第30話 白百合の聖女、絶望の暗闇に差した光(フローラ視点)

その後のローレンス様との試合は激戦も激戦だった。

私の剣をよく知り、ゾーラ高等学校の第一学年でトップクラスに強いエセルでさえ、恐らくあそこまで競った試合になることはないだろう。


(アルバーの方々は強い……しかもローレンス様の上にまだ二人もいるなんて……騎士の国というのも伊達ではないですね……)


一瞬でも気を抜いたらやられていた。

それくらいローレンス様の剣には気迫がこもっていて勝とうとする執念が感じられた。


そして迎えた次の日。

ジェラルト様は力を手加減しているのにも関わらずたった一人で擬似戦場を制圧してしまった。

あれほど強い学生がいるなんて思っても見なかった。

実力を隠していたのだから勝てるかも未知数で手の内もわからず挑まなくてはならない。


(それでも……私は負けられない……!)


「一番警戒するべきはジェラルト様でしょう。そこで私達の戦力を守りに割き、フローラ様に攻撃に回っていただきたいと思います」


(あの人の実力ならおそらくエセルたちでは抑えきれない……)


エセルの作戦を聞いても素直に首を縦に振ることができなかった。

あの人ならば私が敵陣を突破する前にあっさりとエセルたちを制圧して旗を奪いかねない。

そんな予感がしていたのだ。


そして作戦を無視し、旗を守りに来れば案の定あっさりとジェラルト様はやってきた。

そして始まった真剣勝負は想像以上にあっさりと終わってしまった。


(こんなにあっさりと終わるもの……?いや、今はエセル達の援軍にいかなくては……!強いのはジェラルト様だけじゃない……!)


考えている余裕など無い。

ジェラルト様に勝った私は安堵する余裕もなくエセルたちの下に合流し、強者揃いのSクラスに勝利した──


(よかった……勝てた……!)


しかしもはや疫病神に愛されているんじゃないかと思ってしまうほど次の困難がやってくる。

なんと閉会式の途中で何者かが乱入し、襲撃を受けたのだ。


(一番戦えるのは私……ならばみんなを守るために戦わないと……!)


ダンカンと名乗る男はあまりにも強すぎた。

学生が戦える相手じゃない。

心の声は戦う私の足を引っ張るかのように語りかけてくる。


(■■■……)


(■■■……■■■■■■……)


何を言っているかは聞こえない。

それでも心の底では思っていたのだ。


(怖いよ……)


(いやだ……誰か助けてよ……)


それでも目をそむけて戦った。

みんなを守るために。

しかしそこで得たものは圧倒的な絶望だけだった。


死の気配、戦う恐怖、そしてジェラルト様の隠されていた本当の実力。

その全てが私に重くのしかかり、目の前が真っ暗になった。

剣を持つだけで体が震えてしまう。

今まで積み上げてきたものが全てぶち壊されるようなそんな恐怖。


もう目の前で負けを突きつけられるよりはいいと、襲撃を退けた後の謁見で陛下に自分よりジェラルト様のほうが強いと伝えようとしたけどそれすらも許されなかった。

しかもジェラルト様との決闘まで決まってしまう始末。

陛下を始めとしたゴーラブル王国の人間は私が勝てると心から思っていることで事態は更に悪化した。


ゴーラブル王国の大人はみんな結界の外だったし、学生も自分が生き残ることに必死で誰もジェラルト様の本気の戦いを見ていなかったのだ。

弱音も吐けず、相談もできず、未だに剣を持つ恐怖を心に抱えたまま決闘の場に立つことになってしまった。


(やるしかない……やるしかないんです……)


しかし私の想いとは裏腹に現実とは無情なものであのダンカンすらも圧倒したジェラルト様に私の刃が届くことはなかった。

自分の木剣を折られると同時に私の闘志も折れてしまった。

この人には絶対に敵わないと思わされるほどの実力差。


(もう……嫌だ……みんなから期待されるのも……誰かのために頑張るのも……もう……)


