第26話 正義の姫騎士、戦場を知る(シンシア視点)
街は先程の平和な空気が消え失せ、ピリつくような重苦しく不安で包まれていた。
兵士の指示を聞きながら住民たちが避難していく。
この状況下で混乱に陥らないのは流石としか言いようがなかった。
(早く向かわなくては……!街の被害を少しでも抑えなくてはなりません……!)
私は避難する住民たちの邪魔にならないよう屋根を伝って煙の上がっている方へと向かう。
あと少しと言ったところで門の前に兵たちが待機していた。
「何者だ?ここは危険だ。早く避難しなさい」
「いえ。私にも手伝わせてください。戦いの心得はあります。足は引っ張りません」
「……今は人手が必要だ。ただし命の保証はできない。こちらの指示に従い自分の命は自分で守ってくれ。それが守れるならば力を貸してほしい」
「それで構いません。私も参加します」
まだ門は破られていないが硬いものがぶつかり合う音が聞こえてくる。
魔物たちが門を破ろうとしていて、こちらは門を開け反撃に出るタイミングを伺っている状況。
戦場の重苦しい雰囲気が漂う中一人の人物が私に近づいて耳打ちする。
「殿下。それは流石に危険すぎます。どうかお下がりください」
「お断りします。それに今の私は一般人。民を守るためにあなたの力を貸してください、マーク」
そう呼ばれた人物は少し苦笑する。
マークは私が子どものときから護衛としてそばにいてくれるおじさんのような存在。
付き合いが長いだけに私が絶対に引かないことを理解しているのだ。
「わかりました。ただし御身はこの国の希望です。絶対に自分の身はお守りいただきますよう」
「はい、理解しています」
私たちがそう頷き合うと先ほど話した隊長格と見られる人物が声を張り上げる。
どうやら出陣のようだ。
「初陣がこんなことになるとは思いませんでしたが……全力で戦います」
「どうかご武運を」
門が開かれ押し寄せる魔物たちを押し返す。
魔物たちの陣容は一貫性が無くバラバラでどうしてこうなったかはわからないがとにかく押し返すしか無い。
「アルバー剣術……受けの型、バックサイドスイング!」
後ろに飛びながら体を捻り攻撃を避けて敵を斬り裂く。
初めて直接魔物と戦うこと、そして過去のこともあり体がどんどん熱くなって呼吸も荒くなっていく。
(これが戦場ですか……想像以上に嫌な空気です)
一振りごとに敵が血を流し倒れていく。
これが魔物だからまだ剣を振るうことができていたが相手が人間だったらもう剣を振れなかったかもしれない。
(マークは言わずもがなですがベトラウ兵も数が少ないのに強い……!まさか騎士団ではなく末端の兵までもここまで強いのですか……!)
マークはいつでも私のフォローに入れるように近すぎず遠すぎずの位置で戦っているが王族の護衛を任されるだけあってこの場で圧倒的に強い。
だがベトラウ兵もまた魔物を押し返していた。
一対一で戦えば私が勝つだろうがベトラウ兵は数人で小隊を作り見事な連携で魔物を倒していく。
戦場でどちらのほうが活躍できて指揮官が扱いやすいかと聞かれればベトラウ兵を選ぶだろう。
「よし!敵が減ってきたぞ!この調子で撃退しろ!」
魔物の攻勢が弱まっていき前線を押し込んでいく。
街に入りこまれないように討ち漏らすことなく丁寧にゆっくりと歩みを前へ進めていった。
(このままいけば勝てる……!あとはみなと協力して……)
そのときだった。
猛烈な揺れと共に耳を突き破るかのような轟音が鳴り響く。
一瞬何が起こったのかわからず戦場が止まった。
(一体何が起こって……!……っ!?あれは……!)
