたことによって全てを破壊尽くさんと咆哮している。
「だが私とて今まで何もせずただ時間を過ごしてきたわけではない……!私は必ず勝つ……!」
若き頃、ドレイク家には敵わないと悟った。
しかしあふれるほどの野心が私に止まることを許してはくれなかった。
必死に研鑽を続け邪魔するものを蹴落とし宰相にまで上り詰めた。
ゴールはあと少しのところにまで来ている。
「決戦のときは近い。負ければ死だが勝てば栄光……負ければ歴史に大罪人と敗北者として名を刻み、勝てば王として名を刻むことになる。まさに人生最大の分岐点と言えような」
私は覚悟を決め、筆を取り来たる決戦のために準備を始めるのだった──
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