第29話 白百合の聖女、失った自分(フローラ視点)

15年前、私は癒やしの血統特異術を持つウォルシュ男爵家の長女として生まれた。

私は生まれつき癒やしの魔力の力が飛び抜けて強かったらしく、末っ子だったこともあってか家族からたくさん可愛がられた。


「ねえ、おかあさま。どうしてわたしはお勉強をしなくちゃいけないの?」


「それはね、フローラ。あなたにはすっごい魔力があってその魔力でたくさんの人を助けられるからよ」


「すごい?私のまりょくすごいの?」


「ええ。あなたよりすごい子なんていないわ」


勉強や剣術、そして癒やしの魔道具作りに街での奉仕活動ボランティア

いつしか私は『聖女』なんて過分な呼ばれ方をされるようになり、家族の期待は徐々に『当たり前』へと変わっていった。


それでもまた頑張ったねって褒めてほしくて私は必死に頑張った。

後にそれが自分の首を締めることになるなんて思いもせずに。


私が13歳になったとき、突然ゴーラブル王国の宰相、サイモン=モーリス侯爵が当主を務めるモーリス家から私への婚約の打診が入った。

相手はサイモン=モーリスの息子で女癖が悪く、自身の能力にも目立ったことはない、いわゆる家柄しか取り柄のない貴族。

当然私はそんな相手との婚約なんて嫌だったし、家族も理解を示してくれた。

ウォルシュ家は男爵家だが、血統特異術の力のおかげでそこらの男爵家と同様に扱われることはなく断るだけの力を持っていたし何も問題は無いだろうと思っていた。

このときまでは。


「な、なんだ……!?この揺れは……!?」


「何が起こってる……!?」


婚約を断って1年後、ウォルシュ領をかつて無いほどの大地震が襲った。

数え切れないほどの家が倒壊し、火災が起き、地は荒れ、悲惨な現実だけが残った。

幸いウォルシュ家には癒やしの魔力で作られた高性能の医療用魔道具があったため助けられた人命も多かったのだが、ほとんどの人は家や物資を失ってしまったのだ。


「お父様……」


「隣領から援助を頼むしかあるまい……民の暮らしを一刻も早く安定させなければ……」


しかしあの男はどこまでも非情だった。

金で貴族を買収し支援物資をせき止め、婚約しなければ物資は絶対に送らないと脅しをかけてきたのだ。

これに大激怒したお父様は婚約を断固拒否し、どこからかサイモンの所業は民にも伝わってサイモン許すまじの雰囲気が流れていた。


(支援物資がなくては民達の暮らしは……このままでは冬が来て全滅してしまう……)


