第5話 白百合の聖女、心からの感謝を
「え……?ジェラルト……?」
「ふ、フローラ………」
そこにいたのはなぜか平民の服を来た私の婚約者だった。
「なんだぁ?あんちゃんフローラ様のお知り合いなのか?」
おじさんの言葉に私はハッとなる。
つい素で話してしまっていたが今は人前。
敬語を崩すのはよくない。
「い、いや……?知り合いじゃないぞ。俺みたいなやつがフローラ様のお知り合いなわけないじゃないか」
(ジェラルトってやるべきことがあったんじゃなかったの……?どうしてここに……?)
一瞬何かの調査任務かと思ったがドレイク家には優秀な諜報隊がいると聞く。
ジェラルト自ら危険を犯して任務に従事する必要はない。
普通に話しかけても良いのか、それとも話を合わせたほうがいいのかわからない。
「どうしたんですか?フローラさん」
私がどうすればいいのかわからず困っていたのを見かねたシンシア王女がこっちに近づいてくる。
そしてばっちりジェラルトと目が合った。
「え……?ジェラルトさん……?」
「お、おおおお俺はジェラルトなんて名前じゃないぞ!?俺はシェラルドだ!」
それ全然変わってないし本当に隠す気ある?
横にいるシンシア王女も心底呆れ返った表情で自称シェラルドを見ていた。
「お、おい……兄ちゃん?本当に何がどうなってるんだ……?」
「ジェラルトさん。流石にそこから誤魔化すのは無理があると思いますよ」
シンシア王女の冷静すぎる言葉にジェラルトはがっくりと肩を落とす。
調査任務にしてはあまりにも杜撰すぎた。
多分任務とか全然関係無いんだろうね。
「はぁ……まさか二人に会うとは……」
「お、おい……兄ちゃん本当に何者なんだ……!?この街の者じゃないのにフローラ様と本当にお知り合いだったなんて……!」
いつの間にか周りにぞろぞろ人が集まっている。
私とシンシア王女の共通の知り合いっていうことが周りの興味を引いたのかもしれない。
「………別に名乗るほどの者じゃないさ」
「照れてるんですか?」
「照れてない」
私が冗談交じりにからかうと食い気味に否定の言葉が返ってくる。
決闘の後、堂々とサイモン=モーリスと論をぶつけ合っていたときとはまるで別人のようだ。
まあこういう姿も親しみやすくて可愛らしいとは思う。
私だって仮面を被っていたくらいなんだからそんな姿を見たところで失望などするはずもないのだが。
(本当はあんまり良くないかもだけど……みんなからジェラルトとの仲を認めてもらえるようにこれくらいはいいよね?)
私はシンシア王女のほうをチラリと見て小さく頭を下げる。
そして街の人達に向かって言い訳のように自分が貴族であることを隠そうとしているジェラルトのところへと歩き出す。
「ふ、フローラ様?一体……」
「フローラ様だなんてそんな他人行儀は悲しいです。あなた?」
私はそう言ってジェラルトの腕をぎゅっと抱きしめる。
他の人の前でこんなはしたないことをするなんて昔の私では絶対に考えなかっただろうけど今は違う。
少しでも私とジェラルトのことを認めて欲しい、願わくば祝福してほしい。
そんな想いだった。
「ふ、フローラ様!?そ、それではこの方は……!」
「ふふっ、この方はジェラルト=ドレイク様。アルバー王国のドレイク侯爵家嫡男にあたる方で私の……未来の夫です」
周りが騒然とし、ざわめきが収まらない。
隣ではジェラルトがボソボソと何かを言ってるけど何を言っているかまでは聞き取れなかった。
街のみんなはまさか自分たちと一緒に働いていた人が貴族、しかも他国であるゴーラブルまで名を響かせているような有力貴族の嫡男だと聞いて驚きのあまり平伏する人まで現れた。
まあ驚くよね。
私も逆の立場だったら絶対に驚くもの。
「それでは私も改めまして自己紹介を。フローラさんと同じくジェラルトさんの婚約者。アルバー王国第一王女のシンシア=アルバーと申します」
シンシア王女は私とは逆のジェラルトの腕を抱きしめながら言う。
さっきシンシア王女を口説こうとしていた人は顔を真っ青にしているけどシンシア王女はこんなことで怒る方ではない。
気にしなくても大丈夫と言ってあげたい所だけど今は他にやるべきことがある。
「フローラ様……このお方があの……!」
「ああ……!本当にありがとうございます……!」
街の人達は喜び一部の人は涙まで流していた。
ジェラルトは不思議そうな顔をして私に小声で聞いてきた。
(な、なあなんであの人達あんなに感謝してるんだ?)
