第19話 くっころガチ勢、怪物たちと相対す

暗殺未遂事件はマーカム家当主の孫、テリーの暴走なのではないかという疑惑はドレイク家の諜報隊によって裏取りされる。

さらに審問のために公爵であるゲイリー=マーカムを召喚しようとしたところゲイリーはこれを拒否。

噂の信憑性が上がりマーカム黒幕説は貴族全体に広がることとなった。


そして今、王城にて。


「すまなかった」


俺たちの目の前でヴィクター王子が頭を下げていた。

いきなりこんな展開になったせいでどうしてヴィクター王子が頭を下げているのかわからない。


「こんなところを誰かに見られたらドレイク家が誤解されますよ?一体どうしたんですか?」


「おそらくテリーの暴走は余のせいだ。タイミングから考えても間違いない」 


どういうことか聞くと暗殺騒動の数日前、テリーと話す機会があったという。

そのときに自分を有能だから宰相に推薦しろと言われ断ったらしい。

いや、そんなの当たり前のことじゃね?

あいつが宰相になんてなったらこの国滅ぶぞ?

マーカムはクズだが一応有能ではあるしな。


隣のシンシア王女に確認するように視線をやるとシンシア王女は肯定するように頷く。


「私がヴィクター王子の立場でも躊躇なく断ります。それにヴィクター王子が原因だと決まったわけでもありませんし顔をあげてください」


ヴィクター王子は顔を上げる。

その表情は普段は飄々としているのに今は微かな怒りが感じ取れた。

やはり自分だけでなくシンシア王女までも狙われたのが痛恨だったか。


「いずれにせよアルバー王国に巣食う害虫どもはいつかは駆除しなくてはならなかった。ですからそのタイミングを向こうから作ってくれたと考えましょう」


本当は激しい怒りの炎が今も俺の中で燃え続けているがそれをヴィクター王子にぶつけるのは完全にお門違いというもの。

悪いのはマーカム家でありそれを担ぐ貴族派の奴らだ。


「とにかく今は奴らに勝つことだけを考えましょう。他のことはその後に考えればいい」


本当は色んなことを考えなくちゃいけないのは確かだが切り替えてもらうためにそう言う。

実際に俺たちはまだ子供であり国の大事に積極的に参加させてもらえるわけではない。

だったら別に悪いことをしたわけでもないし気に病むだけ時間の無駄だ。


「……ああ、そうだな」


ヴィクター王子は微かな笑みを浮かべて頷く。

いろいろと思うところはあるだろうがこれが最善だ。


よかったと安心したその瞬間、周りがなんだか騒がしいことに気づく。

それは歓声のようにも聞こえる。


「なにかあったか?」


「わかりません。ですが悪いことではなさそうですね」


一人の兵士が走ってくる。

その顔は喜色に包まれていた。


「か、帰ってきた……!」


帰ってきた。

この言葉だけではどういう意味かわからないがあらかじめ話を聞いていた俺はどういうことかを理解した。


「ジェラルトさん。これって……」


「ああ、間違いない。これは……」


兵士はこの場にいる他の者たちにも聞こえるように声を上げる。


「ドレイク侯爵様が帰ってきたんだ!」


◇◆◇


城の中庭に馬車が続々と入ってくる。

そこに刻まれた家紋は見覚えのあるものばかりだった。

王城に勤めていた兵士たちに緊張が走り綺麗に整列しながら一斉に敬礼する。


一番先頭の馬車の扉が開くと後方の馬車も続々と扉が開かれる。

そして一人の男を先頭に敬礼する兵士たちの間を歩き始める。

その集団は玄関口まで来ていたロナルド王の前まで来ると一斉にひざまずく。


「ご苦労だった。この早さで来てくれたこと、感謝する」


「いえ、王の命とあらばどこへでも駆けつけましょう」


王自らここまで出迎えに来るのは後にも先にもただ一家のみ。

その家の当主の男の名こそイアン=ドレイク。

長年国防に携わり戦い続けてきた歴戦の猛者たちを従え現れたのだった──


◇◆◇


「久しぶりだな。ジェラルト」


「はい。父上もお元気そうで安心しました」


「ははは。私はそう簡単にくたばらんとも。少なくとも孫の顔を見るまでは死ねないな」


「それならば父の命のために数十年後にしたほうがいいですか?」


王との話を終え父がやってくる。

久しぶりに見る父は以前と変わらず元気そうで安心した。

どこか怪我をしている様子もない。


「遠慮しておこう。私はいつだって戦に死ぬ覚悟ができている。それに孫の顔が見れないとオリビアだって怒るだろうしな」


「ただの冗談ですよ。少なくとも今は父上が死ぬ光景は想像できません」


「はっはっは!何が起こるのかわからないのが世の常だ。ジェラルトも己の人生に悔いは残すなよ」


悔いを残さないように……つまりこれは『死ぬ時にくっころの思い出がないと寂しいだろうから頑張れよ』という父からのエールということか。

流石父は良いことを言ってくれる。

