第9話 くっころガチ勢、デジャブを感じる
(留学って意外といいもんだな……)
広い校庭で俺はストレッチをしながらそんなことを考える。
俺は別に前世はアクティブなほうではなかったしむしろインドア派だけどこの世界は前の世界と違ってなんでもありだし情報もあまり回らないから自分の目で直接見るものがどれも新鮮で中々楽しい。
男子たちの視線も慣れてきたらどうでもよくなってきた。
くっころを思えばそれ以外は全て
俺はそんな初歩を見逃していたのだ。
全く俺もまだまだだな。
「ジェラルトさん、何か手伝いますか?」
ストレッチも軽い準備運動もして徐々に体も温まって来たという時にシンシア王女がやってくる。
今は昼休みが終わって剣術訓練の授業に入っており、二クラス合同で行うのでα組の隣のクラスであるβ組に入ることになったシンシア王女がいるのだ。
「いや、もう終わるから大丈夫だ。そろそろ授業も始まるんだろう?」
「そうみたいですね。先生方がお話をしていたのでもうすぐ集合がかかると思います」
さてさて、一体このゴーラブルでどれいくらい骨のある奴がいるのやら……
剣術は割と好きだし手応えがあるやつが相手だと嬉しいんだけどな。
俺はそう内心そう思って視線を走らせる。
その先にはクラスメイトと楽しそうに談笑するフローラの姿があった。
(俺に散々迷惑をかけてくれたんだ……ちょっとくらい楽しませてやらねばなぁ……)
「それではゴーラブルの生徒も、アルバーの生徒も集合!」
ゴーラブルの生徒は適当に先生の前に集まったが俺達は綺麗に列に並んで集合する。
別に良い悪いの話でもないけどこういった一つ一つの行動にも国民性が出て面白いなぁと思ってしまう。
アルバー王国は少しずつ腐り始めているものの曲がりなりにも騎士の国なのでこういった協調性や見た目は気にしたりするのだ。
最初は面倒だったけど慣れれば別に普通だ。
「それではまずはゴーラブルとアルバーの面々でペアになり打ち合いをするように。ただし今日は初日なので無理しすぎずウォーミングアップ程度にしておけ」
ちぇっ、全力で戦っちゃだめなのか。
まあ初日から何もかもができるわけないよな。
「ジェラルト様、お相手は私でもよろしいですか?」
「むぅ……またあなたですか……」
フローラが話しかけてきてシンシア王女の視線が鋭くなる。
この二人意外と性格的には相性良さそうなのにバチバチすぎやしませんか?
「シンシア王女、大丈夫だ。俺と彼女は一応ペアということになっているがそれ以上もそれ以下もない」
「……わかりました。信用します。ただしジェラルトさんに変なことをしたらただじゃ済ませませんからね」
「わかりました」
シンシア王女がフローラにそう言うとフローラはなんのためらいもなく頷く。
まあ実際にそういう類の下心はないしな。
俺は付き合ったり結婚したくなるような女性はどんな女性ですかと聞かれたら躊躇なく『素晴らしいくっころを俺に与えてくれる女性』と答えるだろう。
もちろん美人なほうが嬉しいし、俺も一応は男なわけでフローラかわいいなぁとは思ったりするけど付き合いたいかと聞かれれば微妙。
あれは外から眺めるのが良いんであってそういう意味だったらエセルのほうが気になる。
「それでは始めましょうか」
「ああ、よろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願い致します」
訓練用の木剣を持ちお互いに構える。
フローラの構えは貴族令嬢にふさわしくないほど綺麗で隙のない構えだった。
(くく……やっぱりか……あのときなんとなくそう思ったんだよな……)
フローラと初めて出会ったとき、俺にはピンとくるものがあった。
最初はくっころの気配かと思ったけどすぐにその予感の正体に気づいた。
彼女は強い。
それもローレンスやシンシア王女以上かもしれないほどの強者の風格をあの美しい顔と細身の体に隠し持っていた。
そして今、その予感は確信へと変わる。
面白くなってきたじゃないか、少し興味が湧いてきたぞ。
「強いな」
「あら、まだ何もしていませんよ?」
「構えだけでもわかるさ。ウォルシュ嬢と全力で戦えないのが残念だよ」
「ふふ、それは光栄な言葉ですね」
そんな言葉と共にフローラは軽やかなステップで距離を詰めてくる。
もちろん全力じゃないので振るわれた剣に勢いはないが身のこなしといい剣筋といい容姿だけじゃなく剣士としても美しいんだなと思ってしまう。
天は彼女に二物を与えたってか。
俺は才能とか家柄とか全部返上していいからくっころただ一つが欲しいんだがな。
「さて、少しずつペースを上げようか」
「ええ、いいですよ」
体の感覚がどんどん鋭く研ぎ澄まされていき、集中が深まっていく。
これがただの稽古なのが惜しいほどにこの時間が楽しい。
同年代では多分一番実力が近いからだろうか。
「ふぅ……ありがとうございました」
「ああ、こちらこそ実に有意義な時間だった」
「それは私のセリフですよ。ジェラルト様には叶わないと思わせるほど圧がありましたから」
「世辞が上手いな」
「お世辞じゃないですよ」
まあいいか。
社交辞令として受け取っておくとしよう。
明日から模擬戦とかやらないかな。
ぜひともフローラと全力の試合がした──
「もう貴方と話すことなどありません。話しかけないでください」
(ん……?)
