第31話 くっころガチ勢、すれ違いの末の失態
「一つ、俺から言わせてもらおう。そんなに良い子ちゃんしていて楽しいか?」
「え──」
俺の言葉が意外だったのかフローラは驚いて目を丸くする。
そんな姿も画になるのは正直すごいと思うのだが今はそんなことを考えている場合じゃない。
ここが最終仕上げにおいて最も大事なタイミングであり、ここがくっころの出来を左右すると言っても過言ではない。
心してかからなくては。
「気分を害してしまったのであれば謝罪いたします。申し訳ございません」
「違う。そういうことを言ってるんじゃない」
違うんだよなぁ。
俺は別に謝罪が欲しいわけじゃないしそもそもフローラは何も悪いことしてないだろ?
俺はくっころさえ見せてくれればそれで大満足なんだ。
「はぁ……仕方ない。何もわかっていないようだから予め言っておこう。ドレイク領は
ふっふっふ……これぞ、聖女に対する最上級の侮辱……!
聖女であることを
「え……?でしたらなぜ私を……?癒やしの魔力を聖女としてドレイク家の方々のために──」
「いらん。聖女やゾーラ高等学校首席というのはあくまで肩書であってそれはフローラという一人の人間を飾る肩書でしかない。そんな肩書を必要としていないとあればあとはもう分かるだろう?」
俺はカレンのときに学んだんだ。
くっころにおいて大切なのは肩書なんかじゃない。
肩書はあくまでくっころの魅力を最大限に引き出すスパイスなのであって本質はくっころをする人間なのだ。
フローラは十分にその素質を見せてくれたんだ。
「す、すみません……泣くつもりじゃ……」
そう偉そうに高説たれていると目の前でフローラが涙を流していることに気づく。
悔し涙か?
いいね、感情が少しずつ前に出てきているようだ。
くっころを見るためにいい傾向だと言えよう。
「俺に気を使う必要はない。ウォルシュ領のことは聞いているからな。当然ドレイク家も支援するし心配する必要はない。自由に過ごせばいい」
「それは……グスッ……私は私のままでいていいということですか……?」
俺はフローラの言葉に頷く。
ウォルシュ領の支援をするのは、一応義理の家族になるわけだし日本人だから地震の悲惨さや大変さはよく理解している。
それにこれからはウォルシュ家との交易ルートができると思えば余裕でおまけがつく。
くっころへの対価だと思えば安すぎるくらいだ。
「ああ、そう取ってもらって構わない。俺に必要なのは聖女ではなく
フローラはしばらく泣き続けた。
カレンに若干の非難の混じった視線を向けられるがフローラの涙の原因が100%俺のせいだということは理解しているので気づかないふりをしておく。
フローラの涙が収まってきた頃、俺は自分のポケットからハンカチを取り出してフローラに手渡した。
「どんな私でも……本当に幻滅しませんか……?」
フローラは小さく頭を下げて、俺のハンカチを受け取り涙を拭く。
そしてそんなことを呟いた。
聖女の
俺はプライドの高い男は好きじゃないがプライドの高い女は中々好きだぞ?
「別にいくらでも殺しに来てくれても構わないぞ?俺は大歓迎だ」
遠慮せずいつでもかかってこいと言うとフローラは嬉しそうに笑った。
俺に挑戦できる機会を得て嬉しいらしい。
ふふ、いいぞ。
何度でも返り討ちにしてその美しい顔を悔しさに染めてやろうじゃないか。
「じゃあ……これからジェラルトって呼んでも……いい?」
「ああ。好きにしてくれて構わないさ。フローラ」
なんか今回今までで一番上手く言ってないか?
フローラは聖女としての威厳を踏みにじられ俺に悪感情を抱き、領地の心配もなくなったのでくっころに集中できる。
俺に挑戦できると聞いて嬉しそうに笑っている時点で俺の勘違いという線は無し。
はーっはっは!完璧な俺の計画の前では完璧な聖女お嬢様であっても俺の前に無限くっころを晒すというものよ!
見たか!これが俺の実力だ!
「ご主人様、申し訳ないのですがシンシア王女に呼ばれているのを思い出しました。先に失礼してもよろしいでしょうか?」
「ん?ああ、別に構わないぞ。俺に気にせずシンシア王女のところへ向かってくれ」
「ありがとうございます」
カレンは俺に礼をする。
そしてすぐに向かうのかと思いきやフローラの方を向いた。
カレンは意味深にフローラに微笑みかけ、頭を下げると今度こそ去っていった。
「なんだったんだ?今の意味深な笑みは?」
「ふふ、カレンさんにはバレてたみたい……」
「バレてた?何をだ?」
「うーん……ジェラルトには内緒、かな?」
貴族令嬢には言葉遣いだが元一般人である俺からすればこちらのほうが親しみやすい。
というか親しむ気は無いんだが?