(大変なときに支援してくれるって聞いて嬉しくない人はいないと思うよ?)
(は、はぁ!?どうしてそのことをこの人たちが知ってる!?)
(私がウォルシュ領でのジェラルトの評価を少しでも上げておこうと思って言っておいたの。別に守秘義務もなかったし)
アルバー王国からは遠いし気軽に来れる距離ではないがここはジェラルトの第二の実家となる。
ならば少しでも居心地が良くなるようにと思ってこの話は早めに伝えておいたのだ。
未来の夫が本当はいい人なのに何かの誤解で変な噂を流されたら嫌だしね。
(な、なんてことを……!?)
(え?ダメだった?)
(ダメじゃない……ダメじゃないけども……!くっ……!)
ジェラルトは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
そんなにダメなことだったのかな……
「フローラさん、ジェラルトさんはたまにこんな感じに突拍子もなくよくわからなくなることがあります。気にしたら負けです」
「は、はぁ……」
シンシア王女はジェラルトの不思議な反応にもいつも通りニコニコと笑みを浮かべたままだ。
私もそういうものだと思っておいたほうがいいのかな?
「ジェラルト様!先ほどの非礼をお許しください!まさかフローラ様の婚約者とは知らず……」
「……それは別に気にしなくていい。俺が何も言わなかったわけだし顔なんて知るすべもないだろう」
「あ、ありがとうございます……!」
ジェラルトと一緒にいたおじさんが慌てて頭を下げるとジェラルトは首を横に振る。
おじさんは目を輝かせてジェラルトを見ていた。
「支援だけじゃなくて御自らボランティアに参加してくださるなんて……!」
「俺たちのフローラ様がぁ……相手がジェラルト様なら非の打ち所がなさすぎて諦めるしかねぇ!」
「ガハハハ!元からお前なんかフローラ様の眼中に無いぞ!」
街の人達はドッと沸き立つ。
そこには笑顔が溢れていた。
そこにジェラルトや私を貶めるような言葉は一つもない。
「おめでとう!フローラ様!」
「幸せになってくだせえ!フローラ様!」
「ドレイク領にも届くように頑張って野菜作りますから!」
ぼつぽつと、やがて一気にみんなからの祝福の言葉が飛び交う。
嬉しくて、安心してつい涙がこぼれてしまいそうになるのをなんとか堪える。
良かった……みんな祝ってくれた……!
(そろそろ離れなくて良いのか?)
(このタイミングでそんなこと言うの?)
(い、いや……その、当たってるからな?)
そう言われて私は視線を下に向ける。
するとそこにはジェラルトの腕に押し付けられて形を変えた私の胸があった。
シンシア王女のほうを見るとシンシア王女は腕を取ってはいるものの私のようにぎゅっと抱きしめてはいなかった。
その事実を確認した瞬間、私の顔は一気に熱を帯びた。
は、恥ずかしい……人前でこんなことしちゃうなんて……
でも……
(もうちょっとだけ)
私は恥ずかしさを誤魔化すように笑い、抱きしめた腕は離さない。
ねえ、わかる?ジェラルト。
ここに集まった笑顔は、幸せはみんなあなたの優しさから生まれたんだよ?
あなたの敵はここにはいない。
みんなあなたの味方だよ。
あなただからこんなにもみんなが笑顔でいられる。
だから……
本当にありがとう──
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