第25話 正義の姫騎士、噂の真相を知る(シンシア視点)

「一体何を考えているのですか!お父様!兄様!」


私は国王の部屋にてお父様と兄様に向かって声を張り上げていた。

少し離れたところでお母様が心配そうにこちらを見ている。


「何を考えているも何も派閥の強化だ。このままでは永遠に国内から不穏分子を取り除くことができぬ。今は平和な世ではないのだぞ」


「それは……」


「父上のおっしゃる通りだ。もし戦争が起こり不穏分子がそれに乗じて王国を乗っ取れば一番被害を被るのは愛する民たちだ。それにそなたも王族。政略結婚は覚悟していたはずだが?」


頭ではわかっていた。

ドレイク家に力を借りるしかないこと。

そのためには自分が臣籍降下してドレイク家に嫁入りするのが一番だということも。

しかし私だって一人の女の子だった。

恋愛結婚ができるなんて思っていなかったが結婚というものに憧れる気持ちは確かにあったのだ。

しかし現実は無情にも結婚相手はあの男だった。

何度も剣を交わしたことで最初ほどの忌避感はなかったが結婚するとなると話は別だった。


「そもそも……なぜ私に何も知らせず結婚を決めてしまわれたのですか!?王族の婚約はそんなに軽いものではないはずです……!」


「簡単な話だ、シンシア。あの狸に絶対に悟られるわけにはいかなかった。故に知っている人物は本当に一握りの必要最低限の人数だけだ。そなたが腹芸が得意ではないことは余が一番よくわかっている。だから伝えなかったのだ」


「……!」


「伝えておかなかったことは済まなかった。許してくれとは言わないが謝らせてもらおう」


そう言って兄様は私に頭を下げた。

兄様とお父様の判断はどこまでも合理的だった。

自分が一番子供で今のこの状況も私がただ駄々をこねているだけだ。

そんな自分が情けなくなった。


「いえ……こちらこそ声を荒げてしまい申し訳ございませんでした」


「いや、そなたが謝る必要はないさ」


「お父様もお母様も申し訳ございません」


「そなたの気持ちもよく分かる。そう気に病むでない」


「そうよ、シンシア。私たちは家族だもの。そのくらいの愚痴はいつだって聞くわ」


そう言ってお母様は私を優しく抱きしめる。

母に抱きしめられたのはいつぶりのことだろうか。

とても温かくて優しいぬくもりに心が静まっていく。


「シンシア。今日はもう休むといい。それとこれだけは言っておかねばならぬ。ジェラルトはそなたの思っているような男ではない。一度ドレイク領に行ってみるといい。自分自身の目で全て確かめてこい」


「……わかりました、兄様」


そして私はいつかのときと似たようなことを言われ自室へと戻るのだった──


◇◆◇


(ここがドレイク領ベトラウ……話には聞いていたけどまさかここまでなんて……)


私は士官学校の休日、届けを出して学園内を出て兄様に言われた通りドレイク領のお膝元であるベトラウに来ていた。

そして正直に言ってしまうならば想像以上だった。

王都よりは大きくないが民の笑顔の数や活気が比べ物にならない。

栄える王都にも影があり貧民街や乞食などが多くあるがこの街は王都よりも輝いているにも関わらずその類いをほとんど見ない。

少し遠くに堂々と建つドレイク家の屋敷は素人目にも素晴らしい技術で作られている堅牢な砦なのがわかる。


(この街は本当に異常なくらい栄えている……これがドレイク家の力ということですか……)


ドレイク家は武で知られた豪傑の家。

だがこのベトラウは代官を立てているわけでもなくドレイク侯自ら指揮する経済政策が上手くいっているということ。

武だけでなく内政にも通ずるとは一体どれだけ優秀なのか。

あの男があそこまで優秀なのもこの街を見ただけで否が応でも感じさせられた。


(兄様はドレイク領に来れば知りたいことがわかると言っていましたが……聞き込みでもしてみますか)