体から力が抜け、膝から崩れ落ちてしまう。

そして今までずっと張り詰めてきた糸のようなものがプチッと切れる音がした。


「殺して……ください……」


どこかに残った冷静な自分がたかが学生同士の試合で何を言っているんだと言う。

だがそれでも私自身が救いを求めた言葉だった。

もう終わらせて欲しい。

この辛い日々から解放して欲しい。


みんなの希望となれるように頑張っていたはずなのに、いつしか心から笑えなくなっていた。

頑張らないといけないのに立ち上がれない。


(私は……特別なんていらなかったのに……好きな人と結婚して……子どもたちに囲まれながら年をとって……孫が生まれたらおもちゃとか買ってあげたりして……特別な魔力も、剣の才能も、お金も、爵位も、全部全部いらなかったのに……)


とてつもなく悲しいはずなのに、自分から死を望んだはずなのに、なぜか涙は流れなかった──


◇◆◇


そして時は流れ今──


「一つ、俺から言わせてもらおう。そんなに良い子ちゃんしていて楽しいか?」


「え──」


ジェラルト様の言葉に私は何も言えなくなった。

何か失態を犯したのだろうか。

求められているのは癒やしの魔力を持つ聖女である私。

それ以上でもそれ以下でもなく私は聖女の仮面を今も被り続ける。


「気分を害してしまったのであれば謝罪いたします。申し訳ございません」


「違う。そういうことを言ってるんじゃない」


頭を下げようとする私にジェラルト様はピシャリと言う。

私はもうどうしていいかわからなくなった。


「はぁ……仕方ない。何もわかっていないようだから予め言っておこう。ドレイク領は希望聖女など必要としていない。聖女の存在価値が無いとは言わんが別にいようがいまいがドレイクの民は困らない」


「え……」


それではなぜ私を?

それにわざわざそれを伝えるのはなぜ?

そんな疑問が私の中に浮かぶ。


「でしたらなぜ私を……?癒やしの魔力を聖女としてドレイク家の方々のために──」


「いらん。聖女やゾーラ高等学校首席というのはあくまで肩書であってそれはフローラという一人の人間を飾る肩書でしかない。そんな肩書を必要としていないとあればあとはもう分かるだろう?」


温かいものがゆっくりと私の頬を伝った。

手のひらを出してみたらそこに一粒の雫がこぼれ落ち、初めてそれが自分の涙だと気づいた。


「す、すみません……泣くつもりじゃ……」


人前で泣いたのはいつぶりだろうか。

こんな涙見せたくなかったのにとめどなく溢れて止まらない。


「俺に気を使う必要はない。ウォルシュ領のことは聞いているからな。当然ドレイク家も支援するし心配する必要はない。自由に過ごせばいい」


「それは……グスッ……私は私のままでいていいということですか……?」


「ああ、そう取ってもらって構わない。俺に必要なのは聖女ではなくフローラだからな」


(もう取り繕う必要はないんだ……自分を出しても……本当の私でいてもいいんだ……)


しばらく泣きじゃくり涙も少し収まってきた頃。

ジェラルト様は私にハンカチを手渡してくれる。

そんなときに見た景色はいつもより明るくて、鮮やかで、穏やかに笑うジェラルト様の表情に心臓がドキッと跳ねた。


「どんな私でも……本当に幻滅しませんか……?」


「別にいくらでも殺しに来てくれても構わないぞ?俺は大歓迎だ」


ジェラルト様の冗談にクスッと笑みがこぼれてしまう。

取り繕った作り笑顔ではなく自然と溢れた微笑み。


「じゃあ……これからジェラルトって呼んでも……いい?」


「ああ。好きにしてくれて構わないさ。フローラ」


名前で呼んでくれたのが嬉しくて心がぽかぽかしてしまう。

それに敬語を使わずに人と話すのは本当に久しぶりのことだった。


(私のありのままの姿を尊重してくれて、聖女じゃなくて私自身を見てくれる……)


魔力も立場も、特別なものが失くなったわけじゃない。

それでも私は心から笑うことができた。


(ああ……今まで生きててよかった……)

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