第13話 くっころガチ勢、婚約者にお願いされる
「いやはやまさかこんな結末になるとはな」
会議も終わり解散となったところでヴィクター王子がしみじみとつぶやく。
その言葉にはなんとかなった安堵とそれ以上の悔しさが滲んでいる気がした。
「私にとっては穏やかな結末ではありませんが最悪は回避したと言っていいでしょう。あのタイミングで現れたジャックに救われましたね」
「ああ。我らにはもはやどうすることもできなかったからな」
子供だからとスタート地点にすら立たせてもらえなかった。
半ば覚悟はしていたがやはりこうなってしまったからな。
「ともかくまずは乗り切った。あとはもう王太子となるまで騒動が起こらないことを祈るしかないな」
普通は弱冠15歳の王子が政務で貢献できることはない。
だがヴィクター王子は違う。
能力があっても子供だからという理由だけで聞く耳を持たれず弾かれるのはもどかしいだろう。
「それでは私は準備がありますのでこのくらいで失礼しますよ」
「ああ、頼んだぞ」
俺が立ち上がるとヴィクター王子も立ち上がる。
そして俺の胸にコツンと拳をぶつけた。
「お前にこんなところで死なれては困る。絶対に生きて帰ってこい」
「はは、お気遣い感謝しますよ」
ヴィクター王子とそんなことを話すと後ろでバサッと何かが落ちた音がする。
振り返ると書類が地面に散乱しておりシンシア王女とローレンス、そして護衛のマーク殿が立っていた。
「生きて帰ってこいってどういうことですか……?一体会議で何が……」
聞かれたのか。
……シンシア王女に知られるつもりはなかったんだけどな。
「私が今回のモーン伯による蜂起の鎮圧軍の総大将に任じられただけだ」
「「「っ!?」」」
3人とも驚いたような顔をする。
まあ15歳の総大将なんて亡国の憂いに王族が引き上げのために立ち会うとかそんなレベルの話だもんな。
このタイミングで俺が総大将にさせられる理由は俺にもわからん。
「どうしてジェラルトさんが戦場に……!?ダウンズ男爵を総大将に推すのではなかったのですか!?」
「そうしたかったがマーカム公に潰されたのだ。そのタイミングでドレイク侯から手紙が届きジェラルトが総大将に任じられた」
「……偽物の可能性はないのですか?」
「ない、あの家紋の色はドレイク家にしか作ることはできない」
そう、あの深い赤のような色はドレイクの領地で取れる珍しい花を特殊な加工方法で作った色。
作り方もかなり極秘に管理されており我が家お抱えの職人のみがその作り方を知っている秘伝のものなのだ。
あの色は何回も見たことがあるし本物で間違いない。
「ジェラルト……それは……」
「心配するなローレンス。死んでくるつもりはないさ」
「どうしても……あなたが行かなくてはならないのですか……?」
近づいてきたシンシア王女の瞳は不安に揺れ僅かに潤んでいる。
まあ多分大丈夫ではあると思うけど何が起こるか分からないのが戦場って言うもんな。
心配してくれるのはありがたいけどここはあえて一つ突き放してみようか。
「私もドレイク家の長男。いつかは必ず戦場に立たなくてはならずそれが今日というだけだ」
「ですが……初陣にはあまりにも早すぎませんか……」
「父が決めたことに従うまで。それに決死の戦に臨むわけではないだから心配する必要はない」
俺の突き放したような発言にシンシア王女は黙り込む。
だが好感度を下げたいのはくっころのためもあるがシンシア王女のためでもあるのだ。
俺は将来必ず戦場に立つだろう。
そんなときシンシア王女と少しでも親しくなってしまっていると出陣する度に苦労や心配をかけることになってしまう。
それならばいっそ嫌われていたほうが心労をかけることもなくシンシア王女も幸せに穏やかに暮らすことができるだろう。
まぁ俺がくっころを見たいという理由が一番大きいが。
「──さい……」
「ん?」
「ならば私も連れて行ってください!」
「…………え?」
いやなんでそうなんの?
今のはせっかく心配したのにその態度はどうなんだ?と内心軽蔑するところだろう?
「ジェラルトさんは死ぬことはないと言いました。ならば本陣にいさせていただければ死ぬことはありません」
「しかし戦場に行けば何が起こるか……」
「それはジェラルトさんにも同じことが言えます!私がのうのうと平和なところにいるのにジェラルトさんだけ危険な場所へ行くなんて……」
「それが軍人というものだ。シンシア王女は私が死のうが婚姻していないし手も出していないのだからまだ嫁に行けるはずだ」
シンシア王女の価値はまだ落ちていない。
俺が死んだところで嫁に行けなくなることはないはずだ。
「私は他の方とは絶対に結婚しません。婚姻を結んでいなかろうと私はジェラルトさんに操を立てました。もしあなたが死ぬと言うなら私も一緒に死にます」
「やれやれ……まさかあのシンシアがこうなるとはな。やりすぎだぞ?ジェラルト」
ヴィクター王子が小さく首を横に振る。
俺が何をしたと言うんだ……
こんな理不尽な叱責はパワハラだぞ?
