第27話 くっころガチ勢、姫騎士を守る

「ふぅ……危機一髪、だな」


(あ、あっぶねぇ……あと一瞬遅れてたらやばかったなぁ……)


俺は右手の剣でゴーレムの攻撃を防ぎ左手でさっきまでゴーレムと戦っていた女性を抱きかかえていた。

本当はこんな浮気みたいなことしたくないのだが無理やり女性を自分の後ろにやって体を割り込ませないといけないくらいギリギリだったのだ。

領民を守るためなので今回くらいは見逃してほしい。

まあ一夫多妻が普通の貴族社会だし大丈夫か。


俺はたまたま父の抜けた穴を埋めるために政務を手伝っており今回の騒動が起こったとき俺は街の外でのベトラウ近郊で崖崩れの報を受け直接現地に確認しに行っていた。

スタートが遅かった上に街に魔物を入れないように必死に戦ってくれていた兵たちの助太刀もしていたため、駆けつけるのが遅れてしまいこんなにもギリギリのタイミングになってしまったのだ。

こういう展開漫画とかでよく見るけど実際に起こったらたまったものじゃないな。

心臓に悪いし、もし助けられなかったら一生後悔する。

いやー間に合ってよかった!


「ジェラルト……さん……」


「助けるのが遅れてすまない。怪我は…………え!?」


その瞬間、女性の髪に纏っていた布がはらりと落ちる。

目に飛び込んできたのは何度見ても美しいサラサラの長い金髪だった。


(え!?シンシア王女!?なんでこんなところにいんの!?来訪の予定は特になかったはずなんだけど!?)


見間違えかと思ったが間違いなく俺の腕の中にはシンシア王女がいる。

ちょっと何が起こってるのかわからないですね。

夢って言われたほうがまだ現実的だった。


「あの……ジェラルトさん……私……」


「は、話は後にしましょう。まずはあいつを倒してきます。シンシア王女は怪我の手当を」


「……はい。どうかご武運を」


「ええ。私に任せてください」


俺は近くにいた兵士を呼び寄せシンシア王女の手当と先ほどまで戦ってくれた兵たちの回収と手当も頼む。

そして俺は立ち上がりゴーレムと向き合った。


「ジェラルト様!無茶です!我々も共に!」


「良い、手出し無用だ。お前たちはそこで見ておけ」


「……っ!ですが……」


「信じろ、お前たちの将来の主を。今の私ではこれくらいのことしか言えん」


「……はい!もちろんですとも!」


全く俺のことを心配してくれるなんて随分優しい兵たちじゃないか。

でも今回ばかりは俺に任せてもらおう。

絶対に譲れない理由が俺にはある。


「我が領地を荒そうとは、舐めた真似をしてくれるな。しかもゴーレムとは随分きな臭い。駆除される覚悟はあるんだろうな?」


ゴーレムは言葉を発さずただ咆哮する。

こいつの知能なんてそんなものだ。

だからこそ今回の件はきな臭い。


「お前は俺の大切なものをたくさん傷つけた。その罪、その命を以て償ってもらうぞ」


(よくも領民たちを……よくもシンシア王女を傷つけてくれたな……!彼らは俺の大切な領民たちだ。そして彼女は将来の俺の妻であり俺の命より大切な姫騎士くっころを生み出せる貴重な人材なんだぞ?絶対に許さない……!)


