第6話 くっころガチ勢、肥満貴族に反論する

「我が名はデーブ=モーン。誇り高きアルバー王国の伯爵の爵位を賜ったモーン家の当主にしてこの度は特別講師、そして今回の対魔物実戦訓練の責任者である!」


その言葉に一同不安が隠せない。

どう見ても騎士には見えないのだ。


「ジェラルト殿。先日は我が息子が世話になったようだな?」


「…………え?誰ですか?」


正直全く心当たりがない。

誰だよ息子って。

特に世話した覚えはないぞ?


「……!我が息子デヴィットのことだ!まさか覚えておらぬとは言わんだろうな?」


デヴィット?

誰だそれ?

俺の知人の中にデヴィットなんて男は存在しないんだが。


(ジェラルトさん。モーン伯が言っているのはあなたが凶暴令息と呼ばれ始めた決闘の相手の方ですよ)


横に座っているシンシア王女の助け舟が来てようやくかろうじて僅かにちょっとだけおぼろげに思い出すことができた。

確かにあのうるさく喚いていた奴がそんな名前だった気がする。

あんなイライラさせられた奴の親ならちょっと喧嘩売ってみるか。


「思い出しました!確かに周りの人に迷惑しかかけない害悪貴族が領内に出たのでお世話してあげたんでした!いやぁ、本当に大変だったのでそちらがお世話されたという自覚があるならぜひとも何かしらの謝礼をいただきたい!」


貴族じゃなくても『世話になったな』、『お世話大変だったから何か寄越せ』という会話は存在しない。

かなり失礼なことを言っている自覚はあるが自派閥じゃないなら関係を気にする必要は無いし、貴族派の頂点であるマーカム公に喧嘩売ってるんだからその部下に喧嘩を売ろうが今更というものだ。


「ふざけおって……!この私を侮辱しているのか!」


「してませんよ?ただ……命があっただけ感謝してくださいね。私たちの大切な領民を傷つけるようならこちらも容赦はしませんよ?」


あの場で殺してしまっても決闘内のことだったから別によかった。

でも殺す価値すら無いと判断して半殺しで許してやったんだ。

感謝してほしい。


「ぐぬぬ……!も、もういい!次の話にはいるぞ!」


自分で始めた口論に、しかも子供相手に反論一つできずに逃げ去る。

なんとも情けない姿にクラスメイトも侮りの笑みと実戦訓練へのより一層の不安を見せた。

全く面倒なんだから喧嘩なんて売ってくるなよ。

喧嘩は売る専門で買うのはあまり好きじゃないんだ。


「対魔物実戦訓練における班分けとそれに同行する護衛を発表する!」


デーブがそう言うと横に待機していた女騎士が大きな紙を黒板に張り出す。

そこには班割りと護衛騎士の名前が書かれていた。

しかしそれを見た俺達は一瞬で異変に気づき、ローレンスが俺達を代弁するかのように声を上げた。


「モーン伯爵殿。その班割り、なぜシンシア王女だけ別クラスの者なのですか?しかもとは」


みんな同じクラスで班分けされているのに何故かシンシア王女だけDクラスのデヴィット=モーンたちの班に入っている。

こいつ同い年だったのか。

というかそれ以外の班員の名前も貴族派の家ばかりだな。

そんな班分け通るわけないだろう。

俺が呆れてものも言えないでいるとヴィクター王子が顔を少し伏せたままゆらりと手を上げる。


「モーン伯、これは一体どういうつもりだ?」


「ど、どうもこうもありませぬ、ヴィクター王子殿下。責任者としてこれが一番だと判断したまでです」


「ふん。ならばそなたの目が腐っているのか。今すぐ担当者を変更しろ。婚約者以外の男しかいない班に王女一人を入れるという配慮もできぬ男は必要無い。今すぐ出ていけ」


その言葉には威圧感が多分に含まれていて、デーブは目に見えて焦りだす。

いや、そうなるに決まってるだろうが。

流石に公私混同甚だしすぎる。


「で、では他に女子生徒を……」


「残念ながらそれは私が反対させていただきます」


次は俺の番だと言わんばかりに声を上げる。

先ほどコテンパンにしたというか勝手に自滅していった件があるからか俺のことを睨みつけてくる。


「この実践訓練では他者との連携が非常に重要になると聞きます。シンシア王女は剣術次席でありデヴィット殿はあの程度の実力なら多分下から数えた方が早いんでしょう?実力差がありすぎて連携になんてなりはしませんよ」


「なっ……!」


「彼女には才能があります。あなたのくだらん感情でその才能が育つ機会を邪魔しないでいただきたい」


「ジェラルトさん……」


彼女に前線に立ってほしくない気はあるが結婚したとしても、誇り高き騎士でいてほしいという気持ちもあるのだ。

せっかくの貴重な機会を成績下位者のお守りで終わらせたらあまりにももったいない。


「これ以上反論がないならちゃんとしてください。でないと責任者変更を申し出ますよ?」


本当ならこんなやつすぐにでも変えてしまいたい。

だがそうするとスケジュールに大きな遅れが生まれてしまう。

別に最高の実践訓練を作り上げろとは言わないから最低限やれればそれでいい。


「……わかりました、シンシア王女はこのグループに入って頂くとしましょう」


そう言ってデーブが指さしたのはクラスメイトの女子たちのグループ。

全員が平民だが剣術試験は上位だ。

まあ納得はいかないけどこれくらいで妥協してやろう。


はぁ……本当に不安だ……


◇◆◇


「あの男は一体何がしたいんだろうね」


放課後、班分けが書かれた紙を前にローレンスがおもむろに口を開く。

周りには俺とシンシア王女とヴィクター王子だけで他に人の気配は無かった。


「わからないな。シンシア王女が狙いだったとしてもあまりにもわかり易すぎる。というか疑ってくれと言っているようなものだ。あの班分けになんの意味があったんだ?」


「モーン伯がはかりごとが得意だという話は聞いたことが無いな」


「ええ。私も聞いたことがありません」


王族二人組も首をかしげる。

何か手を打とうとしていることは間違いない。

でも何が真の狙いなのかさっぱり出てこない。

シンシア王女に意識を引き付けたということはシンシア王女は陽動の可能性が高い。

ならば何が狙いなんだとという話だがトンデモ展開過ぎて誰からも候補すら出ないのはこれが初めてだ。


「僕とジェラルト、そして殿下が同じ班なのも意図があるのかな?」


成績順だとしてもヴィクター王子の剣の成績はそこまで良いわけではないのでこの組み合わせにはならないはずだ。

しかも護衛は聞いたこともない無名騎士。

暗殺なのか?と聞きたくなるがこんなにもわかりやすい暗殺なんてありえない。


「……正直こんなことは言いたくないが、当日は気を付けろとしか言いようがないな。準備を怠らないようにするぞ」


「「「はい」」」


俺達は不安を抱えつつ首を縦に振る。

戦場とはそういうものだ。

相手がどう出てくるかわからないなりに最善を尽くし勝利を掴み取る。

この国の盾たるドレイク家の跡を継ぐならばこのくらい何事も無かったかのように乗り越えくちゃな。



しかしこのときの俺達は全員が大きく見誤っていたのである。

デーブ=モーンという男の実力を……

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