第17話 正義の姫騎士、祈りを捧げる(シンシア視点)
戦が始まり、ジェラルトさん率いる鎮圧軍とモーン伯率いる反乱軍がぶつかり合う。
本陣でその様子を見ているだけなのにその熱気と息苦しさが漂ってきている。
(どうか……どうか皆さんがご無事で勝てますように……)
私は聖職者ではない無宗派の人間だ。
それでも目の前の狂気を見て祈らずにはいられなかった。
これが戦争、自分の認識がいかに甘かったかを思い知らされる。
「大丈夫ですか?顔色があまりよろしくないようですが……」
「……大丈夫ですよ、カレン。これは目を背けたらいけないことなんです」
私に話しかけてきたのは幼い頃から私に仕えてくれた侍女のカレンだった。
黒い髪をボブに整え、メガネをかけているあまり目立たないけど地が良い美人さん。
昔から実の姉妹のように仲良く過ごし、ルーシー姉さまも加えて3姉妹と言われることもあったくらいに仲が良い。
今回は戦わずとも戦場に立つ私のためについてきてくれたのだった。
「姫様は将来ジェラルト様と結婚して公爵夫人になることと思います」
「え、ええ……そうですね」
結婚と言われ、思わず少し照れてしまう。
まだあまり実感は湧かないがこのまま何事もなければそうなることは間違いない。
でも実益を兼ねているし、王族の婚約はそう簡単には解消できないからほぼ確定した未来ではあるけども。
「元王族で公爵夫人となればいくら軍人に嫁ぐと言っても戦場に立つことはないのですよ?ならば無理せずに体調が悪くなる前に天幕にお戻りしたほうがよろしいかと」
「それは違いますよ、カレン」
「違う、ですか?」
「ええ」
私が首をゆっくり横に振って否定するとカレンは不思議そうに首を傾げる。
私はポツリポツリと話し始める。
「今のアルバーは、そしてひいてはこの世界は戦で満ちています。比較的平和だと言われるアルバーですら国境での小競り合いは絶えず、ドレイク侯が自ら国境警備に出向くほどです」
「はい」
「人間同士での争いに限らず魔物討伐などたくさんの人たちが誰かのために命を懸け、血を流し、剣を振るってくれているんです」
私も今まで話の中や文でしか知らなかった。
いや、知った気になっていただけだった。
知ったと無意識に思い込んで現状から目を背けていただけだ。
「私たち王侯貴族は民の下で生きています。民がいなければ絶対に生きていけないんです。そんな人たちが戦っているなら知らなくちゃいけないことだと私は思います」
「姫様……」
「王族として、そして一人の人間として。そんな現状から目を背けるのは罪です。私は
ジェラルトさんと一緒に星を見た夜、誓ったあの約束。
私はジェラルトさんの妻として胸を張って立派に立てる人間になりたい。
夫が危険な地に立つなら私だって目を背けちゃいけない。
それが私の責任だから──
「……わかりました。ですが本当に限界が来たら絶対に天幕に下がってください。これで姫様が体調を崩されたらジェラルト様に合わせる顔がありませんので」
「ええ、それで構いません」
絶対に引き下がるつもりはなかったがカレンの許可が取れてホッと息をつく。
姉のような存在であるカレンに反抗は正直しづらいのだ。
同意してもらえるだけで随分気が楽になる。
「それにしても随分惚れたのですね」
「ほ、惚れ!?わ、私とジェラルトさんはそんなんじゃありませんよ!?」
「はぁ……」
「なんですか!そのため息は!」
「いえ……今までは素直でわかりやすくて凛々しい姫騎士様だと思っていたのに今は少し面倒くさい乙女だ、だなんて思っていませんよ?」
「うっ……」
正直自分が面倒くさい女である自覚はある。
昔は散々ジェラルトさんを毛嫌いしておいて今は一緒にいたいと思ってしまっているし無茶なお願いもたくさんしてしまった。
相当面倒くさい厄介な女だと思われても仕方ない気がしてしまう。
「でも……良い方だと思いますよ。あのお方は」
「………はい」
断るのもおかしいしジェラルトさんは良い人であることには変わりないので首を小さく縦に振る。
そんな私にカレンが生暖かい微笑ましい表情をしているのが無性に恥ずかしかった。
思わず視線を逸らすと何かをずっと見つめているジェラルトさんの姿が目に入った。
戦の途中は邪魔をしないように決めていたのだがジェラルトさんの表情がどうも気になる。
私はゆっくりと近づいていってジェラルトさんに声をかけた。
「ジェラルトさん?どうしたんですか?」
「………機か」
「え?」
ジェラルトさんがポツリと呟くが私は思わず聞き返す。
機って一体……?
「シンシア」
「ひゃ、ひゃい!」
いきなり名前で呼ばれてつい声が上ずってしまう。
ジェラルトさんから敬称を付けずに呼ばれたのはこれが初めてのことだった。
「本陣から出ないでくれ。後は頼んだぞ」
いつも通りの様子なジェラルトさんだがなんだか嫌な予感がして嬉しくなった気持ちが冷静になる。
急いでイーデン伯を見るが指示に集中してジェラルトさんに気づいていない。
「ジェラル──」
「すまない。時間がないので俺は失礼する」
そう言ってジェラルトさんは走り去ってしまう。
さっきの嫌な予感がなんだったのかはわからないけど良いことではないと思う。
私は婚約者の無事を願って祈ることしかできなかった──
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