第4話 白百合の聖女、想定外の来客(フローラ視点)

ぱたんと扉を閉め、廊下に出る。

そしてシンシア王女と一緒に部屋へと戻った。


「ジェラルトのやることってなんなのかなぁ……」


「ふふ、ジェラルトさんはいつもあんな感じですよ。いつもいろんなことをしてます」


「そうなんで……そうなの?」


「はい」


敬語で話しかけようとして、途中で気づいて敬語を外すとシンシア王女は優しい笑みを浮かべる。

たかだか男爵令嬢の私よりもずっと地位が上の方なのに敬語を外してラフに接する方が喜ばれる方も珍しいだろう。

私としてはもう1人ありのままの私を受け入れてくれて心から信頼できる家族、まるで姉のような存在ができて嬉しかった。

もちろんだからといってシンシア王女に対して敬意無く接するのはダメだけども。


「ジェラルトさんは既にドレイク家の次期当主として政務にも関わっていますし、もちろん士官学校の生徒として勉強や鍛錬もしていますから」


「ドレイク家の政務……じゃあ私達はまだ何も……」


「ええ。婚約関係、しかも私たちはまだ学生の身ですから本当の意味でドレイク家の仲間入りをするのはまだ先のことでしょう」


貴族社会では婚約破棄というものは往々にして存在する。

あまり良いことでは無いことは確かだが、実家の利益とするための政略結婚が逆に足かせとなってはなんのために結婚させるかわからない。

情勢が安定しない中、完全にドレイク家に嫁入りができると決まったわけではないから色々機密事項もあるであろうジェラルトの政務を手伝うことはできないのだ。


「私達はジェラルトさんを手伝うことはできません。ですが、せめて少しでも支えたいんです。そのために………仲良くしましょう?」


シンシア王女はニッコリと笑って手を出してくる。

貴族特有の皮肉が混じった言葉じゃない。

本当に心からジェラルトのことを想って、支えたいと願っているからこその言葉だった。

それだけに私はシンシア王女がジェラルトに抱える想いに気づいた。


(シンシア王女はジェラルトのこと……やっぱりそうなんだ……でも私だってジェラルトのことを支えたい……!)


ずっとどうすればわからなかった現状を変えてくれた。

震災に苦しんでいたウォルシュ領に手を差し伸べてくれた。

自分のことを1人の女として、妻として扱ってくれると親の前で堂々と言ってくれた。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


新しく輪に加わる者として、最大限の敬意をもって差し出された手を握った。


◇◆◇


「私たちもこれからどうしましょうか?昼食をとるにしても少し早いですし……」


「私はボランティアに参加しようかなって」


「ボランティア、ですか?」


私の言葉にシンシア王女は小さく首をかしげる。

同性の私から見てもその仕草はとても可愛らしい。

こんな可愛らしい婚約者がいるのに理性がしっかりしているジェラルトはすごいなとどうでもいいことを考えてしまった。


「うん。人手を集めるために身分や、時間を問わない誰でも参加できるボランティアがあるの」


「なるほど、そういうことでしたか……」


聖女としての偶像に囚われすぎた私だけどボランティア自体は嫌いどころか結構好きだった。

街のみんなのために働けるのは嬉しい。

多分今までは聖女であるために全員に愛想を振りまいていたのが良くなかったのかもしれない。

私はあくまで私の大切な人のためだからこそ働きたいし頑張りたいのだ。


「地震の被害を受けなかった街の名所はエセルが知ってるから案内してもらうのがいいかも」


「いえ、私もそのボランティアに参加させてください」


「シンシア王女も?」


王族がこういったボランティアに参加するのはゴーラブル王国では考えられないことだ。

というか貴族も領民への関心が高い領主が資金を出すくらいでこうして実際に参加する私も結構珍しい部類だったりする。


(アルバー王国ではそれが普通なのかな……何にしてもシンシア王女がこういう御方でよかった……)