目に入ったのは数メートルをゆうに越す巨躯と岩石に覆われたその体だった。
直接見たことはない。
だけどその姿には聞き覚えがあった。
「ゴーレム……!どうしてこんなところに!?」
ゴーレムは鉱山地帯によく見られる魔物だ。
平野に作られた街であるここベトラウになぜ出現したのかはわからない。
しかしそのたった一匹の出現でベトラウ軍は一気に窮地に落とされた。
「まずい……!今の我々にあいつを倒す準備は無いぞ……!?ここは一度撤退だ!退け!」
隊長格の兵の指示のもと慌てることなく
そして最後の兵が中に入ると同時に門を閉めたのだった。
「はぁ……はぁ……なぜあんな魔物がここに?」
「わからぬ。だが倒す兵器を用意しようにもただの大砲では何門あれば足りるのか……急ぎ火薬兵器を準備しろ!ありったけだ!」
そう隊長格の指示を受け兵の何人かが急いで走り出す。
私は思わず唇を軽く噛んだ。
「ドレイク侯や騎士団がいれば倒せたかもしれないのに……」
「それをぼやいても仕方ないさ。今は自分たちの手で故郷を守るしかない」
ドレイク侯は今、騎士団やベトラウ軍本隊を連れて前線へと出ていた。
他国と戦争が起こったわけではなく不審な動きが見られたため警戒して国境付近の警備をしているのだ。
兵の数は限られていて守城兵器もゴーレムなどの硬い敵を想定したわけではないので矢や投げ槍の類が多くゴーレムには通用しないだろう。
なんとか逆転の手を探しているそのときだった。
あのときよりさらに大きな轟音が鳴り響く。
慌てて振り返るとそこにあったはずの堅牢な門に巨大な穴が空いていた。
「まずい……!魔物が中に入ってくるぞ!迎撃だ!」
魔物が続々と空いた穴から街の中に入ってくる。
そこには穴を開けたと見られるゴーレムの姿もあった。
ゴーレムはのしのしと街の中心部へと歩き出した。
「戦力分散は愚の骨頂だがこの場合は致し方ない……!隊を2つに分けるぞ!三分の二はここで魔物を防ぎ三分の一は俺についてこい!」
私はすぐさま走り出そうとすると手を掴まれる。
振り返るとそこにいたのはマークだった。
「殿下。どちらへ?」
「私はゴーレムを止めに行きます。マークはここで魔物を防いでください」
「殿下!しかし……」
「これは命令です。ことは一刻を争いますよ」
「……承知しました。殿下、どうかご無事で!」
マークは振り返って魔物と戦い始める。
その様子を見届けた私はゴーレムを追いかけ走り始めた。
なんとしてでも街の人達のところにたどり着かれる前に止めなくてはならない。
しかしゴーレムは私たちのことなど気にもせず攻撃を全て受けながら街の内部へとどんどん歩いていった。
「くそ!死ぬ気で止めろ!こいつを絶対にたどり着かせてはだめだ!」
(攻撃が通らない……!いくらなんでも剣で岩を斬るなんて……!)
火薬兵器を使おうにも重い砲台を門付近から持って追いつくことは不可能。
つまり剣を始めとした武器で戦わなければならないのだダメージを与えるどころか剣のほうが刃こぼれしてしまう。
そして硬いものを攻撃し続けることで握力もどんどん失われていった。
(このままでは……!なにか方法は……!)
そのときだった。
今まで私たちのことなど全て無視していたゴーレムが突然拳を振り上げ横に薙ぎ払った。
攻撃してなんとか止めることで頭を占めていた私たちは虚を突かれ防ぐ間もなくふっとばされる。
壁に強く叩きつけられた私は猛烈な背中の痛みと共に息が一瞬できなくなる。
なんとか致命傷は避けたものの一撃で戦えなくなってしまった。
(誰か……他に戦える者は……)
辺りを見渡すがさっきまで一緒に戦っていた兵たちはみな起き上がらない。
一気に戦える戦力がこの場からいなくなってしまった。
のしのしと地を揺らしながらゴーレムは私の方へと歩いてくる。
もう住民たちの避難所は目と鼻の先でありすぐにでも到達されてしまいそうだった。
(みんな……逃げて……)
ゴーレムは私の目の前で止まった。
絶対に勝つことができない生物としての圧倒的な格の違いを見せつけられた。
もはや立ち上がることも剣を握ることも叶わない。
(ああ……私ここで死ぬのかな……)
ゴーレムが拳を上に振り上げる。
その瞬間、死の気配がさらにひしひしと伝わってくる。
もう逃げられない。
死の恐怖はあったけど泣きたくなかった。
最後まで気丈に振る舞ってこの人生を終えよう。
ああ……最後に一度だけ……あの人に会ってちゃんと謝りたかったな……
(お父様、お母様、兄様。最後までご迷惑をかけて申し訳ありません。先に逝くことを、お許しください……)
私は死の覚悟をして目を瞑る。
しかし自分の体に衝撃は来なかった。
それどころか温かい何かに包まれる。
「ふぅ……危機一髪、だな」
耳に入ってきたのは今まであまり聞きたくなかった声。
しかし今は誰よりも安心する声だった。
自分がずっと誤解していた本当は心優しい人。
私を抱きしめ守ってくれていたのは私の未来の旦那様だった。
「ジェラルト……さん……」
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