第18話 赤き華、苦戦を強いられる(マーガレット視点)

「くっ……はぁ、はぁ……」


魔装で体力も強化されているはずなのに息切れが止まらない。

かれこれどれくらいここで戦っているだろうか。

部下たちもすでに突撃での勢いを失いお互い動くに動けぬ乱戦状態へと陥っていた。


(見誤ったわね……まさかこんなにも苦戦するとは……中央と左はどうなってるのかしら……)


今は一人の騎士ではなく、一人の将として戦場に立っている。

だからただ目の前の敵と集中していればいいというわけではない。

ティアとの戦いに手を抜けず周りの状況もよく見えないことが私の焦りと不安を加速させていた。


「ほらほら!どうしたのかしら!」


「うっ……!」


が同時に飛んでくる。

ティアは剣を捨て、様々な武器を使って攻撃してくる。

先程、流れ弾を食らった兵が泡を吹いて倒れたことから毒が塗られている可能性が高い。

故にかすり傷すら許されず動きが普段より大きくなっていき体力を消耗していく。


(戦いだから卑怯とは言わないけれど相当厄介ね……)


馬上での戦いというのも疲れに拍車をかけている。

避けづらいしすぐにでも乗り捨ててしまいたいが常に上を取られてしまうのは逆転の芽を摘み取ってしまうのと同義だ。

だからとにかく避け続けて中々反撃が出来ない苦しい戦いを強いられている。


「うふふ……カートライトの赤き華もその程度なのかしら?がっかりだわ」


「私からすればその二つ名も過分よ……私はただの若輩者でしかない……上には上がいるのだから」


そして思い浮かべるのは弟のような存在。

あの子は必ず私を超えていく。

いや、もう既に超えているだろう。

幼い頃から天才と呼ばれ続け天狗になりかけていた私を正しい道へと戻してくれた。

だからこそ己の非力さに気づき努力を続けてこれたのだ。


「紅月流、突ノ術……!天月てんげつ一天いってん!」


「っ!?」


天月一天は剣先に全力の魔力の刃を生み出し敵を貫く技。

その威力は折り紙つきで防げるものはほとんどない。

ティアが急いで魔道具の盾で防御に入るがそれすらも貫いてティアの左肩に突き刺さった。


「まさかこの盾を貫通されるとはね……やっぱりとんだ化け物じゃない。でも本調子だったら私の肩ごと貫通してたんじゃないかしら?」


ティアの言葉に思わず唇を噛む。

私自身も多少消耗していようともっと手傷を負わせられると思っていた。

だがティアの肩は出血はしているものの深くはない。

ここで左手を封じ手数を減らしたかったのだがこれではまだ両手を使えるだろう。


「はぁ……はぁ……」


「あらあら。息切れがひどいわよ?今からでも逃げ帰ってドレイク家のご子息様に慰めてもらったらいかがかしら?媚びて取り入るのはあなたの得意分野でしょう?」


私が媚びて取り入るのが得意……?

その言葉の真意はわからないけど侮辱されているのはわかる。

剣を握る手に力が入る。


「あら、答えてくれないのね?図星かしら」


「戦いに無駄話は無用よ。剣で語るだけだわ」


「私は剣を使わないのだけれど?」


「別にそれで構わない。私は私の剣を振るうだけよ!」


疲労で重くなった体に鞭打ち、剣を振るう。

ティアの変幻自在の攻撃をなんとか掻い潜ろうとするが中々難しい。

毒さえなければもっと思い切って懐に飛び込めるのだが、かすり傷も負えないというこの状況が私を消極的にさせていた。


「あははははは!やっぱりあなたは化け物ね!かすり傷一つ負わずこんなに戦えるなんて人間じゃないわよ!」


「私はこんなところで負けていられないの!」


ティアの攻勢が激しくなりとにかく防ぎ続ける。

毒だけでなくティアの暗器を使う腕も良い。

嫌なタイミングで毎回暗器がとんできて仕切り直さずをえないのだ。

居合を使おうにも馬上での戦いは急に後ろに下がらないため納刀する時間を作れない。


「どうしたのかしら!もう終わり?」


これ以上この戦いを長引かせればジリ貧になって私が負ける。

もし私が倒れれば確実に王国騎士団の士気は一気に下がりティアたちに蹂躙されることだろう。

これで決める……!