幸い冬が明けたばかりで気温も少しずつ暖かくなり始めていたがこのままでは全滅も時間の問題。

私が婚約すれば全てが丸く収まるがお父様はそれを絶対に許さなかった。

領民たちと一緒に復興作業に励み、一緒に汗を流すことしかできない自分が悔しかった。


「フローラ様、今日も手伝っていただきありがとうございます」


「いえいえ、それよりもこれくらいしかできなくてすみません」


「とんでもない!フローラ様は俺達の希望なんだ!ただフローラ様が笑ってくれてるだけで俺達も頑張れるってもんよ!」


復興を手伝っていたとき、ある男性から男性は冗談交じりにそんなことを言われた。

しかしその言葉は私を変えた。

みんなが私が聖女であることを、希望であることを望むのならいくらでも演じよう。

みんながそれで元気になれるのなら私はいくらでも身を削ろう。


誰よりも強く、誰よりも優しく、誰よりも神聖で、誰よりも気高い。

そんな聖女に。


剣なんて体中痛いし、怖いしやりたくなんてなかった。

それでも誰よりも強くあるために手の皮が剥け、癒やしの魔力で治し、時には意識を失うまで剣を振った。


魔道具作りなんて、疲れるしやりたくなかった。

それでも少しでも復興資金を稼ぐために、戦闘にも応用できるように意識しながら一つひとつ丁寧に作り、何日も不眠不休で作り何度も魔力枯渇で倒れた。


いつしか自分の本当の理解者だったエセルにも素を出せなくなり私を本当に知る人はどんどんいなくなっていった。

自分が強くなり、美しくなり、魔力も増え、聖女を慕う人たちが集まってくるたびに心はどんどん乾いていく。


たかが男爵令嬢と蔑まれることもあった。

男に色目を使う、卑猥な女だと同級生の女子たちに水をかけられることもあった。

試合に必死に勝ち、女ごときにと睨まれることもあった。

寝ずに努力してゾーラ高等学校の首席をとったときも成り上がり者と馬鹿にされた。


頼れる人もいない。

素を出せる人もいない。

もちろん守ろうとしてくれる人もいたし、本気で私を慕ってくれる人もいたけど本当の意味で私を理解してくれる人はどこにもいなかった。


なんとか必死に理想の聖女像を演じ続けてきた。

しかしそれを揺るがす報が入ってくる。


「来週からアルバー王国士官学校の上位20名がこの学校に留学してくることになった。みんなよろしく頼むぞ」


(アルバー王国の同年代の上位20人……?そんな……)


「でもフローラ様なら絶対にアルバー王国からどんな人が来ようとも負けませんよね!」


「それはそうだろう。フローラ様が同年代に負ける姿なんて想像出来ないぜ?」


誰も何もわかっていない。

わざわざそれを口に出すことはしないけども私は別に天才なんかじゃない。

必死に努力してなんとか頂点に立てているだけで本当のには絶対に敵わないのだ。


それから1週間後、アルバー王国からやってきた留学生にはとんでもない人が一人いた。

その名もジェラルト=ドレイク。

ドレイク家の名はゴーラブル王国内でも有名であり、その嫡男だという彼はひと目見ただけでとてつもない実力の持ち主だと言わんばかりの雰囲気を纏っていた。

しかも私がペアを務めなくてはならない。


(な、なんとか少しでも打ち解けなくては……!仕事も完璧にこなさないと……)


「ジェラルト様、よかったらお昼ごはんをご一緒しませんか?」


「いや、それは……」


初対面で何か失態を犯したかと不安になってしまう。

他の人はみんな打ち解けてきているのに私だけペアの方と仲良くなれていないのはあまり良いとは言えない。

仕事ができないと思われないためにも少しでも距離を縮めたかった。


「ジェラルトさん。よかったら一緒に昼食を──」


え?この方もジェラルト様と一緒に昼食を?

ジェラルト様に話しかけてきたのはアルバー王国の制服を着た、美しい金髪の方。

とても凛々しくて可愛らしい方でジェラルト様とはどういう関係なのだろうか?


「じ、ジェラルトさん……そちらの方は……?」


「はじめまして。フローラ=ウォルシュと申します。ジェラルト様のペアを務めさせていただくので親睦を深めようと思い昼食にお誘いしていました」


私が挨拶をするとその方はニコッと笑ってジェラルト様の腕をとる。

そして挨拶を返してくださった。


「ご丁寧にありがとうございます。私はジェラルトさんの婚約者のシンシア=アルバーと申します」


(お、王女様……!?婚約者って言ってますしそれでは私はジェラルト様を狙う泥棒猫ということに……!?)


「アルバー王国の姫君でしたか。これは失礼いたしました。無礼な態度をお許しください」


内心焦る気持ちを必死に顔に出ないようにこらえ、すぐにその場を去る。

そして周りに誰もいないところまで移動し大きく息を吐いた。


(失敗してしまいました……うぅ……)


私はそのまま弁当を広げ、一人で落ち込みながら昼食を取るのだった──


◇◆◇


そして時は流れ、大演武会。

見どころでもある演武が終わり、次が出番だった私は立ち上がる。

すると隣で見ていたジェラルト様が声をかけてくれた。


「頑張れよ」


「はい、もちろんです」


「肩の力を抜けばウォルシュ嬢なら大丈夫だ」


恐らくジェラルト様からの心からの応援エール

心が少し温かくなるが、私の心に届くことはなかった。


(それができたらどれだけよかったのかな……)


「え?」


「なんでもありません。いってきますね」


危うくジェラルト様に聞かれてしまうところだった。

私は逃げるように移動し、気を引き締め直し剣をぎゅっと握る。


領民みんなの希望であり続けられるように──

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