第5話 くっころガチ勢、真面目疑惑
対魔物実戦訓練。
それは士官学校の数多いプログラムの中で最も危険度が高く、訓練用木剣を使用する模擬戦とは違い唯一真剣を使用する授業である。
1年に3回しか行わないレアな授業なのだがそんな実戦訓練がいよいよ迫っていた。
それに伴い、教室も不安やらやる気やらで今までにない雰囲気に満ちている。
「お前は随分余裕そうだな、ジェラルト」
「ヴィクター王子、一体なんのことでしょう?」
俺が教室で次の授業の準備をしているとヴィクター王子が話しかけてくる。
その後ろにはローレンスもいた。
出会った当初はヴィクター王子に対して恐縮しきっていた様子のローレンスだったがヴィクター王子の性格に慣れてきたのか今では自然体の付き合いができていた。
まあ俺よりは馴れ馴れしくないけどな。
「浮足立っている者が多い中、お前だけはどこふく風だからな」
「あはは、ジェラルトはもう既に魔物と何度も戦ってますし余裕なんだと思いますよ」
「そんなことはない。戦いってのは何が起こるかわからない。先の戦いで嫌ってほど思い知らされたからな。全力で取り組むまでだ」
学生、しかも貴族の子供も多く混じっているので絶対に危険地帯に派遣することもないし下見もしっかりやったうえで護衛もいるだろうけどな。
だからといって気を抜いていい理由にはならない。
むしろ魔物との戦いの経験があるからこそ気を引き締めなくてはいけないと思う。
まあ他の人の成果を横取りしないようにやりすぎは気をつけなくてはならないけど。
「ジェラルトって真面目だよね」
「そうか?普通だと思うぞ?」
「いや、貴族の普通はもっと怠惰で傲慢だな。お前はもはや悟りでも開こうとしてるのか?と聞きたくなるくらいだ」
くっころの悟りとかあるかな?
心を無にしたら勝手にくっころが寄ってくるという悟りがあるならば是が非でも欲しい。
残りの人生全部その悟りを開くための修行に費やしても構わない。
まあそんなものは無いだろうし苦労してみるくっころが一番美しいんだろうけどな。
「そう言うヴィクター王子だって真面目じゃないですか。何でもそつなくこなしますし……まあふざけてるときの方が多いかもですが」
「はっは!だろうな。俺はちなみに家族に真面目だと言われたことは一回もない。まあ
確かに……
典型的な優等生タイプのシンシア王女が近くにいることでヴィクター王子が余計ふざけているように見えてくる。
王族の威厳やらはそれでいいのかと問いたくなるが本気になったヴィクター王子の前で逆らおうとするのは相当胆力がいるしまあ大丈夫か。
真面目になると途端に纏う空気がガラッと変わって威圧感を出し始めるからな、この王子は。
「確かにシンシア王女は真面目ですね。2人とも双子なのに性格が全然違うんですから」
「余は父親似でシンシアは母親似なのだ」
「え……?ということはロナルド王も……」
「ああ、公的な場では威厳はあるがプライベートだとただの気の良いおじさんだな」
そんな情報知りたくなかった!
王家の血筋がおふざけ大好きの気の良い人達ってどうなんだよ!
有能なのはいいけど国家のトップとしては不安になるわ!
「ちなみに異国に嫁いだ姉上もこっち側だぞ?子どもの頃はいつも母上とシンシアに怒られていたな。懐かしいものだ」
それシンシア王女と王妃様の負担でかすぎやしないか?
俺だったらこんなへこたれない王子相手に叱り続けるなんて絶対に無理だ。
かわいそうに……
「私のお話ですか?」
「シンシア。来たのか」
「はい、兄様。私の名前が聞こえてきたと思ったら随分と楽しそうにお話しているようでしたから、つい来ちゃいました」
前までは遠慮していたシンシア王女も最近は俺達とよくつるむようになった。
成績や全員が同じ派閥ということもあって気が置けないし一緒に行動しやすいのだ。
ちなみに剣があまり得意でないヴィクター王子も筆記試験での満点がめちゃくちゃ大きかったため総合4位である。
つまりこの学年の上位4人は全員王室派ということなのだ。
貴族派の子息令嬢は肩身が狭いだろうなぁ……
「シンシアは実戦訓練はどうなのだ?何か準備でもしているのか?」
「もちろんですよ。最近はよくイーデン殿と模擬戦もしますしマーガレットさんやジェラルトさんから教えを乞うていますから」
シンシア王女は自信満々に頷く。
だがその言葉通りシンシア王女はここ最近メキメキと力を付けていた。
ゴーレム相手に手も足も出なかったことがよっぽど悔しかったらしい。
俺としてはもう前線には出てほしくないんだけど強ければ強いほど安全だしシンシア王女を鍛えるのは悪いことじゃない。
「ふむ、それは羨ましいな。余もそなたたちから剣を教わりたいのだが?」
「忙しくてそんな時間今までなかったでしょう……まあ自衛の手段は持っていてほしいので時間ができたら私にできることはしますよ」
「それは楽しみだ。シンシアとの最初の模擬戦で使った月光撃下とやらを教えてくれ」
「絶対に無理なので諦めてください。私から技を教えることはできませんので基礎だけですよ」
「それだけでもありがたいさ」
どうやら月光撃下の件はヴィクター王子の冗談だったらしい。
ヴィクター王子が学んでいるのはシンシア王女と同じくアルバー剣術らしいし他流派に技を教えるのは流石に無理だ。
それでも基礎だとしてもヴィクター王子が少しでも戦えれば生存確率は指数関数的にましていくことだろう。
「もう、兄様は無茶を言ったらダメですよ。ジェラルトさんは優しいんですからきっと忙しくても兄様との時間を作ってしまいます」
「そんなことはない。ヴィクター王子が戦えることは国の未来に関わるかもしれないことだ。これも立派な仕事さ」
シンシア王女が俺のことを優しいと思っていることに物申したいが今はその場面ではない。
あとでしっかりと認識を改めてもらうとしよう。
「ほら、お前たち席に座れ。もうじきチャイムが鳴るぞ」
俺達が談笑を続けているとエリック先生が入ってくる。
時計を見るとたしかにチャイムが鳴り始める寸前だった。
がちゃがちゃとクラスメイト達が席に座るとタイミングよくチャイムが鳴る。
「ホームルームを始めるぞ。定期的に行われる対魔物実戦訓練が近づいてきている。みなしっかりと対策や準備を怠るなよ?怪我しても知らないからな」
その話題は実にタイムリーだな。
まあこんな時期にもなればこういった話が出てくるのは当然の話ではあるが。
「それと……先日予告していたもう一人の特別講師を紹介する。入ってください」
そう言ったエリック先生の額には青筋が浮かんでいた。
いつも表情をあまり変えないためこうわかりやすく怒りを見せるのは珍しい。
一体どんな人物が来るんだと思っていたらバン!と扉が乱暴に開かれ、一人の太った男と鎧を身にまとった女性が入ってくる。
太った男は肌が脂ぎっており体中にジャラジャラと趣味の悪いアクセサリーを大量に付けていてもう生理的に無理だった。
太った男が自信満々に教卓の前に立つ。
「我が名はデーブ=モーン。誇り高きアルバー王国の伯爵の爵位を賜ったモーン家の当主にしてこの度は特別講師、そして今回の対魔物実戦訓練の責任者である!」
こんな奴で大丈夫なのかと俺達はみな言葉を失った──
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