2章 魔眼の暗殺者編

第1話 くっころガチ勢、してやられる

休日も終わり、ベトラウへの不可解な魔物襲撃事件が終わって最初の登校日のこと。

俺はローレンスと肩を並べて学校へと向かっていた。


「どうしたんだい?ジェラルト、元気が無いようだけれど」


「ああ……まあショッキングなことがあってな……」


俺はがっくりと肩を落とす。

隣にいるローレンスは苦笑して頬をかいていた。

ローレンスの前だと素でいられるから楽ではあるが今の俺はそれどころではない。


「先の魔物襲撃も怪我人はいても死人は出なかったんだろう?それにシンシア王女との婚約も本決まりになって良いこと尽くめじゃないか」


「魔物襲撃に関しては百歩譲っても良いとする。でもなぁ……」


「シンシア王女と上手くいってないの?」


「いや、逆にもう少し嫌われたいというか……」


何があったのかなぜかあれからシンシア王女の俺への態度がめちゃくちゃ柔らかくなった。

なんというかその……俺に恋してるんかと問い詰めたくなるくらいにはそういう雰囲気を放っているのだ。

本当に勘弁して欲しい。

悪人である俺に誇り高き姫騎士が屈するなんてもはやNTRだぞ?

これを嘆かずにいられるかって話だ。


「そうだ!ローレンス!お前嫌われる方法考えてくれてたんだろ?教えてくれ!」


「うーん……それは少し難しいかな?」


「なんでだ!?」


ローレンス、お前だけが俺の頼りだというのに……

お前までもが俺を裏切るのか……


「今までのただの学生どうしなら別だけど今の2人は婚約者でしょ?将来の主君の夫婦仲がめちゃくちゃ悪い、なんてことになったら全くもって笑えない。それで派閥が揺らいだら何のために婚約したの?って話でしょ」


「ぐぅ……!」


凄まじいほどの正論。

もはやぐうの音しか出なかった。

これで自分から夫婦仲を悪くしにいくと本当に何のためにこの婚約をしたんだって話になる。

ドレイク家を王家の親戚である公爵家に地位を上げることで派閥の強化をしようとしているのにそれでシンシア王女との関係が悪くなり王家とも関係が悪化すればとんだ笑い者になってしまう。

自分一人のせいでドレイク家全体に迷惑をかけることはできなかった。


(マーカム公との内輪揉めが終わらない限りシンシア王女との関係悪化を狙うことはできないか……)


俺はくっころを見るためならば自分の命なんていくらでも懸けることができるが自分の私情で誰かが死ぬようなことはあってはならないと思っている。

悪役ではあるものの非道になるつもりはない。

あくまで人間らしく……そう!ガキ大将みたいなそういう悪を目指しているんだ!

後ろめたさのある状態でくっころを見ても心から楽しめる気がしない。

俺は最高のコンディションでくっころを見たい!

そういうわけで人殺しや人命を見捨てるのは絶対にNGなのである。


「というかマーカム公との話にいきなり随伴させられたときはびっくりしたよ」


「悪い。情報を知っていたのは本当にごく少数でお前にも教えるわけにはいかなかったんだ」


「僕はこれでマーカム公に敵認定させられちゃったわけだけど」


「裏切る予定でもあるのか?」


「まさか。これで僕の代でイーデン家はドレイク家の譜代の仲間入りかなと思ってね」


「期待に応え続ける限りは重用させてもらおう」


「ありがたい言葉だね」


そう言ってローレンスは笑う。

でも実際あそこにローレンスがいたことによってイーデン家はドレイク家の味方であり続けると喧伝したようなものだ。

もしこの戦いに負ければ破滅の道だがドレイク家が勝利した暁には厚遇を受けること間違いなしだろう。


「おはようございます、ジェラルトさん。なにやら楽しそうですね」


俺がそんなことを考えていると後ろから昨日までよく聞いていた声が聞こえてくる。

俺は振り返って頭を下げた。


「おはようございます。シンシア王女」


「ええ、ここで会うのは珍しいですね」


「確かにそうかもしれませんね」


言われてみればシンシア王女と会うのはいつも教室だった。

通学途中に会うのは初めてのことかもしれない。


「あ、言い忘れてました。私たちはもう婚約者ですし私に対しては敬語を外して構いませんよ。公の場ではダメですけれど」


「はい!?」


この王女、ニコニコ笑顔でなんてことを言うんだ……!?

敬語外してタメ口で親しげに話してたらみんなに仲睦まじいとか思われちゃうでしょうが!?

