第6話 くっころガチ勢、別れを見届ける
なぜだ……なぜこんなことになった……!?
夜、俺は一人宿屋の自室で頭を抱えていた。
思い出すのは当然今日の昼のこと。
どんなことをすれば民から嫌われるのか効果的なのかを知るためにボランティアに参加したのに途中で俺のことを知るフローラに運悪く遭遇してしまった。
そのせいで何故か俺が民を思いやる優しい貴族みたいな評価を受けることになってしまった。
しかも畳み掛けるかのように悪いことは起こるものでまさかのフローラが前もってウォルシュ領を支援するのがドレイク家だとバラしてしまっていた。
他国の貴族の家紋なんて平民が知るわけ無いから隠し通せると思ったのに……!
しかも夫を立てる妻、という観点で見れば完璧な動きであり咎めることもできないのだ。
考えうるなかで最悪の状況である。
やることなすこと全て裏目に出ている。
もっとみんな俺のことを嫌ってくれよ!
そうじゃないとくっころに繋がらねえじゃねえか!
「はぁ……ここを楔にするのはもう無理だな……」
義両親にも気に入られた自覚はあるし、フローラはなんか俺の腕に抱きついてくるし、シンシア王女も便乗してくるし、民たちも祝福の言葉をかけていった。
もはや万事休すである。
(仕方ない……くっころ計画は帰国するまで延期だ……)
幸いシンシア王女もフローラも婚約者となったから時間はたっぷりある。
虎視眈々とチャンスを待って数少なく小さなチャンスだとしてもくっころを実現させなくては……!
「はぁ……今日はもう寝よう……まだあと数日で何かできることがあるかもしれないしな……」
俺はベッドの布団にもぐり込み来ると信じるくっころに思いを馳せる。
しかし今日一日で何も得られないどころか大幅にマイナスになってしまったことが精神的に結構辛かった。
そんな思いを抱えたまま俺はふて寝した──
◇◆◇
〜数日後〜
「久しぶりに会えて本当に良かったです」
両親、そしてたくさんの領民の前でフローラは呟く。
今日はウォルシュ領を発ち、ゾーラへと戻る日。
フローラの見送りに、とたくさんの人々が集まった。
これだけでフローラの愛され具合というものがわかるものだな。
「いつでも私たちはフローラの味方だ。安心しなさい」
ルドルフ男爵は噛み締めるようにフローラに言う。
その目には少し涙が浮かんでいた。
領民たちの中にも何人か泣いている人が見受けられる。
「フローラ……兄さんも来れたら良かったんだけどちょうど仕事が入ってしまって……」
「いえ、お兄様。大兄様がお忙しいのはわかっていますから。会えないのは少し寂しいですが文を残しましたので渡しておいていただけるとありがたいです」
「ああ、もちろんだ。僕もドレイク領の方へ手紙を書くよ」
「はい。お待ちしています」
フローラの下の兄と別れの言葉を交わす。
どうやら上の兄は仕事の都合でこれなかったらしいな。
しばらく抱擁を交わしていると次は姉らしき人が近づきフローラ兄は抱擁を解く。
「ふふっ、まさか私より早く婚約することになるなんてね?フローラ?」
「ふふ、すみません」
「侯爵家のご嫡男で本人はあんなにできた人だなんて本当にすごいじゃない。ちゃんと幸せになるのよ?」
「……!はい!」
「私だってあなたに負けない良い夫を見つけてみせるわ。これはお姉様たちから届いた手紙よ」
「ありがとうございます。後でゆっくり読ませていただきますね」
フローラの上の姉たちは既に結婚して家を出ているらしい。
残った一人の姉はまだ婚約していないらしいが見た目も綺麗だしウォルシュ家の血筋なのだから売れ残ることはないだろう。
フローラは上の姉たちからだという何通かの手紙を受け取り嬉しそうに笑う。
兄姉から本当に愛されてるな。
俺とアリスの絆には負けるかもしれないが他の貴族家なんて家督を巡って殺し合いをする兄弟がいるくらいなんだからウォルシュ家は仲が良すぎる部類に入るだろう。
「フローラ……本当に大きくなったわね……」