スルーしてたけどなんで言葉遣い親しくしちゃってるわけ?
「ジェラルト、少し一緒に歩かない?」
「………まあ別にそれは構わないが」
一抹の不安を覚えながら、断る理由も無いので首を縦に振る。
俺はフローラの案内で歩き出す。
どうやらここには素振りで来たこともあるらしく知った場所らしい。
「あそこの丘が見晴らしがいいんだよ。ちょっと涼んでいこ」
そう言ってフローラは緩やかな傾斜の上に生えた一本の木を指差す。
そこまで歩いていくと爽やかな風が俺達の間を通り抜けた。
確かにフローラの言う通り見晴らしが良く街全体を見下ろすことができる。
俺は腰を下ろしてあぐらをかいた。
「私も隣座っていい?」
「構わないが訓練終わりで汗かいてるぞ?いいのか?」
「私は別に気にしないよ」
フローラはポケットから自分のハンカチを取り出してそこに腰を下ろす。
肩がぶつかりそうになるくらいゼロ距離に。
「なんか近くないか?」
「婚約者だから別にいいかなって……ダメかな?」
「まあ別にいいけど……」
(な、なんだ……?なんか妙に距離感が近いと言うかなんというか……いや?まてよ……そうか!これは俺を油断させる作戦なんだ!フローラは俺に近づくのが嫌だけど笑顔の裏に隠して虎視眈々と勝利を狙っているに違いない!いいぞ!フローラ!その勝利に貪欲な姿勢は大好きだ!)
俺は自己完結しうんうんと頷いているとフローラが不思議そうな目で見てくる。
危ない危ない、フローラは必死に取り繕おうとしてるんだから俺がここで気づいた素振りを出してはいけない。
ここは気づいていないふりをしなくては……
「綺麗だね……」
「ああ……そうだな……」
こんなにのんびりとした時間を過ごすのはいつぶりだろうか。
無限くっころ計画が順調すぎるのも相まって満足感も高い。
そのまま居心地の悪くない沈黙が続くとフローラが口を開く。
「そろそろ戻ろうか。あんまり引き止めちゃうのも申し訳ないし」
「そうだな。戻るか」
俺は先に立ち上がり、フローラに手を差し出す。
男としては当然のエスコートなのだが聖女の価値を認めない俺からされても嬉しくないだろう?
だが猫かぶっている以上俺のエスコートを断ることもできない。
最高の屈辱だろう?
「ふふ、ありがと」
俺はフローラが立ち上がるのを手伝うとあることに気づく。
手がめちゃくちゃすべすべで柔らかいのだ。
「随分柔らかい手をしてるんだな……」
「あはは、聖女がマメだらけのゴツゴツした手だったら嫌でしょ?だから癒やしの魔力を使ったりケアとかには気を使ってるんだ」
「なるほどな。あの剣は相当な努力のものだと思っていたがそこでも努力していたのか……」
「……!」
くっころとか関係なしに心から漏れた感嘆だった。
普通に色んなところで努力しててすごくないか?
「……ふふっ、そんなこと言ってくれたのジェラルトだけだよ……本当にありがとね」
そう言ってフローラは嬉しそうに笑う。
その表情はどこかで見たことあるような類の笑顔だった。
そう、シンシア王女が俺の良い嫁になる宣言をしたときのように……『恋する乙女の表情』を。
「将来仲の良い夫婦になれたら嬉しいな。よろしくね、ジェラルト」
は………はぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ!?!?!?!?!?!?
なんで夫婦になること認めてそれどころか良い夫婦って何言ってんだバカやろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!
(な、なぜだ……なぜこんなことになっている……!?俺は何も間違えていない……なのになぜこうなった……!?今回は完璧に進めていたはずなのに……!?)
過去の俺の何が過ちだったのかわからない。
それでも今目の前にある現実は無情に俺を責め立てる。
(何してんだ俺ぇぇぇぇぇ!?!?!?!?!?)
そんな叫びは目の前でニコニコと笑うフローラに届くはずもなく虚しく俺の心に響きわたるだけだった──
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あとSS投稿して3章を
SSは出来次第投稿するので待っててくださると嬉しいです。
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