第36話 くっころガチ勢、戦いの終幕
「……ジェラルト」
マーガレットが悲痛な面持ちで俺を見つめる。
こんな表情はさせたくなかった。
未来は笑顔にすると誓ったはずなのに。
(国王も国王だ……!ヴァーカー侯爵の言葉のままにマーガレットを斬れとだなんて命令を出すとは……!)
「師匠……覚悟はできているか?人生全てを捧げる覚悟は」
「……ええ、もちろん」
こんな悲しいくっころ紛いのものは見たくなかった。
俺が目指す理想のくっころはもっと幸せにあふれている。
そんな悲痛な表情で、でも言葉の裏に俺への優しさを隠したものではなかったはずだ。
俺は剣を振り上げる。
こんなマーガレットを縛る縄など必要ない。
彼女は罪人ではないのだから。
振り下ろした剣は正確に縄を斬りマーガレットは自由の身となった。
「ぇ……どうして……?」
「どうもこうもない。なぜ俺が師匠を斬らなくちゃいけないんだ。そもそも師匠は断罪されるようなことは何もしていないだろうが」
「でも……」
マーガレットは精神的にもかなり参ってしまっている。
突然の家族との別れ、子供を救ったはずの王には自分を殺すよう命令を下される。
それで正常でいられるのはどこか頭のネジが吹っ飛んだ頭のおかしい奴しかいない。
「拘束を解くとは何事だ!ドレイク家の倅!」
「どうもこうもない。マーガレットはここで裁くべき人物ではない。それだけの話だ」
「何を言って……!」
「ストップ。私の息子に八つ当たりするのはよしてもらおうか。何か異論があるなら私が聞こう」
ヴァーカー侯爵が俺に問い詰めようとした瞬間沈黙を守り続けてきた父が爽やかな笑顔を浮かべ立ちはだかる。
俺はその様子を見てマーガレットの背中に手を添える。
ここからは父に全てを託す。
「ほら、アントニー君も私に話があるんだろう?好きなだけ言いたまえ」
「……マーガレットは死罪にすべきであろう。貴方はマーガレットがこの国を背負う人材だと言うがこの国にはたくさんの有能な人材がいる。それは考慮すべきではないのではないか?」
王国騎士団長を務めるこの男が何を思って言っているのかは明白だ。
ただただマーガレットの存在が気に入らないのである。
他の賛同する貴族たちも同じだ。
誰もがマーガレットの才能に妬み、羨み、逆恨みしている。
それはドレイク家の力を少しでも削りたいという考えの者もいれば、単純にマーガレットを気に食わないやつもいる。
だがここまで連座を主張しているくせにどうせ残った力の無い貴族派たちに対しては国が回らなくなるからだなんだの言って連座を要求することはないだろう。
今までマーカム公に舐めさせられた辛酸をやり返すと言わんばかりに殺すのではなく自分たちが上に立ちたいのだ。
結局王室派であろうが貴族派であろうがどの貴族も本質は変わらない。
一度刃を交えたマーカム公のほうがよっぽど敬意に値する人物だった。
「有能な人材がたくさんいて困ることは何一つない。それで喚くのは無能でプライドの高いゴミだけだ。貴殿はそれに値するのかな?」
「実際マーガレットは小隊長でしかないのですぞ。神将と呼ばれる貴方様が目をかけるほどの人物でもありますまい」
神将?
父のことか?
