第2話 くっころガチ勢、思わぬ再会をする

くしくもその日の最初の授業は剣術訓練だった。

エリック先生のホームルームからそのまま引き継いだマーガレットが訓練場に引率し授業の準備をしている。

テキパキと指示を出すその姿は仕事ができる大人のお姉さんそのものだった。

前世とかだったら敏腕OLになっていたこと間違いなしだ。


「ジェラルトさん、手伝いましょうか?」


俺が木剣の束を運んでいるとシンシア王女が話しかけてくる。

どうしようかとも思ったけど別に運べない量じゃなかったし俺は首を横に振った。


「大丈夫だ。これくらいは問題ない」


「そうでしたか。それにしても……少し驚いちゃいました。ジェラルトさんもあんな反応するんですね」


マーガレットが教室に入ってきたときのことを言っているのだろう。

らしくないのは自分でもわかってるし取り乱しすぎたと思う。

バツが悪くなって顔を逸らした。


「……忘れてくれ」


「ふふ、私は嬉しかったですよ?まだ知らなかったあなたの一面が知れて」


俺はもう勝てないと悟り歩き出した。

シンシア王女は楽しそうに俺の横を歩くのだった。


そうこうしているうちに準備が整い授業が始まる。

今はみんな集まってマーガレットの話を聞いていた。


「改めまして、王国騎士団所属のマーガレット=カートライトです。修めた流派は紅月流よ。私の授業では技について何も教えることはないわ。代わりに基本的な部分を教える。ちゃんと自分の剣と向き合ってくれると嬉しいわ」


まあこのクラスで紅月流を使うのは俺だけだし他流派の技を教えるのは無理だろう。

この士官学校の授業で技を教えないのはいつものことだ。

だって流派の数だけ先生を揃えるなんて無理な話だ。

師匠がついたことがない平民が技を使わずに基本的な剣だけで強い、という奴もたまにいるくらいだから重要なのは技じゃないし。


「それでは剣術訓練の開始よ。成績が近いもので組んで模擬戦を始めてちょうだい」


そうなると俺が組むのは必然的にシンシア王女ということになる。

だが俺とシンシア王女は授業以外でも結構模擬戦してるから癖とかも把握しきってしまってるしあまり効果がない。


「どうしますか?」


「まあ体慣らしくらいでいいんじゃないか?」


「わかりました。では打ち合いましょう」


俺とシンシア王女は剣を構える。

そして全力ではなくお互い6割くらいの力で打ち合い始めた。


「それにしてもあなたの師匠がマーガレットさんだったなんて驚きましたよ」


「師匠のこと知ってるのか?」


「当然ですよ。今王国軍で期待の若手は誰かと聞かれたらみんな彼女の名前を出すでしょう。史上最高の点数で士官学校に入学しそのまま首席で卒業。精鋭揃いの王国騎士団に入団してからも数々の武功を上げ、たった二年で一つの隊を任される隊長ですよ」