まあ訴える場所が無いしそもそも労基なんてなくらいもう既に働かされてるしな。
「他人事みたいに言わないでください。あなたの妹ですよ?」
「こうなったらシンシアが聞かないことは知ってるんでな」
「しかし戦場は危険で……」
「よろしいのではないでしょうか。殿下の安全は我々が保証いたしますよ」
「ジャック……」
現れたのはジャックだった。
どうしてこう、毎度タイミングよく現れるのだろうか?
「若様。お父君から手紙を預かっていますよ」
「そうなのか?」
俺はジャックから封筒を受け取り中身を読み始める。
そこには達筆な父の直筆で手紙が書かれていた。
『ジェラルト、今回の反乱はいい機会だから経験ついでに初陣を飾ってこい。もちろん総大将とはいえお前に全ての重荷を背負わせるつもりはない。イーデン伯に手を貸すよう既に書簡を送ったので彼の指示に従ってくれ。我が精鋭300も送っておいたから自由に使ってくれて構わない』
といった内容が書かれていた。
流石に俺は神輿として選ばれただけで指示を出すことはないだろうとは思っていたので妥当な判断だ。
というかイーデン伯ってローレンスの親父さんじゃないか。
「私が率いてきた精鋭10名を殿下の護衛に付けましょう。彼らは強いので魔物風情に遅れはとりませんよ」
「モーン伯の軍は?」
「あの愚物の軍が我らの本陣に届くと仰りたいのですかな?」
本来父もジャックも不遜どころか礼儀正しく、真面目な人間だ。
にも関わらずこの自信は誇りゆえだ。
己が武に、自分たちの努力に誇りを持っているからこそこうして断言することができる。
俺の目には少々それが危ういように見えたがそれは素人目でしかない。
「それに王室派はイアン様が握っていて忠誠を誓っているといえど全員がそういうわけではありません。王族であり若様の婚約者たる殿下ならば兵の士気を上げてくださることでしょう」
「それは王室に喧嘩を売っているのか?ジャック殿よ」
ヴィクター王子は待ったと言わんばかりに口を挟む。
ジャックは笑顔を浮かべてヴィクター王子に礼をする。
「これは失礼しました」
「もし余が怒ってそなたを処断しようとしたらどうするのだ?」
「短慮な人物に王の器無し。そんな王が立ってはドレイク家の邪魔にしかならないのであなたを殺して私も死ぬまでですよ」
俺ですらゾッとするほどの殺気。
戦場を駆ける戦人としての威厳が確かにそこにはあった。
「ジャック、そのくらいにしておけ」
「はっ、ただの世迷言に過ぎませんので。ただしもし愚王なればその首が体と繋がっていられるなど思いませんよう」
「……こちらこそすまない。下手なことを聞いたな」
俺であってもジャックは敵に回したくない。
なにせジャックは実力と父への忠誠により平民という身分から祖父の右腕へと成り上がった生粋の化け物。
ドレイク家2代に渡ってドレイク家の中核として支え続けてきた男なのだ。
「………わかった。シンシア王女も付いてきてくれ。ただし絶対に出陣はせず本陣に残ること、護衛は常に20人以上つけることが条件だ」
「……!はい!ありがとうございます!」
俺が半ば強引に話題を変えるかのようにシンシア王女の同行を許可するとシンシア王女は目を輝かせて頭を下げる。
父の兵が20人いて護衛を撒くなんて無理だろう。
これならば安心なはずだ。
「随分と過保護なのですね」
「ジャックたちを信頼していないわけではない。許せ」
「……ええ。若様たちが仲睦まじいようで爺は嬉しいですよ」
「……うるさい」
かくして出陣の準備は迅速に着々と整えられていくのだった──
◇◆◇
〜?視点〜
「全く忌々しいものよのぉ」
「申し訳ございません。どうやらドレイク家の密偵に妨害を受け情報を受け取ることができませんでした」
「勝手に挙兵するとはな。あやつに賛同する者共も何も考えていない馬鹿ばかりだ。決戦前に合理的に無能を消せると考えるしかないか」
マーカム様は呆れたようにため息を付く。
その瞳に映るのはただただ虚無であった。
「ドレイクめ……王どころか息子にも教えぬとはこの状況を狙っていたか」
「狙っていた……ですか!?まさかそんなことは……」
「ある、奴はそういう奴だ。そろそろ動き出すということか。己の息子を正式に総大将として経験を積ませるためだけに黙殺しておったのだ」
そんなことは信じられなかった。
いや、信じたくなかった。
貴族派で王位を狙うマーカム様よりも圧倒的に不遜で王族をなんとも思っていない。
まさにドレイク家こそが全てと言わんばかりに。
「怪物一家め……だがそれもここまでだ。仮面を取ることを許可する。どさくさに紛れジェラルトを消してこい」
「はっ!必ずや!」
いつもは必ず着用してきた面を外す。
仮面の下の瞳は美しくキラリと輝いた。
そしてピクリとも表情を動かさず一瞬で姿を消したのだった──
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