なんか最近民たちの父人気が高いって聞いてたけどそんな二つ名がついているとは知らなかったな。
「役職は人の大きさを表すものではない。それがわからないようなら君は一度一般兵からやり直した方がいいだろうね」
父がそう言って目を細める。
王国騎士団は近衛と同じ役割を果たすため軍務卿である父の管轄外とはいえ格の違いは一目瞭然。
「アントニー君の話はどうやら終了のようだ。席について大人しくしていたまえ」
「ぐっ……!……わかりました」
父は今一度国王とヴァーカー侯爵を見据える。
その顔は穏やかなはずなのに萎縮しそうなほど威圧感を放っていた。
「陛下、なぜ貴方はマーガレットを斬れと?」
「だから不穏分子は残しておけないと──」
「君には言っていないよ、ヴァーカー侯爵。私は陛下に聞いているんだ」
父は国王を見据える。
それだけで空気が変わった気がした。
アルバー王国国王と最強の貴族の対面は普段は穏やかなものなのにも関わらず、今日は一触即発の雰囲気だ。
「……仮にマーガレットが反乱を起こしたとして、私にそれを止める力は無い。そなたに兵を出させるのはあまりにも忍びなかったのだ」
「なるほど。ではマーガレットの才覚は認めたうえで私に気遣って斬ろうとした、ということで一切の相違ございませんね?」
「無礼だぞ!ドレイク侯爵!」
「構わん。ドレイク侯爵よ。そなたの認識に誤りはない」
俺は思わず小さくガッツポーズをした。
その発言さえ引き出せてしまえばもはやこの勝負は俺達の勝ちだ。
俺はマーガレットを抱き寄せる。
「なるほどなるほど。ではマーガレットはドレイク家が責任をもって監視いたします。まさか我らが力不足と言うことはないでしょうね?」
「そなたが力不足なはずがなかろう」
「ではマーガレットの死罪を取りやめてください」
「ドレイク侯爵!」
「……わかった。マーガレットは功を以て死罪を免じるとしよう」
「陛下!」
ヴァーカー侯爵が驚いたように声を出す。
第一段階は成功だ。
後は仕上げに入るだけ。
「ですが無罪というのも難しいでしょう。形だけでも責任をとったほうがいいと思いませんか?」
「なるほど!流石はドレイク侯爵わかってらっしゃる!」
すげえ手のひら返しだな。
見るからに嬉しそうになったぞ。
「そうでしょう。なのでカートライト子爵の爵位を剥奪の上隠居。そしてマーガレットは継承権を失い、我が息子ジェラルトと婚約させ生まれた子どもにカートライト領の統治を任せる。これでいかがでしょう?」
「なっ!?そんなものは罰ではない!認められるはずがなかろう!」
「……ふぇ?」
「ははっ、流石は父上だ」
俺が笑うとマーガレットは呆気に取られたように俺を見つめる。
その表情はなんだかいつもより幼く見えてつい笑いが漏れてしまった。
「そういうことだ、マーガレット。さっきの言葉通り、人生の全てをもらおう。代わりに俺の人生をやるよ」
それは俺の決意でありドレイク家が出した意思表示であった。
マーガレットをドレイク家に迎える。
それこそがドレイク家最大の目的であり今回の作戦の肝だった。
開戦前から戦の勝敗なんて全く持って気にしていない。
戦勝は当然のことであり大切なことはその先に俺達が何を得るか。
ドレイク家はたとえどれほどの金よりも、王家や他の貴族派との関係が多少悪くなろうともマーガレット1人の価値のほうが大きいと判断したのだ。
「ドレイク家は今回鎮圧軍の総大将を務めました。ですがそれだけではありませんよ。なにせゴーラブル王国から出た裏切り者を始末するよう伝えたのは私ですから」
今回2つの方面から国境が侵されようとしていた。
しかし父は全てを予見し、ヴァイルン王国の国境線に軍を残してきた。
だが流石にゴーラブル王国の攻勢まで防ぐ余裕はない。
だったらどうするか?
誰よりも早くゴーラブル王国に伝え、殲滅してもらえれば良いのだ。
しかもこれは借りではない。
アルバー王国との関係を維持したいゴーラブル王国にとってこのタイミングでの国交断絶になりかねない侵攻はなんとしても避けたかったはず。
無論
そして今、ドレイク家は国内最大の内乱鎮圧、軍務卿としてヴァイルン王国との国境線の死守、ゴーラブル王国への大きな貸しという功績を以て臨んでいるのだ。
誰も異を唱えられるはずがない。
「……そうだな」
「認めてくださいますね?」
もはや首を縦に振ることしか選択肢は残されていない。
さっきまでギャーギャーと騒いでいた反ドレイク派の連中も黙りこくっている。
これが武を以て政を制すということ。
そもそも父は軍務卿をやらずとも宰相にだってなれるほど政治にも明るい。
誰も勝てる未来などないのだ。
「アルバー王国国王ロナルド=アルバーが証人となって宣言する。ジェラルト=ドレイクとマーガレット=カートライトの婚約を認めよう」
(ようやく決着、だな……)
長い戦いは終わりを告げた。
国内にドレイク家に逆らえる者はいなくなり、ゴーラブル王国にも大きな貸しを作り、マーガレットもカートライト領も手に入れた。
まさに総取りでありドレイク家の基盤は盤石なものになっていくことだろう。
今回の戦いはドレイク家の一人勝ちだ──
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