「紅月流、斬撃ノ術……風月閃ふうげつせん!」


無数の風の刃を纏った愛剣を振る。

余力を全てこの一撃に懸けた。


「はああぁぁぁぁ!!!!!」


「あなたに……絶対に負けられないのよ!」


私の刃はティアの胸当てから先まで切り裂くがあと一つ手応えが足りない。


(……!届いてない!)



しかもすれ違いざまに太ももに短剣を刺されてしまった。

猛烈な痛みとしびれと吐き気により踏ん張れなくなり落馬する。

肩を強打して呻くがそれ以上に刺された下半身の感覚が全くなかった。


「うっ……ぐ……」


かなり強力な毒らしく意識を保っているのがやっとだった。

それもいつまでもつかどうか……


「……いい気味ね。ずっとそうやってあなたが私の前に這いつくばる姿が見たかったの」


「それはよかったじゃない……」


「黙れ!」


「うっ……」


思いっきり腹を蹴られて思わずうめき声が出る。

もはや魔装も機能していない。

防御力なんて無いに等しい生身の女でしかなかった。


「あなたは私のことなんて覚えていないわよね?」


覚えている……?

学園のことではないの……?


「私は元王国騎士団所属、第2小隊に所属していたティアよ。あなたに隊長の座を横から奪われた、ね」


……そういうことだったのね。

私は運良くドレイク家と縁があったのも関係していわゆるスピード出世だったから先輩たちにあまり良く思われていないのは知っていた。

いじめや嫌がらせとかもあったしどこかしょうがないと思っていたけれどまさかこんな形で私の前に出てくるとは……


「私は今まで何年も必死に働いてきた!王国のために!騎士団のために!なのにあなたは!1年も働いていないのに私より早く隊長になった!」


「……」


「許せなかった。私のほうが優秀なのに、ずっと働いてきたのにこんな小娘に取られるなんて。なんど殺してやろうと思ったか数え切れなかったわよ」


私だって我ながら恵まれていたと思っている。

ドレイク家の皆さんと面識があって弟子がその御子息なんてたかだか子爵の三女にはあまりにも過分な待遇だった。

でも、その座に甘えて努力を怠ったつもりはない。

ここで目をそらしたら今までの自分の全てを否定することになってしまう。


「その生意気な目をやめろ!私は……私は!」


「殺しなさい……私はアンタなんかに命乞いはしない……軍人として……一人の騎士として……潔く死ぬわ!」


「この死にぞこないが……!そんなに死にたいならお前の大好きな剣ですぐにでも殺してやるよ!」


自分の愛剣が迫ってくるのがスローモーションに見える。

もはや避ける力なんて残っていない。


(心残りはジェラルトの成長を見届けられなかったことね……あの子はきっと歴史に名を残す存在になるはず……何を思い何を為すのか……願わくば自分の目で見たかったな……)


「死ねぇぇぇ!!!!」


「醜い」


ガキンと金属音がその場に響く。

ゆっくりと目を開くとそこには昔よりずっと大きくなった背中があった。

本陣にいるはずなのに一体どうして……?


「な!?なんでアンタがここに!」


「お前に答える義理はないな」


ジェラルトは私の頭をそっと持ち上げ何かを口に付ける。

苦い液体が口の中に入ってきてびっくりするがみるみる体からしびれが取れていった。


「ドレイク家の薬だ。大抵の毒は解毒できるんだがちゃんと効いてよかった」


「ジェラルト……ごめん」


「全くだ。上手に退却するのもまた将の仕事だぞ?」


「ふふ……まさか弟子にこんな事言われちゃうとはね……しかも自分より年下の初陣の子に」


「それが嫌だったら取り敢えず安静にしておけ。俺は決着を付けてくる」


気をつけて、と口にするとジェラルトは黙って頷く。

その背中は誰よりも頼もしく、雄々しく、そしてカッコよく成長していたのだった──

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