俺はあんたのくっころをまだ諦めてないからな!?

そんな周りに勘違いされるようなことはしたくない!


「いやぁ……それはその……恐れ多いので遠慮したいといいますか……」


「そうですか。では私があなたのことを旦那様とクラスメイトの前で呼ぶのとどちらがいいですか?」


「敬語を外させてもらおう」


「ふふ、ありがとうございます」


ぐぬぬ……策士め……!

同じ教室内にはあの頭のイカれた第一王子がいるんだぞ!?

教室で妹に『旦那様』なんて呼ばせていることを知ったらここぞと言わんばかりにニヤニヤしながらからかってくるに決まってる!

そんなのは絶対に御免だ!


「あはは、仲が随分よろしいようで安心しました。おはようございます。シンシア王女殿下」


「おはようございます、イーデン殿。今までは私が一方的にジェラルトさんを避けてしまっていたのでそう見えるかもしれないですね」


「いえいえ、仲睦まじいようで安心しましたよ。ジェラルトは捻くれ者なので色々と大変かと思いますが2人をお支えできるように私も頑張りますので」


「それは頼もしいですね」


誰が捻くれ者じゃい、失礼な。

俺はただくっころを愛するだけの一般人だわ!

まあワルだと言われれば否定はしないけども。


「それでは私は先に教室に行っていますね」


「おや、ジェラルトともっと話さなくていいのですか?」


「ええ、今まで自分から避けておいて必要以上に干渉するのは虫が良すぎますからね。お二人の時間を邪魔しないように私はこれで失礼します。あ、あと兄様がジェラルトさんと話したいことがあると言っていましたのでよろしくお願いしますね」


そう言ってシンシア王女は一礼して去っていった。

予想外の展開に少し驚いた。


「なんというか律儀な人だね。シンシア王女って」


「そう思うか?」


「ああ。今までの対応が申し訳なく思ってるから心からああいうことが言えるんだろ?貴族でそういうことを気にする人は少ないと思うよ」


「……まあそれは否定しない」


どれだけ蔑んでいようと使えると思ったら内心馬鹿にして頭を下げるのが貴族というもの。

シンシア王女のように本心から申し訳なく思う人は少ないだろう。

夫を支える良妻ってあんな感じなんだろうか?


そんなことを考えていると教室に到着する。

もう既にヴィクター王子がシンシア王女と話していてこちらに気づくとニカッと笑って手をあげる。


「来たか、ジェラルト」


「はい、シンシア王女から伝言を預かりました。私もちょうどヴィクター王子に話したいことがありまして」


「ああ。だがもうホームルームまで時間が無い。また後でゆっくり話すとしよう」


俺は頷き自分の席に戻る。

シンシア王女も隣に座るとちょうどホームルーム開始のチャイムが鳴った。


「みな、休日は有意義に過ごしたか?今日からはまた気を引き締め授業に励めよ」


エリック先生の話が始まる。

こうやって先生の話をゆっくり聞くのも久しぶりに感じる。

ここ最近はずっと忙しかったからなぁ……


「今日の時間割は特に変更は無い。いつも通り真剣に受けろ。それと重要な報告をする」


(重要な報告?一体なんだ?)


こうやってエリック先生が改まって言うのも珍しい。

みなも少しざわついている。


「このクラスに2人の特別講師を招くことになった。剣術訓練や実戦訓練などがこれから始まるがそれらの訓練はその2人に任せることになる」


特別講師だって?

一年生に特別講師というのはあまり聞いたことがない。

来るとしても厳しい訓練をする上級生のために呼ばれた騎士団のエリートとかそんな感じだ。

一体誰が来るのか……


「一人が来るのはもう少し先だが、もう一人は今日から訓練を受け持ってもらうことになる。早速紹介しよう。入ってきてください」


そう言ってガラガラと教室の扉が開く。

コツンコツンと靴の音が鳴り先生の姿が見える。

ある者はその美貌に言葉を失い、ある者は羨望の表情を浮かべ、ある者は誰かわからず首をかしげる。

しかし俺は驚きのあまり言葉を失った。


「えっ……」


「……?ジェラルトさん?どうしたのですか?」


シンシア王女が不思議そうに俺を見てくるがそれどころではない。

見間違えるはずがない。

だって──


「皆さんはじめまして。今日からこのクラスの訓練を受け持つことになりましたマーガレット=カートライトです。よろしくお願いします」


「師匠……」


より一層大人びたマーガレットは俺の方を見て、ニコリと微笑むのだった──

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