ほとんど使ったことがない全力の魔装を身に纏う。

こいつだけは絶対に許せない。

俺の全力を以て叩き潰してやる。


『グォォォォォ!!!!!』


「紅月流……返ノ術、隠月いんげつ『嵐』」


敵の拳を躱しその動きに合わせ、目に見えぬほどの僅かな間で3振り。

人間でいう手首、二の腕、肘の部分を切り落とした。

岩相手だろうが金属が相手だろうが紅月流はいとも簡単に切り裂く。

いくら一撃が大きくとも魔装を纏えば当たることはありえない上に斬るのも容易い。

もっと硬くて厄介なのかと思っていたけど雑魚だな。


「興ざめだ。お前に費やす時間がもったいない。さっさと終わらせるぞ」


俺は剣を鞘にしまい右手を少し下げ、腰を落とした。

この技を見たことがあるし使ったこともある。

だが敵に対して全力で技を放つのは初めてのことだった。

手加減してはならないと心の中の自分がささやく。


「紅月流、居合ノ術……」


『ブォォォォ!!』


ゴーレムがその巨体のものともせず高く飛び上がる。

あれを喰らえばいくら魔装を纏って防御力を上げようが体が粉砕すること間違いなしだ。

面白い。

やってやろうじゃねえか。


ゴーレムが重力によって落ちてくる。

そしてどんどん目に見えて加速して拳を振り抜いてきた。

その刹那、俺は構えていた剣を全力で振るう。


「水月斬り」


俺の振るう剣はゴーレムの拳にぶつかった瞬間、まるでバターのように一切の減速もなく切り裂いていく。

そして俺が剣を仕舞ったその背には真っ二つに両断されたゴーレムの亡骸があった。


「ふん、雑魚が」


「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」


「若様があの化け物を討伐した!」


「あんなにいとも容易く……儂らのジェラルト様は最強だ!」


「姫様をお守りしたジェラルト様……かっこよかったぁ……」


紅月流、居合ノ術、水月斬り。

そもそも日本刀などなく直剣しかないこの世界において紅月流が生み出したこの居合術というのは革新的だった。

居合に向かない真っ直ぐな刃にも関わらず、魔装による無茶苦茶な身体能力の強化と鞘と剣身の両方に魔力を纏わせ無理やりブーストさせることで完成した力尽くの居合術。

紅月流の技の中でも1、2を争う速さを持ち、威力もあって、急な敵襲への対処もしやすいことから短所が少なく全流派の中でもトップクラスに強力な技だと他の流派も認めざるを得ない有名な技であり紅月流の代名詞とも言われているのだ。

まったくよく考えついたものだよ。


俺は民衆に手を振りながらシンシア王女のもとへ歩いていく。

シンシア王女はすでに手当を受け椅子に座らされていた。


「ジェラルトさん。先程は助けていただきありがとうございました」


「いえ、これくらいは当然のことですよ。お怪我のほどは?」


「大丈夫ですよ。打撲はしていますが骨は折れていないとのことでした。後遺症もありません」


「それはよかった……」


シンシア王女に大怪我が無くてよかった。

今、シンシア王女に何かあれば王国中が不安に陥ることだろう。

個人的な私情を抜きにしても守れてよかったと思う。


「それよりも、シンシア王女。なぜベトラウの街へ?」


「それは……お忍び訪問をしていたのです。兄様にベトラウの街を一度見ておいたほうが良い、と」


あの王子め……なんちゅうことをさせてくれやがったんだ……

ゴーレムの動きから考えてあの知能で王女一人を狙えるとは考えづらい。

つまり今回の魔物襲撃はあくまでドレイク領を狙ったものでありシンシア王女を狙ったものではないということだ。

なんとも間の悪い……


「あの……ジェラルトさん……とても許されるわけではないと思っていますが謝らせてください。今まで本当にごめんなさい」


「え?何を謝るんです?」


何も心当たりが無いぞ?

俺が謝らなちゃいけない案件なら数え切れないくらい心当たりがあるけども。


「その……今まできつく当たってしまって……」


「何を言うんですか!とんでもない!」


俺は首を大きめに横に振った。

いきなり何を言い出すんだ!


「私にシンシア王女が嫌な気持ちを抱くのも当然のことです。私は善人ではないのですからね」


「……っ!ですがそれは……」


「あなたはあなたのお心のまま、光り輝いてください。なにせ……正義のために戦い、気高く素直なあなたが一番美しいのですから」


「……っ!?」


シンシア王女は驚いた顔をするとさっと顔を後ろに背けてしまう。

ふふ、嫌いな相手から褒められて虫唾が走ったというところか?

まあ嫌いな相手にこんなキザったらしいことを言われても嬉しくないどころか悪寒がするよな?

俺に助けてもらった後ろめたさから謝りたくなったんだろうがそうはいかないぜ!

姫様にはもっと楽しませてもらわないと!


「では、シンシア王女。今宵は我が家に泊まっていってください。部屋もたくさんありますし使用人も王城と比較されたら厳しいかもしれませんが優秀な者が揃っています。療養にはもってこいですよ」


「……お言葉に甘えさせていただきます」


「ええ。私はあと始末があるので案内は兵士にさせましょう。よろしく頼むぞ」


「はっ!おまかせを!王女殿下、こちらでございます」


「……はい。よろしくお願いします」


俺は去っていくシンシア王女を見送りつつ、兵士に指示を出して後始末を始める。

万事解決、と言いたいところだがこれはヴィクター王子と相談案件だな。

まあシンシア王女とくっころを守れたから良しとしよう!


しかしこのときの俺は気づいていなかったのだ。

自分の想像以上の人気によりシンシア王女に噂の真実を知られてしまっていたことに。

そして歩き去るシンシア王女の顔が赤く染まっていたことに──

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