私はそう思って誰かに話を聞くべく歩きだすと突然話しかけられる。

びっくりして思わず振り返ると人の良さそうな八百屋の店主だった。


「よう嬢ちゃん随分べっぴんさんだなぁ!ほれ、これでも試しに食べてみぃ。ドレイク領自慢のリンゴだよ!一口食べればみんな笑顔さ!」


「へ……?」


私は今、王家特有の金髪を布で隠しているため正体には気づかれなかったようだが話の内容はあまりにも意外なものだった。

私は慌てて財布を取り出そうとすると店主に笑って止められる。


「お金はいいってもんよ。嬢ちゃんはここらで見ない顔だし客人か旅人なんだろ?ドレイク領の良さを知ってもらうためにもここは一つタダで食べてくれ!」


「えっ……?ですが……」


「いいってもんよ!ほら!」


私はつい赤くていい匂いのするリンゴを受け取ってしまう。

今の自分は身分なんて何も無いはずなのに食べ物をタダでくれる。

そんな今の状況は私が全く知らないものだった。

毒物検知の魔道具は反応していない。

私は恐る恐るリンゴを一口かじってみる。

すると甘い果汁と香りが鼻を抜けていった。


「おいしい……!」


無意識にそんな言葉が口に出ていた。

外で立ったまま何かを食べることも果物を切らずに丸ごとかじりつくというのも初めての体験だった。


「あら、またあんたリンゴをそのままあげちゃったのかい!」


「うぇっ!?」


私がリンゴを食べていると中からおばさんが出てくる。

タダで貰ってしまい申し訳ないという気持ちが再び湧き上がってきた。


「あ、あの……すみません……」


「ん?ああ、良いのよ。お嬢ちゃんは何も悪くないからね。それよりも今ちょうどアップルパイが焼けたんだ。そのままのリンゴもいいけどアップルパイも最高なんだよ。お客人にお出しするときはアップルパイって言ってるのにあの人ったら……。ほら、お食べ」


そう言っておばさんは小さな皿にアップルパイを乗せて渡してくれた。

しかし私はもうリンゴも貰ってしまっていたため慌てて首を横にふる。


「そんな……!もらえないですよ……!私はもうリンゴを一つ頂いてしまっていますし……」


「いいのよ。遠慮されるより食べてくれるほうが嬉しいわ」


「……本当によろしいのでしょうか?」


「ええ。もちろん」


私はフォークをパイに刺して口に運ぶ。

するとリンゴの香りはそのままで砂糖と生地の甘みがよく合っていてとても美味しかった。

王宮で食べるデザートよりも何倍も美味しい。


「あはは、気に入ってくれたみたいでよかったよ」


「本当に美味しいです!ありがとうございます……!」


「いいってもんよ。いつもお世話になってるジェラルト様がめでてえことにシンシア王女殿下とご婚約されるんだ。こんなめでたいことはみんなで分かち合わなくちゃね」


「あ……」


すでに私たちの婚約は国民たちに発表されている。

この熱気もお祝いムードがゆえだったのかと一つ納得した。

しかし一つだけ気になる話があった。


「その……ジェラルト様にお世話になったって何かあったのですか?」


「おうよ、嬢ちゃん!あの方はいつも街に降りてきたら俺達の話を聞いてくださったり相談に乗ってくださったりするんだ!このリンゴだってジェラルト様が教えてくださった肥料を使って育ててるんだぞ!」


「全くアンタが自慢げにしてどうすんだい……」


「そんなことが……」


貴族の子供が、しかも侯爵なんて大貴族の子が街に出て町民たちと仲良くしているなんて信じがたい話だった。

しかし目の前の2人に嘘を付いている様子は全く無い。

一体何がどうなっているのかわからなくなっていった。


「そんな素晴らしいお方がなぜ『凶暴令息』などと呼ばれているのですか?」


「おや、嬢ちゃんは何があったのか知らないのかい?」


「何かあったのですか?」


「おうよ。なんかモーンなんちゃら?みたいなお貴族様が突然街の女性を側室にするとか言い出して抵抗する女性の恋人に斬り掛かってだな。その騒ぎを聞きつけたジェラルト様が駆けつけて助けてくださったんだ!」


「え………?」


「かっこよかったなぁ……あのときのジェラルト様。横暴な貴族に全く臆さず決闘で追い返しちまったんだ!あれを見た時はもう震えたね!」


目の前の自慢気に話す様子を見ていつの間に集まったのか他の町人たちもうんうんと頷いて笑顔で話に花を咲かせていた。

噂話ではなくという話が大量に。


(そんな……それじゃあ私は……私は勝手に噂を鵜呑みにしてなんの罪もない人を嫌っていたというの……?)


今まで感じていた何かがあっという間に崩れていく感覚がする。

それはジェラルトに対してではなく自分に対しての嫌悪感だった。


(本当に私は愚かだった……兄様の言っていた通り何も見えていなかった……それなのに……何が正義ですか……)


私は話を聞かせてくれた八百屋の店主夫婦にお礼を言い、とてつもない自分への嫌悪をこらえながら宿へと戻った。

これからどうすればいいのだろうか。

一体どんな顔をしてあの男に会えばいいのだろうか。


そんなときだった。

突然外が騒がしくなりこんな声が聞こえてきた。


「みんな逃げろ!門が魔物に攻撃されてる!」


私は考えるよりも早く剣を取り外へ駆け出すのだった──

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