第2話 くっころガチ勢、異世界に転生する

目が覚めるとそこは知らない天井だった。


(あ、あれ……ここ、どこだ……?そもそも俺はどうして……)


頭がぼーっとして動かない。

どうしてこんなところにいるのかもわからなかったが徐々に記憶が鮮明になってくる。


(そうだ……俺不良に脇腹を刺されて……じゃあ俺は助かったのか……?)


もしそうだったら助けた女の子とのラブコメでも始まってくれないかなぁと思いつつ自分の身体を確認しようとすると思うように体が動かないことに気づく。

なんというか上手く力が入らないのだ。

首も回らないし視界も少しぼやけている。


「ジェラルト!起きたのね!」


は?ジェラルト?誰だそれ……?

俺が疑問に思っていると一人の女性が駆け寄ってくる。

20代くらいの女性でゆるふわな茶髪が印象的な美人。

明らかに日本人でも知り合いでもない女性が知らない名前を呼びながら俺を見ている状況に困惑する。

一体何が起こってるんだ……?


「おお。ジェラルト。目が覚めたのか。昨日高熱を出したときは心配したぞ」


「そうね、あなた。本当になんともなくて良かったわ……」


何か紳士然とした男の人まで来てしまった。

すごいイケメンで女の人の肩に手を回しているが2人は夫婦なのだろうか。

羨ましいぞこんちくしょうめ。

だがもし俺のことを助けてくれたのならお礼を言わなくちゃならないな。


「あぅ、ばぶ、だぁ……」


(っ!?声が……でない!?)


全く舌が回らない上に漏れ出た少しの声も自分のものではないみたいに聞こえる。

一体俺の体に何が起こっているのだろうか。


「あらあらジェラルトどうしたの?」


「はは、元気なのはいいことじゃないか」


そう言って女の人が軽々と俺の体を持ち上げる。

というか……2人とも体デカくね!?

俺の身長一応170はあるんだけど……

俺が混乱していると後ろにあった鏡の存在に気づきそこに映っているものに驚愕する。


(おいおい……この2人が抱きかかえてるのって赤ちゃんじゃねえか。ということはもしかして……)


この女性に抱きかかえられているのは俺しかいない。

そこに気づいて俺はある一つの結論にたどり着いた。


(まさかこれ異世界転生か!?)



俺は予想もしていなかったこの状況に言葉を失った──


◇◆◇


「はぁ……はぁ……」


長い無酸素運動によって呼吸が荒くなる。

それでも剣を握る手の力は緩めず決してその素振り一つ一つに妥協しない。

子供用に軽めに作られた木剣は俺の手によって空気を切りビュンと音がする。

そして一つ息を吐き額に流れる汗を拭った。


(ふぅ……大分動けるようになってきたかな)


俺の名前はジェラルト=ドレイク。

前世は普通の高校生をしていた転生者だ。

この世界は地球とは随分勝手が違うがなんとかここまで生きてきた。

そして今はこの世界の貴族のたしなみである剣の素振りをしている。


「ジェラルト。もう素振りは終わったの?」


「お母様。午前のノルマはひとまず終わりました」


後ろから話しかけられ振り返るとそこに立っていたのはこの世界の俺の母、オリビア=ドレイクだった。

優しい微笑みを浮かべながらタオルで俺の汗を拭いてくれる。

とても若々しく美人な母親で母乳を飲むときはどうなるかと心配だったが本能には勝てないらしく普通に何も感じなかった。

そして今は少しお腹が膨らみ俺の弟か妹が宿っている。

どうやら散歩がてら近くを通ったらしい。


「もう、ジェラルトはまだ5歳なのだからまだ剣の稽古はしなくてもいいのよ?士官学校までにできれば良いことなのだから」


この世界の人間は身体強化や錬成、付与などの魔法は使えるが炎を出したりなどの放出系の魔法を使えない。

なのでその分、剣術が発展し貴族は皆15歳になると剣や勉学に励むための士官学校に入学する義務がある。

別に達人である必要はなく最低限の技能さえあればいいので入学に間に合うように10代前半から剣を習い始めるケースが多く俺のように年が一桁で剣を握るのは珍しいのだ。


「いえ、お母様。僕もドレイク家の長男として恥じないように剣を頑張りたいと思います」


「まぁ……!それを聞いたらイアンも喜ぶわ……!」


イアンというのは俺の父親の名前でアルバー王国の侯爵であるドレイク家の当主だ。

俺が生まれたこのドレイク家は騎士の名門らしく父は侯爵の地位だけでなく軍務卿も務めている。

将来ドレイク家を継ぐことになるだろう長男の俺が剣に興味を持っているのは両親としては喜ばしいことなのだろう。


しかし俺が強くなろうと頑張っているのは両親には申し訳ないが別にドレイク家のためとかそういうのではない。

俺のたった一つの大きな夢であり目標を叶えるため。

そのためには誰にも負けない強さが必要だった。


その夢とは──


(俺は本物のくっころが見たいんだ!異世界という本場のくっころをどうしても生で見たい!)


もちろん俺自身は楽をして全然戦えなくても女性騎士が誰かに負けることがあれば第三者目線でくっころが楽しめるときもあるだろう。

だがそれでは俺がその場に居合わせなければ見ることができないし運が悪ければ一生その場に立ち会えないかもしれない。

そんなのは絶対嫌だし俺は一回だけでは絶対に満足できない。


ではくっころを安定して何回も見るためにはどうするのが最適なのか。

それは俺が女性騎士を負かす側になればいいのだ。

悪役を演じそれを成敗しにきた女性騎士を返り討ちにし続けることで永遠にくっころを見続けることができる……!

そんな俺の完璧な作戦に必要不可欠である強さを手に入れるためにはこのドレイク家はこれ以上無いくらい適していた。


「お母様。お願いがあるのです」


「あら、なにかしら。私にできることならなんでもするわ。言ってごらんなさい」


「僕はもっと強くなりたいのです。そのために剣を教えてくれる師匠を付けてほしいです」


この世界には数え切れないほどの剣術流派が存在している。

どの流派にも強みや弱みがあり極めるのだって適正がいる。

そんな人生を左右すると言っても過言ではない流派を文字が読めるようになったばかりで色んなことを勉強中の俺が把握しているわけがない。

剣に詳しい両親に良い師匠を探してもらうのが強さへの最短ルートであり確かな道筋だった。


「まぁ、師匠を……。本当なら5歳に師匠なんて付けないのだけどジェラルトは基礎がしっかりしてきているものね。少しイアンと相談してみるわね」


跡継ぎ息子の流派を母の一存で決められるとは思ってなかったので想定の中で最高の反応を引き出せた。

俺は笑顔を浮かべ母に一礼する。


「ありがとうございます、お母様。よろしくお願いします」


「いいのよ。普段あまり物を望まないあなたのおねだりですもの。イアンと相談することくらいはするわ。でも必ず師匠を付けてもらえるとは思わないようにね。最終的に決断するのはイアンだもの」


「はい、わかっています。ですがお父様に取り次いでいただけるだけでも嬉しいですから」


「もう……!ジェラルトは本当にいい子ね!」


母が俺のことをムギュッと抱きしめる。

大きなお山に俺の顔が埋もれていたが血の繋がった母には欲情できない。


俺は絶対に強くなるんだ。

くっころを見るためなら俺はどんな苦痛にだって耐えられる。

今世はくっころ三昧の幸せな人生にするんだ──


母の胸に埋まりながら苦笑いを浮かべ、心の中でそう決意した。

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