「お母様……」
フローラの母君はフローラを抱きしめ涙を流す。
そりゃあ親だもんな。
娘を嫁に出すというのは寂しいのだろう。
「昔はあんなに小さかったのに……いつの間にか本当にきれいになって……あなたは私の自慢の娘よ」
「ああ……お前は本当に私達の自慢だよ。これ以上の娘は他家にはいない」
「ふふ、ありがとうございます……お母様、お父様……」
隣のシンシア王女も少し涙ぐんでいる。
俺は泣きそうにはなってないけど今このときは家族水入らずの時間にしてあげなければならない。
くっころを見るために悪役であろうとしてもそれくらいの空気は読める。
しかし時間というのは過ぎるもの。
特に俺達はあまり時間を無駄にして良い立場ではないのでもうそろそろ出発しなければ次のスケジュールに影響してしまう。
俺は心を鬼にしてフローラたちに近づいた。
「フローラ……そろそろ……」
「はい。わかってます」
フローラは俺に向かってコクリと頷く。
そして歩き出そうとするとルドルフ男爵が口を開いた。
「ジェラルト様……出発の前に私たちの話を少しだけさせていただいてもよろしいでしょうか?そう時間は取らせません」
俺はシンシア王女のほうを向くとシンシア王女は頷き返す。
それくらいの時間の余裕はあるようだ。
「いいでしょう。なんでしょうか?」
「私達ウォルシュの血を引くものは大昔、初代様が強大な癒やしの魔力で数々の民を治した功により当時の国王によって貴族と成った家です」
「ええ、知っていますよ」
「初代様は権力を望まなかったんです。ただ平和に暮らしていれさえすればよかった。だから辺境の領主をしていますし爵位も男爵のままです」
これが血統特異術を持つウォルシュ家が男爵家たる所以か。
本来ならもっと上位貴族でもおかしくないもんな。
「ですが
「買いかぶりすぎです。俺はそんな──」
「買いかぶりでも良いのです。我らはあなたに感謝を伝えたい。それ以上でもそれ以下でも無いのですから」
「ウォルシュ男爵……」
「本当に……ありがとうございます」
そう言ってウォルシュ男爵は頭を下げる。
後ろにいた民たちも口々にお礼の言葉を伝えてくる。
うっ……これはフローラのくっころを見るために婚約しましただなんて死んでも言えないやつだ……
この秘密は墓場まで持っていこう……
「お気になさらず。我らは家族ですから」
そう言って俺は馬車へと歩き出す。
シンシア王女も早足で追いついてきて横を歩く。
「ジェラルトさん、すごく感謝されてますね。私も誇らしいです」
「俺は本当は極悪人なのにな。みな見る目が無い」
「ふふっ、そうですか?では私も見る目がないということにしておきましょう」
「ああ、そうしておいてくれ」
「ええ、そうすることにします」
見る目がないという会話内容なのにシンシア王女は嬉しそうに笑う。
後ろを振り返るとフローラが皆に最後の別れを告げようとしていた。
フローラはドレイク家に嫁ぐことになれば他国領であるここに気軽に帰ってこれることはできない。
情勢によってはもしかしたら永遠に帰ってこれないかもしれないのだから。
「皆さん!本当にありがとうございました!私は……この温かくて優しい皆さんのこと、この場所のことを絶対に忘れませんから……!」
領民たちは涙を流しながら思い思いの言葉をフローラに投げかける。
フローラも泣いていた。
長年育ってきた故郷との別れへの寂しさもあるだろう。
これからどうなるのかわからない不安もあるだろう。
だけどきっと最後は笑って終われる人生になることを信じて──
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修学旅行行ってきます。
そのため月、水、金を更新お休みにしてもう既に書いてある2話分を火、木に放出します。
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