声のしたほうを見るとシンシア王女が今まで見たこともないほど冷たい表情で一人の男を睨んでいた。
うえぇぇぇ……
なんかデジャブを感じるぞ……
一体何が起こってるんだよ……
「その冷たい表情もいいぞ、シンシア。俺の妻となれ」
「私にはもう操を立てた婚約者がいます。婚約者探しなら別の方をあたってください」
「はぁ……俺をなじるシンシアもいい……」
な……!?
あの誰にでも温厚で優しいで有名なシンシア王女がキモいただのゴミを見る目であの男を見ている……だと!?
俺にそのマイナス好感度の10%でもあれば事態は好転したんだろうか……
「殿下。シンシア王女がお困りのようです。そのあたりにしておいてはいかがでしょうか」
「あん?」
ってあれ!?
さっきまで隣にいたフローラがなんであそこに?
というか殿下ってことはあいつゴーラブルの王子なのか?
男爵令嬢が王族に歯向かうのはまずいんじゃ……
「貴様、男爵令嬢の分際で民から聖女と呼ばれ調子に乗っているのか?」
聖女?
フローラって聖女って呼ばれてるのか。
まあ雰囲気やカリスマ性はありそうだし人気でないわけがないよな。
「これはゴーラブル国内だけの話ではありません。殿下。どうかご再考を」
「黙れ!この卑しき女が!」
殿下と呼ばれた男が腰に下げていた剣を抜き放ち振り上げるがフローラは自分の剣を抜こうともしない。
そして一瞬の刹那、高い金属音が訓練場に鳴り響く。
「なんのつもりだ。留学生風情が」
「人が斬られようとしているのに黙ってみていられると思うか?」
「ジェラルト様……?どうして……?」
「ジェラルトさん!大丈夫ですか!?」
まったく、どうしてこの国の奴らは女を口説こうとしてすぐに暴力に走ろうとするのか。
情熱的なのか?
それでも構わんが人には迷惑をかけないでほしいものだ。
それにな……
「俺の女に手を出そうとした。それだけで十分剣を抜く理由にはなるだろう」
「じ、ジェラルトさん……!?お、俺の女だなんて……ふ、ふふ……」
確かにシンシア王女は俺への怒りや悔しさなど最大の魅力を失ったと言ってもいい。
だが今の婚約関係が結ばれた理由の一端は俺にありいらなくなったから捨てるということは絶対にしない。
ましてや将来家族になろうという人を口説こうとしようものなら……!
「万死に値する、ですね。お兄様」
「アリス。何をしにきた」
先ほどまで端っこのほうで大人しく見学していたアリスがこちらまでつかつかと歩いてくる。
俺の心は未だ怒りに燃えたまま。
いくら愛しの妹といえど水を差されるのは面白くなかった。
「はじめまして、ゴーラブル王国第二王子、ニコラス=ゴーラブル王子殿下とお見受けします。私はジェラルト=ドレイクの妹、アリスと申します」
こいつニコラスなんて名前だったのか。
まあこれから叩き潰す奴の名前なんて興味がない。
「アリス、そこをどけ」
「いえ、どきません。今どけばお兄様は決闘を申し込もうとするでしょう?」
「当たり前だ。人の婚約者に手を出そうとしたんだぞ?世間体にも全く問題はない」
「そうですね。ですがお兄様では面白くないとは思いませんか?」
アリスの言葉は想像もしないものだった。
想像外すぎて怒りがプシューと抜けていく。
「は?」
「お兄様では勝って当然。相手は王族ですしそう傷つけることもできません。大した意趣返しにもなりません。ただの弱いものいじめで終了です」
まあ確かに半殺しにすらできないだろうな。
間違いなくその前に止められる。
俺がそんなことを考えているとアリスは笑い出す。
なんかニコラスが『無礼だ!』とか叫んでいるけど無視だ無視。
「うふ、ふふふふ……」
「なんだ、アリス」
なんだか嫌な予感がするが質問してみる。
するとアリスは爽やかで思わず男どもが見とれそうな美しい笑顔でこう言った。
「この決闘、私がシア義姉さまの代理人を務めましょう。五歳も下の女子に負ける……それは一体どれほどの屈辱なのか……今から楽しみですね。ふふふ……」
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