だが今は……


「そちらがジェラルトの新しい婚約者かな?」


「紹介が遅れ申し訳ありません。ゴーラブル王国ウォルシュ男爵家の息女フローラ=ウォルシュ嬢です」


「は、はじめまして。フローラと申します」


「はじめまして、ジェラルトの父のイアンだ。ふむ、噂通り美しいお嬢さんだね。オリビアにももう会ったんだろう?」


「はい。先日お会いさせていただきました」


「彼女が認めたなら私は何も言うつもりはない。ジェラルトのことをよろしく頼むよ」


「は、はい……!」


流石情報が早いな。

まあ大方母が手紙を送ったんだろう。

ひとまず父にもフローラが認められて一安心だ。


「おや、随分と大きくなったもんだね。ジェラルトの坊や」


「我らも年を取るわけだ。あの小さな子がここまで大きくなるとは。少しずつイアン様の面影も出てきたように見える」


「ガッハッハ!ジェラルト様は剣の腕も素晴らしい!しかも人を率いる素質をお持ちだ!今から将来が楽しみだな!」


「あはは、こっそり出陣していったと気づいたときは本当に肝を冷やしたけどね」


そう次々と口にするのは父の後ろに控えていた

ジャックを始めイーデン伯爵やダウンズ男爵など知っている顔もあるしここしばらく見ていなかった顔もある。

だが全員に共通するのはドレイク家に付き従い数々の戦場を経験してきた歴戦の猛者たちだということ。

全員が全員戦場で名を馳せるまさに怪物たちだった。


後ろに立つシンシア王女とフローラは完全に呑まれてしまっている。

それだけの圧を彼らは兼ね備えていた。


「坊やと一緒に戦場に立てるときが今から楽しみだねぇ」


「学徒出陣せねばならん状況を作られた時点でそれは負けも同然だ。そうならないよう卿らには頑張ってもらわねばならないな」


「ははっ!こりゃあ一本とられたね!こんなことを言われちゃあ気張らざるしかないよ」


「もちろんだ!我らの奮戦で若の期待に応えようぞ!」


「はぁ……可愛いわねぇ……ねぇ、イアン様。私が若様もらってもいい?」


「ドレイク家と王家とウォルシュ家を同時に敵に回す覚悟があるなら構わん」


「若様を自分のものにしようだなんて不敬ですな。消してさしあげましょうか?」


「やだぁ、冗談じゃない。イアン様もジャックさんもそんな怖いこと言わないでよ〜!」


完全に遊ばれてるなぁ……

まぁこの人たちから見れば俺なんて完全にひよっこなんだろうけど。

個人技で勝てる人はいるだろうが戦の上手さで比べれば俺はこの中の誰にも敵わないだろう。

まあ5年後には追い越すつもりではあるが。


「ジェラルト、とりあえず久しぶりに茶でもしよう。マーカムの奴が動かない限りこちらも兵は動かせないしな」


「え?ですが今は……」


確かに貴族の罪を問うときは時間がかかるためその前にマーカムが動き出す可能性は高い。

だが戦前にそうやってのんびりするのもいかがなものだろうか。


「それなら私はジェラルトの坊やと手合わせでもしたいものだねぇ」


「ふむ!それなら我も参加させていただこう!」


「じゃあ私は若様と手合わせして、その後王女殿下たちと女子会もしちゃおうかな〜!」


場がぐっちゃぐちゃの混沌状態になる。

こいつら自己中か。

実力は知っているのに本当にこんなんで大丈夫なのか心配になってくる。

シンシア王女とフローラも目を丸くしていた。


「ええい!私はジェラルトと久しぶりに会うのだ!親子の時間を尊重してもっと遠慮しろ!」


「え〜!若様を独り占めなんてずるい〜!」


「黙れ貴様。軍務卿命令だ。王城の周りを全力で10周走ってこい」


「え〜!?」


お、大人気ねぇ……

父が率いる軍部は実力が全てで身分は関係ないという話らしいけどあまりにもラフすぎるし話している内容が子供すぎる。

見れば見るほど不安になってくるんだが……


「イアン様、お話中のところ申し訳ありません。急報にございます」


「構わん、話してくれ」


ドレイク家の諜報隊員がいきなり現れ父に頭を下げる。

騒がしかった場が一気に静まり帰り皆が報告を待つ。


「マーカム家の謀反にございます。大量の兵を率い王都へと接近中。貴族派の軍勢も次々と合流しており数は不明です」


父たちの目つきは真剣なものへと変わりさっきまで弛緩していた空気がピリついたものへと変わる。

本当に同一人物とは思えないほどだ。


「報告ご苦労。再び情報を探れ」


「承知しました」


そう言って諜報隊員は姿を消す。

父は一つ頷くとこちらを向いた。


「ジェラルト、予定変更だ。今すぐ王の下へ向かうぞ」


その表情から先ほどまでの人の良さは消え軍務卿として軍を率いるイアン=ドレイクという誰よりも強い男の顔をしていた。

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