この国には騎士団と一般兵に別れている。

騎士団とは主に貴族家の私兵のことを指し領民兵との区別化に使われるが王国軍もそれは同じだ。

一般に徴兵された王国軍と精鋭のみで構成された王国騎士団の2つが存在している。

マーガレットはその王国騎士団で異例のスピード出世を果たしているのだからすごいとしか言いようがない。


「そんなに俺の師匠はすごいのか」


「ええ。王国始まって以来の天才と呼ばれています、けど……」


「けど?」


なぜそこでシンシア王女の言葉が切れるのかわからない。

マーガレットが天才なのは間違いないじゃないか。


「誰かさんが私の成績をぶっちぎりで抜いたからね。あんまりそう呼ばれても嬉しくないかも」


突然声が聞こえて振り返るとマーガレットが苦笑しながら立っていた。

子どもの頃から変わらない長く美しい赤髪を一つにまとめていて随分と印象が変わった。

ストレートも良かったけどこの髪型もいいなぁ……

それに体つきもすごい女性らしくなってるし。


「師匠、他のみなを見なくて大丈夫なのですか?」


「ええ、ある程度アドバイスしてたら全力で戦ってない二人組が見えたからこっちに来たの。なにはともあれ本当にお久しぶりね?ジェラルト様?」


「俺と師匠の仲でしょう?別にそう固くせずとも今まで通りジェラルトでいいですよ」


「ふふ、そう。じゃあ今まで通りにさせてもらうわ」


「そうしてください」


こうやって話すのも本当に久しぶりだ。

マーガレットも俺の教育を終えるとすぐに士官学校に入学して卒業するとそのまま王国騎士団に入団したから会う機会が無かったのだ。

俺が久しぶりにマーガレットとの会話を楽しんでいると隣にシンシア王女がやってくる。

模擬戦の途中だったと我に帰り急いで模擬戦に戻らなくてはと思ってシンシア王女を見たらめちゃくちゃ目を輝かせてマーガレットを見ていた。


「あ、あの!マーガレットさんに会えて本当に嬉しいです!」


「え?」


「私、マーガレットさんに憧れてたんです!カートライトの赤き華って呼ばれてるのかっこよくて貴方みたいになりたいってずっと思ってました!」


シンシア王女に悪意なく大声で二つ名を呼ばれたことによりマーガレットのメンタルにクリティカルヒットして悶えていた。

だが主君である王家の娘であるシンシア王女に直接文句を言うことはできず、思わず笑いをこらえていた俺のことを潤んだ瞳でキッと睨んでくる。

流石にフォローは入れるのは難しいのでグッとガッツポーズして応援しておくと恨みがましい目を向けられた。


「どうやったら貴方みたいになれますか?」


「え、えーっと……頑張る、とか?」


適当か。

それでもアンタは特別講師か。


「そ、それにシンシア王女殿下だって姫騎士って呼ばれてるじゃないですか!その呼ばれ方もとってもカッコいいですよ!」


「私は一応王家なので民の覚えがいいだけですよ。でもマーガレットさんはご自身の実力じゃないですか」


「そ、そんなことは……」


「赤き華っていうのもいいですよね。マーガレットさんはとても綺麗な赤髪をお持ちですし美人ですからまさに赤い華です」


「グハッ!?」


シンシア王女の曇りのない尊敬の眼差しから放たれる賛美にマーガレットはついに撃沈した。

昔に二つ名で呼ぶなってすっごい怖かったもんな……

どれ、俺も少しからかってみようかな。


「いいじゃないですか、師匠。カートライトの赤……」


「………ジェラルト?」


「いえ、なんでもありません」


これ以上言葉を発したら俺の命が危なかった……

やはり師匠の前で二つ名は禁句だな。

まあシンシア王女のクリティカルヒットを見て満足することにしよう。

というかドレイク家だってカートライト家の主君なんですけど?

俺とシンシア王女で対応が違いすぎやしないか?

まあ俺がそれでいいとは言ったんだけども。


「こ、コホン。それで2人はどうして全力で戦っていなかったのかしら?」


「実は──」


俺は素直に全て話す。

同じ相手と戦いすぎるのもかえって良くないのだ。

俺が全てを話し終えるとマーガレットは困ったように首をかしげた。


「アンタは首席だから下手な相手だとその子の訓練にならないのよね……3位の子は?」


「ローレンスも数え切れないくらい模擬戦しました」


同じ理由でローレンスともかなりの回数戦っていた。

授業外でも結構戦ったからなぁ……

2人で鍛錬しているとシメに模擬戦が当たり前のようになってきて結果、模擬戦過多になってしまったのだ。


「はぁ……アンタってそんな戦闘狂バトルジャンキーだったかしら?」


「いえ、強くなりたいと思っただけなので戦い自体はあまり好きじゃないですよ」


「わかってるわ、言ってみただけよ。それにしてもどうしようかしらね……」


マーガレットはしばらく目をつぶり考え込む。

そして一つため息をついた。


「はぁ……それじゃあ私とやる?」


「え?でもそれだと奇数になってどちらかが手持ち無沙汰になっちゃいますよ?」


「しょうがないじゃない。このまま放置していても手持ち無沙汰みたいなものでしょ?」


「それは……まあそうですね」


剣の打ち合いをしていても確認程度にしかならず剣術訓練とは言い難い。

ならば見取り稽古代わりになるしそうしたほうがいいのかもしれない。


「2人の相手は今日の授業と次の授業で交互にするわ」


「2人を同時に相手にするとかは?」


「馬鹿言わないで。アンタなんて一人でも手に余るんだから同時になんて無理よ。私が一方的にやられて終了」


そんな問題児みたいに言わないでほしい……

ちょっとした軽いジョークだったのに……


「2人ともそれでいいわね?」


「はい」


「……はい」


俺とシンシア王女は同時に頷く。

マーガレットも微笑んで頷いた。


「それじゃあどっちからやるのかしら?」


「マーガレットさん」


「シンシア王女殿下からかしら?わかったわ」


「いえ、最初はぜひジェラルトさんとマーガレットさんの師弟対決が見たいなと思いまして。ジェラルトさんを推薦します」


そう言ってシンシア王女は俺に微笑んだ。

どうやらバレていたらしい。


「はぁ……アンタ目を輝かせすぎよ。本当に昔から変わらないわね」


「これは失礼。どうも抑えきれないようでして」


マーガレットは後ろを向いてスタスタと歩くとちょうどいい機会で振り返る。

そして俺に木剣を向けた。


「それは私も同じよ」


ここに紅月流の師弟対決が決定した──!

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