第21話 くっころガチ勢、父の大きさを感じる
「やれやれ、陛下も困ったお人だ。まさかあの場であんな御冗談を言われるとは」
「多分御冗談ではないと思いますけどね」
ロナルド王との謁見が終わり、父はため息をついて首を横に振る。
シンシア王女とフローラは終始呆気にとられ黙っていた。
だがあの場に参加できただけでも少しはいい経験になるだろう。
元々発言させるつもりはないって言ってたしな。
「使う者が自分の部下の力量を理解していないなど許されることではない。まあ時代は移りそれも詮方無いことなのかもしれないが……」
父は少し考えるように言う。
しかし次の瞬間には顔を上げ何もなかったかのようにいつもの父に戻る。
「とにかく出陣しよう。ジェラルト、お前が前線に立つことは許可しないが本陣で見て勉強するといい。お前の成長を助けてくれるはずだ」
「はい。承知しました」
まあこれは予想通りだな。
父の戦を見る機会は学生では中々無いだろう。
前線に立つようになればまた違うのだろうが今このタイミングで見ることができるのは貴重だ。
断る理由も無い。
「ジェラルトさん……戦に出るのですか……?」
「……心配だよ、やっぱり」
シンシア王女とフローラは揃って不安そうな顔をする。
……これがあるのが彼女たちに好かれたくない理由だ。
もちろんくっころが見たいからという面が大部分を占めているがもし彼女たちと親密な仲になってしまったら俺が戦場に出るたびに寂しく不安な想いをさせてしまうし、死んだら悲しませてしまう。
もちろん死ぬ気はないしドレイク家がそんな簡単に敗北するわけないのだが何が起こるかわからないのが戦場というもの。
いつでも死ぬ覚悟は俺にもできていた。
「……大丈夫だ。今回はただの社会見学のようなものだ。そんなに不安にならなくてもいい」
「ですが……」
「そんなこと言われて安心出来るわけないでしょ……大切な人が戦場に立つんだから……」
「戦争終わったら何かお土産を買ってこよう。店が開いているといいが……」
国民はみんな避難しちゃってるかな。
まさか店員がいないからといって勝手に持ってくるわけにもいかないし……
どうしたものか考えものだな……
「……お土産はいいですから無事に帰ってきてください。この前みたいに勝手に抜け出したらダメですよ」
「え?そんなことしてたの?ジェラルト……?本当にダメだからね?」
「……はい」
婚約者2人にダメ出しされて俺は頷く。
まあ今回は本当に抜け出すつもりはないので別にいいけど。
今回は自分で戦うよりも父たちの戦いを見ている方が勉強になるだろうしな。
「シンシア王女とフローラさんは
「はい、お言葉に甘えさせていただきます」
「ご配慮ありがとうございます」
シンシア王女とフローラは父に頭を下げる。
俺としてもドレイク家にいてくれたほうが安心できる。
王城に残るカレンには十分な護衛を付けるつもりでそちらも心配ない。
「さて、話もまとまったことだし早速向かおうか……って言おうと思ったんだが一つ忘れていた」
「忘れ?」
「ああ、私には出陣前に一つやるべきことがあった」
「……まさか」
「多分ジェラルトが想像したことで間違いないだろうな」
そう言って父は俺たちを並んで出迎えていた王国騎士団の方へ近づいていく。
そして先頭にいたアントニー騎士団長に話しかける。
「やあ、アントニー団長殿。やっぱり人手を借りてもいいかい?」
「ふん、なんだ。結局我らの助けが無いと勝てないのではないか。陛下の前であれだけ啖呵を切りおってその発言、恥ずかしくないのか?」
「ああ、別に君たちは必要ない。ただ一人連れていきたい子がいるんだ。借りてもいいかい?」
「なぜ王国騎士団の者を貴公に貸さなくてはならんのだ」
「そうつれないことを言わないでくれ。もし貸してくれないなら……」
そう言って父は周りに聞こえない声でアントニー団長に何かを呟く。
完全に悪い顔をしていたからおそらく
「なっ!?な、なぜそれを……!?」
「さあ。でもこれで貸してくれるならこのことを黙っていてあげてもいい」
「……わかった。好きなだけ連れて行け」
……一体何を呟いたらそんなことになるんだよ。
やっぱり情報って力だな。
あんなに強情そうだったのにこんなことも簡単にできてしまうとは。
「さて、私が連れていきたいのは君だ」
「わ、私ですか?」
そして父に指名されたのは予想通り長い赤髪をした女性だった。
そう、マーガレット=カートライトその人である。
「マーガレットさん。私は君を連れていきたい。来てくれるかな?」
「は、はい。ドレイク侯爵様のご命令とあれば」
マーガレットはすぐに父に臣下の礼を取る。
まあ断れるわけないよな……
父は満足そうに頷くと背を翻す。
俺は意を決して父を追いかけ周りに誰もいないことを確認して話し出す。
「父上、やはりあの作戦を決行するのですか?」
「ああ、もちろんだとも」
「……不安、ですね。やはり他にもっと穏便な方法があるのではないかと考えさせられる日々です……」
俺もその作戦に合意した。
しかしその判断が合っているのか間違っているのかわからない。
もしそれで大切な人が心に大きな傷を負うようなことがあれば……
そう考えてしまうのだ。
「いや、ない。平時であれば一考の余地があったがここまで事態が動いてしまえばもう遅い。それにもし穏便な方法があったとしてもこれが一番だ」
父の意志は固い。
譲る気が無いのを感じる。
「……頭では理解しているのです。ですが……」
「それの繰り返しが人生というものだ。その積み重ねが必ず人を強くする。だがな、優しさが全てを幸せにするとは限らない」
「……おっしゃる通りです」
「今回の作戦は非情でも強引でもない。合理的判断に基づき決定したことだ。他にもっと冷酷な判断をしなくてはならない時が来るかもしれない。その時までに己の心を鍛え判断できるようにしなさい。それが大切な者を守るために戦う者の責務だ」
……やはり父にはまだまだ敵わないな。
その一言で身が引き締まった気がする。
「はい。日々精進します」
「ああ、それでいい。今回の作戦は必ずドレイク家がさらなる高みに登るために必要な1手となるだろう」
「そのために……師匠を連れて行くことが作戦の成功率を上げてくれますからね」
「ああ、その通りだ。今回勝つのは内患を取り払い安全を手にする王家ではない。
この作戦が成功すればドレイク家はさらに力を得ることだろう。
その先にあるのは数ある未来のうちの最善の未来だと信じて……
そしてドレイク家出陣の報はマーカム家率いる貴族派や国民たちにも響き渡ることとなる。
アルバー王国内だけではない、近隣諸国さえ注目する歴史に刻まれる内乱が今始まろうとしていた──
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