第28話 くっころガチ勢、絶望する

(ふぅ……今日は大変な一日だったな……)


俺は果実水のビンとグラスを持って適当にブラブラと歩く。

今日という一日は本当に大変だった。

政務に加え、魔物の襲撃の後片付けや家が壊れてしまった民のための一次避難用天幕の手配などやるべきことが山積みになっていた。

お陰で訓練で鍛えているはずの俺もクタクタだった。


(ちょっとお高い果実水を持ってきちゃったけど今日の俺はよく働いたし少しくらいいいだろう)


このドレイク家の領主館には空を見やすいバルコニーがあった。

そこで少しゆったりしてから今日は寝るとしよう。

そう考えてバルコニーに向かうとそこには予想外の人物がいた。

どうしようかと悩んだけど結局声をかけることにした。


「こんばんは、シンシア王女。怪我のこともありますし早めに寝たほうがいいですよ」


「ジェラルトさん……すみません。なんだか寝付けなくて」


シンシア王女は俺を見て少し驚くと目を細める。

その表情にはいつもの刺々しさや不快感が無く違和感を感じた。

今は星を見て気分がいいのかな?


「お隣に座っても?」


「ええ」


「では失礼します」


俺はシンシア王女の隣にあった椅子に腰をかける。

空には雲一つ無く前世と違い電気の明かりが無いので星が綺麗に輝いていた。

星を見るのって何が楽しいか今までわかってなかったけど意外と悪くないかもしれないな。

心が落ち着く。


「シンシア王女、先程まで母と妹が申し訳ありません」


「ああ、いえ。大丈夫ですよ。とても温かい気持ちになりましたから」


俺が仕事でくったくたになって帰ってくるとシンシア王女がとてつもない歓待を受けていた。

母とアリスが相当張り切ったらしく宴のような夕飯だった。

それはそれで楽しかったけど怪我人であるシンシア王女への対応としてはうーんと言わざるを得ない。

母も普段は優秀なのに俺かアリスが絡むと侯爵夫人じゃなくてただの親バカになるからな。

息子の未来の嫁が来て嬉しくなってしまったのだろう。


「こちらこそ申し訳ありません。突然お邪魔することになってしまって」


「いえいえ、それよりも護衛のマーク殿はしっかりと傍においていて欲しいとは思いましたが」


「う……返す言葉もありません……」


せっかく腕利きの護衛がいるのにそれを王族の命令で遠ざけたら何の意味もなくなってしまう。

民を守るためにはマークを門の前に配置するのがベストだったので指揮官としては丸であるが王族としては思いっきりばつである。

まあそういうところも含めてシンシア王女の魅力だとは思うけども。


「ジェラルトさん、少し……私の話を聞いてもらってもよろしいでしょうか?」


「ええ、もちろんですよ。なんなりとお聞かせください」


「ありがとうございます。では……」


そう言ってシンシア王女はポツリポツリと話し始める。

重い話ではないようだったがシンシア王女の目は真剣だった。


「私は王族に向いていないんです。すぐに行動したくなってしまうし、思っていることも顔に出てしまう、勉強も必死にやってるだけであまり要領はよくありません。それに子供っぽいですしね。兄様やお父様にもよく言われますし自分でもそう思います。向いてないって」


そう言ってシンシア王女は自虐的に笑う。

否定はしない。

言っていることは事実だし何よりシンシア王女が求めているのはそういう同情や慰めの言葉ではない。

ただ今の俺がするべきことは受け止めて聞くことだけだ。

あとは話を聞き終えてから考えればいい。


「でも、この街に来てから思ったんです。このままじゃダメだって」


次の瞬間には先程までのシンシア王女の自虐的な笑みが消えていた。

代わりに浮かべていたのは優しい笑顔。

そんな表情でシンシア王女は穏やかに星を眺めていた。

美しい横顔に風がそよそよと吹き輝くような金髪が揺れる。


「この街は笑顔に溢れていました。みんな助け合いながら、幸せに生きている。私も今日その優しさに直接触れたんです。だからこそ思います。この人たちの幸せを守りたいって」


「シンシア王女はお優しいですね」


「力の伴わない理想ほど空虚なものはありませんよ。私はまだまだ未熟ですからただ雛がさえずっているようなものです」


なんか最初に模擬戦したときよりも随分と印象が変わった気がする。

なんというか……大人になった、みたいな?

上手いことが言えないけど前までのシンシア王女だったらこんなことは言わない気がする。


「今までは兄様やお父様、お母様が私を助けてくれました。ですが、私はいずれあなたとその……け、結婚……したら……公爵夫人になるでしょう?そうなったとき私は助けられる側ではなく助ける側でないといけません。無能な夫人はただのお荷物でしかないのですから」


ベトラウに住まう民たちの暮らしを直接自分の目で見て実感が湧いてきたということか?

結婚が現実味のあるものとして見えてきたらもっと動揺していてもいいと思うのだが……

なんか雲行きが怪しくなってきたぞ!?

ここらで一手を打たなければ……!


「あ、あの……」


「ジェラルトさん」


「あ、はい」


まずい打ち切られた!?

話し出すタイミングが悪かった!

一瞬動揺したせいで話を切り出すタイミングを失った!?


「私、もっともっと強くなります」


「え……?」


シンシア王女の言葉は想定していないものだった。

そんな俺の様子を見てクスクス笑いながらシンシア王女は再び口を開く。


「もっともっと勉強も鍛錬も頑張ります。そして……騎士として、人として、一人の女として、強くなってみせますよ」


それはシンシア王女の決意だった。

未来の公爵夫人として民を守るという覚悟。

それが確かに宿っている。

おかしい、この前までは婚約に反対だったはずなのに!?


「将来、公爵夫人として、そして何よりもとして相応しい女性になってみせます。だから……」


困惑と動揺を隠せない俺の右手をシンシア王女が優しく両手で包み込む。

その手は剣をたくさん握っているはずなのに柔らかいという女性らしさを嫌でも感じさせられた。

シンシア王女は俺を見て、ニコリと微笑んだ。


「これからよろしくお願いします。未来の私の旦那様」


その頬は赤く染まり目は潤んでいた。

もしこれが作った表情だと言われれば一気に女性不信になるだろうその破壊力のある表情は二次元知識の詰まった俺の頭で一瞬でどんなものかはじき出された。

曰く………『恋する乙女の表情』



いやなんでだよ!?

気高いお姫様が悪役である俺に屈したらダメでしょうが!?

どこだ!?一体俺はどこで誤った……!?


誰か!どっかでやらかしたであろう過去の俺を殺してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!


◇◆◇


「……ドレイクの倅はどうだった?」


「はっ。あれを学生と呼ぶのは少々難しいかと。学生離れした圧倒的な実力を持っております」


「ふむ……そうか……」


顔を面で隠した配下の話を聞きタバコを吸いながらその人物は一つ息を吐く。

既に王室派から神童と呼ばれ始めた少年がどんな実力を持っているのか探らせてみせたらどうやら本当に天才だったらしい。

全く忌々しいものだ。


「実戦経験が豊富なお前ならば問題ないだろう。我らの敵は取り除かなくてはならぬ」


「心得ております。私にお任せくださいませ」


「良かろう。お前にちょうどいい駒を付けてやる。入ってこい」


そう呼ぶと扉がノックされ一人の女が入ってくる。

その腰には剣を下げて鎧にはある家の紋章が輝いていた。


「クリスティーナ、ただいま参りました」


「こいつを自由に使え、期待しているぞ。お前たち」


「「はっ。王国のため、マーカム公のために」」

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