将来何事も無ければシンシア王女はジェラルトの正室となり私は側室になる。

上に立つ方が領民思いで身分を重んじる性格ではないというのはとても嬉しいことだった。


「ダメ……でしょうか?」


「ううん!一緒に参加してくれたら嬉しいな。護衛役としてエセルも連れて行っていいかな?」


「もちろんです。ジェラルトさんからは護衛は必ず付けるようにと言われていますしエセルさんなら信頼できますから」


「ありがとう」


私はお礼を言って少し離れたところに用意されているエセルの部屋へと向かうのだった──


◇◆◇


シンシア王女とエセルと一緒に街を歩く。

シンシア王女のことを知っている人はいなかったけど私とエセルにとっては生まれ育った街なのでかなり声をかけられる。

こうして人々の距離が近いのは田舎の良いところだと思う。

都会でこの距離感は中々難しい。


「ボランティアと言っても色々ありますよね?私たちは今から何をするんですか?」


「炊き出しでございます、シンシア王女殿下」


シンシア王女にエセルが答える。

力仕事もあるけどそちらは男性陣が大半だ。

私たちも力仕事はできなくはないけど貴族令嬢としての外聞からボランティアに参加するなら炊き出しのほうにするようお父様から言われている。

炊き出しだって立派な仕事だし一人一人を鼓舞し向き合うという意味ではこっちのほうが良かったりするのだ。


「炊き出し、ですか……」


「シンシア王女?」


「お恥ずかしながら私はあまり料理をしたことがありません。お菓子作りなら最近するようになったのですが……私でお力になれるでしょうか……」


シンシア王女は王族だ。

王城にたくさんの使用人がいて自分で料理をする機会がなかったのだろう。

貴族が料理をできるということのほうが少ない。

逆に王女様なのにお菓子作りをしたことがあるのがすごいのだ。


「お菓子作りってどういうのを作るの?」


「ジェラルトさんの母君がお菓子作りがお好きなんです。私も最近教わり始めまして……」


「うわぁ……ちょっと羨ましいかも……」


将来の義母となる人と一緒にお菓子作りをする。

怖い人だったら緊張してしまうがシンシア王女の反応的にそういうわけではなさそうだ。

将来の義母と仲良くできるならぜひしたい。


「きっとフローラさんもお呼ばれすると思いますよ」


「それまでに色々練習しておかなくちゃ……!」


私は高級料理は作れないが家庭料理は割と作れる。

ボランティアに参加するたびに街のおばちゃんが教えてくれるので自然と覚えたのだ。

お菓子も教わった中に入っている。


「あと炊き出しは料理が苦手でも大丈夫だよ。たくさん用意しなくちゃだから煮込む系の料理が多いしスキルはほとんど必要無いから」


「そうでしたか……少し安心しました」


材料はたくさん切らなくちゃいけないがシンシア王女は強い剣士だし刃物の扱いは問題ないだろう。

街の広場に行くと既に女性たちが集まっていた。


「私たちも参加してよろしいですか?」


「まあ!フローラ様!もちろんです!そちらのお方は……」


「はじめまして、アルバー王国第1王女のシンシア=アルバーと申します。今日はよろしくお願いします」


女性たちは驚きのあまり目を見開く。

そしてすぐに平伏した。


「も、申し訳ありません!王女殿下とはつゆ知らず……!」


「お構いなく、顔を上げてください。フローラさんと一緒にボランティア活動をしにきました」


王族がボランティアをすると聞いてなおのことみなは驚く。

しかし無事参加できることになり少しずつ馴染んでいった。

もちろん護衛のエセルは調理には参加せずに周囲を警戒してくれている。


「シンシア王女殿下……切るのがお早いですね……!」


「剣とは少し勝手が違いますが意外と大丈夫みたいです」


「剣も使われるんですね。フローラ様みたい……!」


「ふふ、フローラさんは本当にお強かったです。私では敵いませんね」


「フローラ様すごい!」


おばさんや子供にも身分を感じさせないほどフランクに接してくださっている。

調理場は終始穏やかな空気が流れており、無事に料理は完成した。


匂いにつれられ休憩に入っていた人たちがやってくる。

私たちはスープをよそいながら一人一人に声をかけていった──


「あちらの皆様も休憩に入るみたいです」


「了解しました。持っていきましょう」


見ると確かに一つのグループが休憩に入ろうとしていた。

私とシンシア王女は女性たちと共にスープとパンを持って近づいていく。


「お疲れ様でした」


「フローラ様!ありがてぇ!」


「午後も頑張ってください」


「おお……!嬢ちゃんべっぴんさんだなぁ……!」


シンシア王女を知らない人が口説こうとしていたけどシンシア王女はニコニコと笑ったまま綺麗にかわす。

そんな様子を呆れて見ていると少し離れたところに2人組が座っているのが見えた。

私は配膳者から2セットパンとスープを持って近づいていく。


「お二人もお食事はいかがですか?」


「ああ、ありが──」


私の声に振り返った一人の若者と目が合い2人同時に固まる。


「え……?ジェラルト……?」


「ふ、フローラ………」


そこにいたのはなぜか平民の服を着た私の婚約者だった──

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